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決闘の作法

 そんなタケルの決意に水を差すわけではないだろうが、実郷学園八回表の攻撃はなかなか終わらなかった。

 まずナツに続いて清水にも一発が飛びだした。肩口から入ってくる、気の抜けたような甘いカーブを強振し、打球はレフトスタンドへと突き刺さったのだ。

 二打者連続で本里打を浴びた時点で将野は降板となり、右足を引きずりながらファーストの守備につく。これから出てくる控え投手はだいぶ実力が落ち、将野自身も四番である以上、九里谷中央に彼をベンチへ下げる選択肢がないのはわかる。

 しかし、すでに将野隆宏は限界だった。

 控え投手が一つのアウトも取れず三連打を食らったところで再度の登板となったものの、先ほどまでとは別人のような精気のない投球に終始する。

 もはや公開処刑のごとき有様だった。

 とっくに実郷学園の打者は一巡し、現在場内アナウンスでは三津浜の名前が呼ばれている。ランナーはいなくなっているがこのイニングだけで二桁の10点、スコアは13―6と大きく開いてしまっていた。

 7点差のままだと試合は八回でまさかのコールドゲームとなる。

 球場全体に「……やりすぎだろう」という空気が流れているのはタケルにだって理解できた。熱気が去って代わりにやってきたのは戸惑いだった。誰だって地元が誇る未来のスターが、こんな形で無残に蹂躙されるのを見たくはなかったのだ。

 アウトカウントはまだ一つのみ、確実にまたナツまで回ってくる。なのに彼女はネクストバッターズサークルへ向かおうとしない。

 すっかり肩ができあがってしまった加藤とともに一塁側ダグアウトへ引き上げてきていたタケルは、ベンチの隅っこで気怠そうに頬杖をついているナツに言った。


「何してんの。さっさと準備しないと」


 だが彼女から返ってきたのは予想もしていなかった答えだった。


「つまんないからもういい」


 え、と思わずタケルの口から上ずった声が漏れる。


「それってどういうこと」


「どういうことって、何が。そのままの意味だから」


 ナツの態度は明らかに冗談を言っているふうではない。

 間違いなく彼女は本気だ。

 とはいえ、さすがにタケルもここでナツのわがままを許容するわけにはいかなかった。


「ふざけるなよ。まだ試合は終わっちゃいないだろ」


「だったらタケルが出ればいい。出たいんでしょ、試合」


 どうぞ、とでも言うように両手を差し出すジェスチュアをナツがする。

 それがまたタケルの心を波立たせた。気づけば痙攣したように全身が震えている。


「はーいはいはい。お二人さん、痴話喧嘩は帰ってからにしようなー」


 いつになく険悪な雰囲気の言い争いに、見かねた由良があえておどけた調子で二人の間に松葉杖をつきながら割って入ってきた。

 慌ててキャプテンの清水も「そう、そうだぞ。ウオッカ、早く用意して」と続く。

 それでもナツは動こうとしない。


「これ以上、あたしに何をやれって?」


 表情を一切変えず、世の中のほとんどに興味がないかのように彼女は言い放った。


「だって誰も本気になったあたしに勝てない。その空しさがあんたたたちにわかるの? そんなわけないよね。あの熊だって『全打席三振にとる』って言ってきたときは正直期待した。でも最初からそんな気なんてない、まるっきりのハッタリだった。楽しかったのはさっきの打席くらいで、今のあいつはただの抜け殻。もう、たぶんあたしの相手になるのはスズカくらい」


 またもやナツは鈴鹿静次郎の名前を口にした。


「だからあとはあんたたちで勝手にやって」


 心底つまらなさそうなナツの言い草に、これまで辛抱強く彼女と付き合ってきたタケルの堪忍袋の緒もさすがに切れそうになる。

 だがナツが言っているのは一面では事実だ。今の退屈しきっている彼女に必要なのは考えるまでもなく「敗北」だ。

 ならタケルがやるべきことはひとつしかない。

 黙ってはいるが眉の吊り上がっている墨井から雷が落ちる前に、タケルは近くに置いてあった誰のものかわからないバッティンググローブを、ナツの足元目掛けて投げつけた。


「何の真似?」


 手袋を足にぶつけられたナツはタケルをにらみつけてくる。


「何って、決闘の申し込みだよ」


「は?」


 意味がわからない、とナツが首を傾げている。

 ベンチにいる全員が会話の成り行きを固唾を飲んで見守るなか、堂々とタケルは稀代のロングヒッターに向かってこう言った。


「だからおれとナツが勝負するんだよ。どんな勝負でもかまわない、それに勝てたらナツの好きなようにすればいいさ」

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