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白の魔王の物語  作者: まる
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14話 仕事仲間は個性的です

 ルークさんがクーファと一緒にやってきたのは、わたしがおかみさんと談笑しながら朝ごはんの後の紅茶を飲んでいる時だった。

 羽織っていたマントを脱ぐと、相変わらず背後がキラキラして見えるような綺麗な笑顔を見せてくれた。


「おはようさんだべ」

「おはようございます、ルークさん。クーファも来てくれたんだね」

「当タリ前ダ!」


 ルークさんの肩の上にふんぞり返るクーファ。なんだか微笑ましくて思わずふふっと笑ってしまった。


「ルークさん、診察に来て下さったんですよね? ありがとうございます。えっと、部屋の方がいいですよね?」

「んだな」

「じゃあ、行きましょう。あ、おかみさん、ごはんありがとうございました。えっと、これはどこに持っていけば……」

「ああ、いいよ。こっちで片付けておくから。それよりちゃんと怪我を診てもらうんだよ」

「あ、すみません。ありがとうございます」


 わたしの手からカップをとって、おかみさんは厨房の方に行ってしまった。なんだか至れり尽くせりで本当に申し訳ない気分になる。


「えっと、それじゃ行きましょうか」


 部屋に行くと、ルークさんはベッドのそばに椅子を持ってきて腰掛けた。わたしはベッドに座るように促される。ベッドに座ると、隣にクーファが飛んできてぺたりと座った。


「んじゃ、まずは手の方から見せてくんろ」


 裸足で山の中を走ったのと、木の枝を握っていたのとで、両手両足は傷だらけで今は包帯を巻きつけている。ルークさんはわたしの手をとると、包帯をはずして傷の様子を見た。

 掌には小さな赤い線がいくつも走っているけれど、ほとんど薄くなっている。


「痛くないべか?」

「大丈夫です」


 傷に触れて、痛みを確認される。でも、少しくすぐったいくらいで痛みは全然なかった。

 ルークさんはうなずくと、今度は足の方を見た。そちらも同じような状態だ。


「思ったよりずっと怪我の治りが良いな。こんなら、もう薬はいらねぇだ。後は、肩の方だな」


 肩の方は、多分まだ治っているとは言えないだろう。今もじくじくと痛みが続いているし……。

 襟のボタンを3つはずして、ルークさんに右肩を見せる。ガーゼをはずして、ルークさんは少し顔を歪めた。


「こっちは、あんま良くねぇべ。傷もふさがってねぇし……だいぶ痛むんでねぇか?」

「えっと……少し、じわじわ痛む感じです」

「とりあえず、薬を塗っておくべ。痛むようなら、いつでも教えてくんろ」

「はい、分かりました」


 ルークさんは少しつんとする匂いの軟膏を塗って、またガーゼを貼った。

 丁度その時。


「ちょっといいかい?」


 コンコンとノックがされて、おかみさんの声が。

 服のボタンをしめて大丈夫だと返事をすると、おかみさんが入ってきた。


「ジュジュ、ルーク。ちょっとあんた達に話があるんだけどいいかい?」

「はい」

「何だべ?」

「さっき言っていただろ? あんたが料理を習いたいって話さ」

「!」


 さらっと告げられた言葉に思わず息をのむ。

 あの、旦那さんに料理を教わる話?

 一人わけのわからない様子のルークさんは、首を傾げた。


「料理?」

「ああ。この子、料理に興味があるみたいでね。ほら、昨日の夜も言ってただろ? 旦那に弟子入りしたいとか」

「そう言えば、そっただ事言ってたべ。ジュジュ、料理習いてぇのか?」

「は、はい!」

「それでね、旦那に話をしてみたら、仕事が終わってからなら少しくらい時間を作ってくれるってさ」

「本当ですか!?」


 あの旦那さんに、料理を教えてもらえる!

 思わず立ち上がるわたしに、おかみさんはにこにこしながらうなずいた。


「良かったね。旦那、あんたのこと気に入ったみたいだよ。それから、あたしとの約束も覚えているかい?」

「勿論です!」


 わたしの返事におかみさんはもう一度うなずくと、ルークさんに目を向けた。


「今朝、この子と話をしてね。旦那から料理を教えてもらう代わりに、ここで働いてもらうことにしたんだ」

「へ?」


 短く分かりやすい説明をしたおかみさんに、ルークさんは呆けたような声を出した。


「まあ、主に食堂の方でウエイトレスをしてもらおうと思っているんだけどね」

「ちょ、ちょっと待つだ! ジュジュはまだ怪我人だべ。それに記憶も戻ってねぇし」

「落ち着きな。何も、今すぐってわけじゃないよ! 確かに、主治医のあんたを置いといて話を進めたのは悪かったけど、本人ともきちんと話をつけてる。それに、医者のあんたの見立てで、大丈夫って判断してもらえるまでは力仕事はさせないよ」

