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白の魔王の物語  作者: まる
13/61

12話 完全に流されてます

彼女の故郷では、調理が存在していないので台所がありません。

未知の領域です。

 あ、れ? ここ、どこだっけ……?


「よいしょ……ったた」


 起き上がろうとして、右肩に痛みが走った。その痛みで、昨日の出来事を思い出した。

 そう、そうだった。


 わたし、勇者に助けられたんだった……!


 まずい。まずいよねこれ!

 でも、不幸中の幸いと言うか、彼らはまだわたしの正体に気がついてない。それどころか、“誘拐されて記憶を失ってしまった被害者”だと勘違いして、保護しようとしてくれている。

 この状況、どうすればいいんだろう?


 正直なところ、頼みの綱の雷翔とはぐれてしまった今、わたしは誰かに助けてもらわないと生き延びられない状況だ。だけど、相手は勇者だし……!

 と、とにかく、今は魔族だとばれないように振舞うしかない。

 大丈夫、わたしの容姿だったら普通通りにしていれば魔族だと気付かれないはずだ。元から非力だし、知識不足も記憶喪失のせいにすれば何とか誤魔化せる、と思う。


 それに――雷翔が来てくれるかもしれない。

 魔族から逃げて、魔物から逃げて、ここまで辿り着いたんだ。まだ、諦めるわけにはいかない。




「おや、もう起きてきたのかい?」


 階段を下りると、おかみさんが声をかけてきた。

 駆け寄ってくるなり、わたしの額に手を当てる。


「熱は……大丈夫みたいだね。具合は大丈夫かい?」

「はい、おかげさまで」

「そうかい? でも、無理するんじゃないよ。昨日の夜は、今にも倒れそうなくらい顔色が悪かったよ」

「あ、はは……」


 それは、あれですね。ウィナードさん達が勇者一行なんていう爆弾発言を聞いたからですね。

 あまりの衝撃にあまり覚えていないけど、傍から見ても分かるくらい顔色悪かったみたいですね……。


「それに、まだ朝の5時だよ。眠れなかったのかい?」

「え? いいえ。ぐっすり眠ってました」


 クーファを窓から見送った後、あっという間に眠っちゃったんだよね。色々あって混乱して、その後で雷翔の話を聞いてほっとして、なんか目まぐるしかったからなぁ……。


「そうかい? それならいいけど。でも、うちの従業員もまだ出てきてない時間だよ。もっと眠ってきたらどうだい? 部屋でゆっくりしてきていいよ」

「ええと……」


 親切な申し出だけれど、たぶんもう眠れないな。島にいた頃はこのくらいから働いていたし……。

 それに、ゆっくりするって慣れてないしなぁ。


 戸惑っていると、どこからかトントンという音が聞こえてきて、思わずそちらに目を向けた。

 これ、包丁の音? なんだか、音楽みたいに心地良い音。

 音に気を取られていると、それに気がついたおかみさんが、ああ、と声を上げた。


「厨房で旦那が下ごしらえしてるんだよ。そういえば、あんた昨日おかしなこと言ってたね。そうだ、興味があるならちょっと覗いてみるかい?」

「えっ!?」

「料理に関しては口煩い人だからね、嫌がるかもしれないけど。でも、隅で見てるだけなら文句は言わないだろうさ。ほら、おいで」


 そう言うと、わたしの手を取ってすたすたと歩き出す。

 食堂とは逆の方に向かうから、おかみさんと一緒なものの少しどきどきする。だって、こっちはこのお店の人以外は行っちゃいけない場所だよね? 書いているわけじゃないけど、そんな気配がひしひしとする! そんなとこ、入っちゃっていいの?

 わたしの心配をよそに、おかみさんは傍にある戸に手をかけた。木でできた簡素な感じの扉だ。


「あんた、入るよ!」


 開けた途端、トントンという音が大きくなって、中からふわっと温かい匂いがした。何の匂いだろう? どことなく美味しそうに感じる匂いだ。

 おかみさんの後ろから見えた部屋の中は、今まで見た事のない様子をしていた。

 食器が並べられている棚や、部屋の真ん中にあるテーブルは分かる。でも、壁の方に設置されている棚は何? 上には大きな鍋が置かれているし、その下から火が出てるんですけど……!? その隣の棚は凹みがあるし、向こう側には暖炉の様なものがある。壁の上の方についているものは、窓にしては小さいし、格子のようなものがはめられている。


 得体のしれないものが沢山ある部屋の中には、一人の男の人が野菜を切っていた。

 背の高い細身の人で、少しこけた頬をした中年の男性だ。おかみさんの大きな声にも全く反応せず、黙々と野菜を切り続けている。


「あんた、ほら、この子だよ。昨日言ってただろ? あんたの料理食べてものすごく感動してくれたお嬢さん。弟子になりたいとか騒いでたさ」


 無言を気にするそぶりも見せずに、おかみさんが明るく声をかける。

 そこで、初めて彼の手が止まった。一瞬だけ、こっちを灰色の目が見る。

 けれど、それは本当に一瞬で。すぐにまた野菜を切る作業に戻ってしまう。


「料理に興味があるみたいだから、ちょいと見学させてくれないかい? 邪魔しないようによく言っておくから」


 トントントン、と包丁の音だけが続く。

 聞こえているはずだけど……嫌なんでしょうか? これって、退出すべき感じですか??

 気まずさを覚えた時、ぼそりと「髪」という声が彼の口からこぼれた。


「寝巻のままだ」


 え? え? 何でしょうか?

 着替えろ……ってことですか? 髪って何? あ、結べってこと??

 言葉の足りない部分を補おうと脳をフル回転させるわたしに対して、おかみさんはその言葉だけで彼が何を言いたいか理解したようだった。


「ああ、確かにこの格好じゃね。確かジュジュとか言ったね? ちょっとこっちにおいで。服を見繕うから」

「へ? あの」

「あたしの昔の頃の服を貸してあげるよ。ちょっと出すのに手間取るかもしれないけど、場所は覚えてるから。ああ、出すのにちょっと手を貸しておくれ」

「え? あ、はい……」


 いまいち状況が把握しきれず戸惑っているうちに、おかみさんに奥の部屋へと連れて行かれる。


 なんだか昨日からわたし、流されすぎじゃないですか!?

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