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白の魔王の物語  作者: まる
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16話 とりあえず、午前の仕事は無事に済みました

 扉に「準備中」の札をかけて、店内に戻る。

 その瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。


「っはぁぁ~……」


 つめていた息を吐き出すと、「お疲れさん」と言いながらおかみさんが肩を叩いた。


「貴族のお嬢さんだから、もっと使えないと思ってたんだけどね。上出来だよ! ちゃんと注文とれていたし、水を配るのもよく気が付いたね」


 水を配るのは、食事中のお客さんから「水おかわり」とコップを差し出されたのがきっかけだ。配膳や片付けもしているおかみさんは忙しそうだったから、そのお客さんにおかわりを注ぐついでに、他のお客さんにもおかわりの確認をしてみたのだ。

 手持ち無沙汰もあって、ついやってしまったことだけど、おかみさんの許可を取っておくべきだったろう。


「ごめんなさい、勝手なことをして」

「何言ってんだい! 助かったよ」


 おかみさんが明るく笑う。

 ほっとしていると、厨房からハイルさん達が「疲れた~」と言いながら出てきた。みんな、汗をかいてぐったりした様子で椅子に腰を下ろした。


「お疲れ様です」

「お~、お疲れ」

「みんな揃ったね。じゃ、一回昼飯にして、午後に備えるよ! ほら、ジュジュも座って」


 おかみさんに背を押されて、ハイルさん達が座っているテーブルにつく。

 すると、ロニーさんがニコニコしながらこっちを見てきた。


「いやー、やっぱ女の子がいると空気が違うよね! 働いてるのも、一生懸命で可愛かったよ!」

「ってロニー! 厨房で働いてたお前が、なんで食堂で働いてるジュジュを見てるんだよ!!」

「だって、可愛い子見てたらやる気が出るし。兄貴も見ればよかったのに。騎士団の人に言い寄られて真っ赤になってるのなんて、すごい可愛かったよ」

「な……!」


 何を見てたんですか!

 思わず赤くなると、ハイルさんがまじまじとわたしを見てきた。


「え? ジュジュ、言い寄られたのか?」

「ええと、言い寄られたというか、仕事が終わったら食事に行かないかとか言われましたけど」

「思い切りナンパされてるんじゃねぇか!」

「ジュジュ、行くの?」


 コテンと首を傾げたジョセフさんに、わたしは慌てて首を振った。


「行きません! ゆう……ウィナードさんに、町に出る時は一緒についていくって言われてますし」

「ああ。そう言えば、ジュジュって勇者様の庇護下にあったんだっけ」

「そうだよ。だから、言い寄るならウィナードに許可をもらってからにするんだね」

「何の話なんですか……」


 今までこんな内容の話をしたことなんてなかったから、凄く微妙な気持ちになる。

 なんだか落ち着かない気持ちになっていると、旦那さんが厨房から出てきた。器用に両手と両腕に料理の乗ったお皿を乗せている。

 無言のままで目の前に置かれたお皿からは、温かい湯気が美味しそうな匂いを出している。


「兎のシチューだ」


 一言告げて、旦那さんも椅子に腰を下ろす。

 兎のシチュー。白いスープに、大きく切られた野菜やお肉が入っている。緑や赤の野菜の色が白いスープの色に映えている。ああ、美味しそう……。

 うっとりと料理を眺めているわたしに、おかみさんが「ああ、そうだ。ジュジュ」と声をかけてきた。


「あんた、午後からは部屋で休んでいていいからね」

「え?」


 突然告げられた言葉に、一瞬頭が白くなる。

 休んでいていいって、もう働くなってこと……?

 顔色を変えたわたしに、おかみさんが慌てて続けた。


「ああ、ごめんごめん。言葉が足りなかったね。午後からは、酒の入る客が多くなるからさ。騎士団みたいに身元がしっかりしている相手ばかりでもなくなるし、若い子がいたらちょっかい出す輩が必ず出てくるもんなんだよ。あんたはまだ体の調子が良くないし、それにほら……色々あっただろ? 絡まれるのは避けるべきだと思ってね」

「ああ……そうだったんですね」


 良かった。わたしがいたらないわけじゃなかったんだ。

 そう言えば、わたしは赤髑髏の被害者ってことになってるんだったよね。おかみさんが気を遣ってくれるのも分かる。だけど。


「ありがとうございます。でも、午後からも働かせてもらっていいですか? 何もしないと、色々考えてしまいそうで。迷惑はかけないようにしますから」


 我儘を承知で、おかみさんにお願いした。

 迷惑をかけたくないし、我儘を言いたくはない。けど、一人で部屋にいることは辛すぎた。働いている時は、その事に集中できる。

 追われる身であることも、雷翔のことも、魔族のことも勇者のことも、忘れる事が出来る。

 ただの現実逃避。だけど今は少しだけ、それに甘えていたかった。


「あんたが、いいって言うなら構わないけど、大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」

「……よし、じゃあ午後も頼むよ! 若い子がいるだけで、お客は増えるからね。こちらとしては有難いよ。ま、あたしがいるから、そんなに心配しないでいいさ!」

「ありがとうございます!」


 おかみさんからの許可が下りて、わたしは安心してお昼ご飯を食べ始めた。

 おかみさんの言った通り酔っぱらったお客さんに絡まれて、丁度様子を見に来たウィナードさんに助けてもらい、約束に「午後の仕事はウィナードさんが来てから」という項目を増やされるのは――まだ少し後の話。

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