「…………」


 力強い目で見つめられて、ルークさんは黙ってしまった。

 あまり歓迎しなくない話なんだろう。表情が曇っている。

 だけど……。


「ルークさん」


 声をかけると、濃い灰色の瞳がこちらを向いた。


「わたし、やりたいです。料理を教わることもそうだけど、お仕事もしたいです。お世話になりっ放しじゃ、ここにいる意味を失いそうで……。我儘だとは思います。だけど、お願いします」


 ぐっと見つめると、ルークさんの目が揺らいで、やがてため息をついた。


「……今日はまだ駄目だべ。明日からなら」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、おらの診察は毎日受けるだよ」

「はい!」

「それから、右手には負担をかけちゃなんねぇ。ジュジュは知らねぇだろうけんど、右肩外れかかってたんだかんな。重いものはなるべく持つんでねぇ」

「はい!」

「熱も下がったばかりだで。働きすぎないように気を付けんだぞ」

「はい!」

「それと……」

「あー! もう分かったよ!! そんなに心配しなくても、仕事の時にはあたしがそばについてるから大丈夫さ!」


 大きな声でおかみさんが話を打ち切る。

 でも、良かった!

 ただそこにいるだけの存在にだけは、なりたくなかったから。


「ルークさん、ありがとうございました!!」


 笑顔でお礼を言うと、ルークさんは目を丸くして、あの花が舞うような笑顔を浮かべた。


「無理はすんでねぇぞ」


 柔らかい手が頭をなでる。

 一瞬胸が詰まりそうになるのをこらえて、笑って見せた。



「で、明日から働くことになったジュジュだよ」


 食堂で三人の男の人の前に立たされるわたし。

 あまりにまじまじと見られるので、なんだか見世物にでもなった気分だ。


「で、こっちはうちの従業員。と言うか、旦那のとこで勉強してる見習いどもだね」

「はじめまして」

「お、おお」


 戸惑ったように頭をかいているのは、今朝厨房で会った人だ。

 赤い短い髪で、明るい緑の目をしている。三人の中では一番背が高い。確か……。


「ハイルさん、でしたっけ」

「ああ。ま、よろしくな」

「ハイルは一番の古株だよ。で、次が」

「俺ですね。ジョセフです」


 手を差し出してくるのは、うっすらそばかすが浮かんでいる、茶色い髪を一つに束ねた男の人だ。よろしくと言って手を握り返すと、にこっと微笑んだ。


「はいはい! 次俺ね! ロニー! よろしく!!」


 ぶんぶん手を振ってアピールしているのは、ふわふわした金髪の男の人だ。男の人、と言うよりも、少年っぽい感じだ。

 彼もジョセフさんと同じように手を差し出したので握り返すと、凄い勢いで上下に振られた。


「ちょっとロニー、お止め! この子は怪我人なんだよ!! 右肩に怪我してるんだ」

「え? そーなんすか? ご、ごめん」

「いえ、大丈夫です。だいぶ良くなっていますから」

「それから、この子記憶も無くしててね。名前以外はすっかり忘れちまってるんだ。だから、色々教えてあげるんだよ。いじめたりしたら承知しないからね!」


 おかみさんの説明に三人は目を丸くしたけれど、すぐに明るく笑いだした。


「大丈夫ですよ。いじめたりしないですから」

「うんうん。こんな可愛い子と一緒に働けるなんて大歓迎だよ。その服も似合ってるね」

「え? これですか? これ、おかみさんがくれたんです!」


 今着ているのは、白い襟のついた深緑色のワンピースだ。型が古いけどと言っていたけど、すごく好みだったりする。


「おかみさんが若い頃に着ていたものみたいです」

「え? これおかみさんが!?」

「着てたの!? 着れたの!?」

「ハイル! ロニー!! どういう意味だい!?」


 目を吊り上げて二人を追いかけるおかみさん。

 すみません! と謝りながら逃げ惑う二人に、それを苦笑いを浮かべて見ているジョセフさん。


「そろそろ客が入る時間だ」


 厨房から旦那さんが声をかけてくる。

 その目と目が合ったので、よろしくお願いしますという意味を込めて頭を下げた。

 旦那さんはほんの少しうなずいて、すぐに厨房に引っ込んでしまった。けれど、わたしの事を見てくれたのは分かった。

 その事が、凄く嬉しかった。

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