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白の魔王の物語  作者: まる
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13話 ご夫婦に評価されました

 邪魔にならないように、厨房(料理する場所のことなんだって)の隅に立って、わたしはひたすら調理をしている旦那さんの手元を見ていた。

 野菜を切って、鍋に入れて、次の食材を出して。手際が良くて洗練された動きだっていう事が良く分かる。うわあ、あの包丁さばき、凄すぎる……。今、何の料理を作っているんだろう?

 その動きに見とれていると、それまで無言で調理を続けていた旦那さんがこちらを見た。突然の事に、思わず背筋が伸びる。

 ど、どうしよう。邪魔だったかな? 見られていて気が散るとか?


「……あんた、どっかのお嬢さんなんだろう?」

「え? えっと……多分」

「こんなとこいたって、つまらないだろ」

「えっ? そんなことないです! 包丁さばきとか凄いですし!!」


 慌てて首を振ると、旦那さんは少しわたしの顔を見てから、ふいっと顔をそむけて近くの木箱から野菜を選びだした。


「変なお嬢さんだな」

「へ……」


 変……!?

 そんなぁ……ここでもわたしは変わり者ですか……。

 ショックを受けていると、旦那さんが背中を向けたまま声をかけてきた。


「立っていられると気が散る。そこらへんに座ってろ」

「え? あ、はい……ありがとうございます」


 ええと、気を遣ってくれたのかな?

 お礼を言ったけれど、旦那さんはそれ以上何も答えてくれなかった。

 でも、ここにいる事を拒絶されたわけじゃないみたいだ。それに、なんとなくおばば様に似てるかも……。

 傍にあった木でできた丸い椅子に腰をおろすと、おばば様の顔が脳裏に浮かんだ。


『本当に愚図だね。ほら、手をお出し』


 いつか、わたしがうっかり包丁で手を切ってしまった時のことだ。

 ぶつぶつと文句を言いながらも手当をしてくれて、「血がついた服を着る趣味は無いね」と言って、治るまで洗濯を代わりにしてくれたっけ。


 おばば様、元気にしているかな?

 わたしの逃亡を手伝ってくれたらしいけど、おばば様の事だ。周囲にはばれないようにやっているだろうし、もしばれたとしても上手く言い逃れるだろう。元々魔族にとって重要人物でもある人だし、罰されるなんてことは無いと思う。


 ぼんやりおばば様に思いを馳せていると、わたしの横の扉ががちゃっと開いた。そこから、一人の男性が入ってくる。


「おはよーございます。師匠、今日もスープの下ごしらえからで、うわっ!?」


 エプロンをしながら旦那さんに話しかけていた彼は、わたしに気が付いて飛び退った。


ガンッ!

「〰〰〰……っ!!」


 丁度背後にあったテーブルに、思い切り腰を打ちつけた。

 い、痛そ……。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……って、師匠! この子誰ですか! なんで厨房に女の子がいるんですか!!」


 思い切りわたしを指さして、ちょっぴり涙目になりながら旦那さんを見る。

 その時、また扉が開いた。


「ちょいと! 何か凄い音がしたけど……って、ああ、ハイル。どうしたんだい、そんなとこに座りこんで」

「おかみさん! それより、何ですかこの子!!」

「何って、見学者だよ。料理に興味があるんだってさ」

「見学!? そんなの今までなかったでしょう! 第一、誰なんですか!!」

「はいはい、とりあえず落ち着きな。突然可愛い子が現れたからって焦りすぎだよ。そんなんだから彼女ができないんだよ」

「それ、今関係ないでしょ!!」


 泣きそうな彼に、あっはっは、とおかみさんが豪快に笑った。


「もうすぐ、ジョセフとロニーも来るだろ? いちいち説明するのも面倒だから、あいつらが揃ったら説明するよ。それからジュジュ、そろそろ朝飯を食べちゃいな。午前中に診察に来るってルークが言ってたからね」

「あ、はい。それじゃあ、旦那さん、それからハイルさん? お邪魔しました」


 ぺこりと頭を下げて退出する。

 おかみさんの後に続きながら、厨房の方を振り向く。

 あんな場所で料理が出来たら。

 わたしが今までやってきたのは、切ったり焼いたり煮たりするくらいだ。でも、厨房の様子や旦那さんの調理を見ている時に、それ以外にも色々な料理の仕方があるんじゃないかっていう事に気が付いた。わたしの知らない食材もあるだろうし、見たことのない食べ物もあるだろう。

 試してみたい。教えてほしい。

 その気持ちがどんどん膨れていくのが分かる。


「我慢してたんじゃないのかい?」

「え?」


 突然降ってきた予想外の言葉に、思わずおかみさんを見上げる。


「厨房は狭いし、暗いし、それに旦那はああいう人だからね。全然しゃべらないからつまんなかっただろ」

「そんな! すごく勉強になりました! 厨房なんて初めてで新鮮でしたし、調理している旦那さんは凄かったし……出来る事なら、料理を教わってみたいです」

「そうかい? 物好きだねぇ。でもま、旦那もあんたのこと気に入ったみたいだしね」

「え?」


 思わずきょとんとする。

 そんなわたしに、おかみさんはにこにこして言った。


「あの人、気に入らない相手には容赦しないからね。特に厨房では。ちょっとでも気に障るようなら、とっくに叩き出されてるさ。もしあんたが本気で習ってみたいなら、あたしが口添えしてやろうか?」

「えっ……ええっ!? 本当ですか!!」


 嘘! あの旦那さんに料理を教えてもらえるの!?

 目を輝かせるわたしに、おかみさんはうなずいた。


「任せときな。まあ、断られるかもしれないけど、聞くだけ聞いてみてあげるよ。でも、条件が一つ」

「条件?」

「あたしの仕事を手伝ってくれないかい? 旦那の料理は結構評判良くってね、食堂の切り盛りが大変なんだ。ああ、勿論あんたが動いても良いって診断が出てからだけどね」

「はい、是非!」


 言葉にかぶせる勢いで返事をする。

 だって、何もしないでお世話になってるなんて落ち着かないし!

 きっと、ウィナードさん達がお金を支払ってくれているんだろうけど、それでも何もせずにいるより気が楽だ。

 そんなわたしに、おかみさんが苦笑いを浮かべる。


「まだ決まったわけじゃないよ。旦那の意見も聞いてないしね」

「えっと……もし料理を教えてもらえなくても、お手伝いをすることは可能ですか?」

「え? そりゃ、こっちは大歓迎だけど……手伝いたいのかい?」

「はい、是非!」


 大きくうなずくと、おかみさんは少し間を開けてから笑い出した。

 えーと、何か変な事言いました?


「変なお嬢さんだね!」


 っ変!?

 夫婦揃って同じ評価を下されました!

 やっぱりここでも変わり者ですか、わたし!!

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