4話
この世界は四大元素である「火」「風」「水」「土」で構成されている。また、一年の四季節は「春」「夏」「秋」「冬」、世界の四区域は「東方」「南方」「北方」「西方」、至点と文点は「夏至」「冬至」「春分」「秋分」であり、これらは私の世界と同じ基準だ。そして、竜族の種族は「赤」「青」「白」「黒」に分かれており、この世界のあらゆる基準は4に分かれている。古来より、「四」という数字で世界をあらわすという概念が成立しているということを初日の授業で教わった。
「では、午前の授業はこれにて終了です。もう楽になさって結構ですよ」
「はあー。肩凝った。普段使わない筋肉使った感じがする」
マナー講師のキャロル先生に授業終了を告げられたとたん、一気に脱力する。
首をコキっと鳴らすと、キャロル先生がクスクスわらいながら、外では決してしないようにと釘を指す。 国王との面会には必要なことだからと言われ、6日前からキャロル先生が領主館に招かれ、突貫スパルタマナー講座が始まったのだ。
「ミク様、お疲れ様でした。ミク様は飲み込みが早いので、私も安心してお教えできます。健康的に引き締まった体つきで腹筋が鍛えられているからか、背筋もピンと伸びて姿勢も良いですし、凛とした印象を受けます。何か運動でもされていたのですか?」
「空手という武術を5年程やっていました。空手は自分自身の心と体を鍛えることを目的としていて、私の師匠はいつも、どんなことにも動じない強い精神力を磨けってうるさくて。でもこの世界に来た時、動揺しまくりでしたけどね」
午前の授業が終わり、少し休憩を挟んだあと、昼食なのだが、この昼食も授業の一環なのだ。
食事のマナーを徹底的に叩き込まれる。最初は常に気を張っていたけれど、慣れてくると食事を楽しむ余裕まで生まれ、今では豪華な食事に毎日舌鼓をうっている。さすが公爵家。こんなに毎日おいしい料理を食べていると、舌が肥えそうだ。
「昼食のあとは、シェリル様とのお茶の時間を設けています。シェリル様がまた異世界のお話をお聞きしたいとおっしゃっていました」
ハンナの言葉に少し顔が引きつってしまった。シェリル様はギルバートさんの妹で、現在17歳の美少女だ。初めて会ったときから何故か気に入られ、毎日欠かさずお茶に誘われるようになった。
どうやら、姉が欲しかったらしく、私のことをお姉さまと呼び、慕ってくれている。
慕ってくれるのは嬉しいんだけれど…。
「お姉さまー!!」
シェリル様の声がしたと思ったらドンっと衝撃がきた。振り向くと、シェリル様が私の腰に抱きついていた。そして、すかさず私の胸に手が伸びてくる。
「うぎゃっ!もうっ!シェリル様!」
そう、慕ってくれるのは嬉しいんだけど、シェリル様は事あるごとに私の胸を触ろうとしたり、キスをしようとしてくるのだ。
「あん!もう!お姉さまったら!つれないんだから。シェリルって呼び捨てで呼んでって、何度も言っているのに」
つんっとピンク色の唇を尖らせながら拗ねる姿も完璧な美少女だ。ちょっと変態だけど…。
「うん…シェリル」
ギルバートさんは領主と自領の騎士団団長の仕事で多忙だ。忙しくて構ってもらえず、さみしい思いをしているシェリル様は、未来様が来られて喜んでいるんですよとハンナ達に言われ、過剰なボディタッチも我慢してやるか、と注意せずにいたのがいけなかったのか。ますますエスカレートしてきている。
私がシェリルと、敬称なしで呼ぶとシェリルは満面の笑みを浮かべる。
庭の木陰に設けられたテーブルで、シェリルとお茶の時間を楽しみ、せがまれるままに私の世界の話をする。シェリルは異世界のファッションに興味津々のようだ。こちらの人族の国では、女性は皆足首までのスカートを着ていて、足を出すことは、はしたないとされている。私も、慣れないロングスカートに蹴躓いて、転びそうになることが何度もあったが、最近では私のスカート捌きも見れるものになってきたと思っている。
ファッションの話で盛り上がっていると、ギルバートさんがやってきた。
「歳の近い女性同士、盛り上がってるね」
「お兄様!いつお帰りになったのですか?今日は一日中騎士団の詰所でお仕事だとおっしゃっていたのに」
「思っていたよりも早く仕事が片付いたんだ。2人とも随分と打ち解けたみたいだけど、シェリル、ミクに変なことしてないだろうな?」
ギルバートさんとシェリルが軽口を叩き合っているのを横目に、紅茶とお菓子をいただく。
サクッとした食感のリーフ型のパイは絶品だ。ここに来てから少し太ったような気がする。
ちょっと甘いものは控えないといけないかも。
午後からの予定が空いたギルバートさんとシェリルが、領主館内を案内してくれることになった。
私は南棟を生活スペースとしているので、他の棟にはあまり立ち入ったことがない。
今回は北の翼棟を案内してくれるらしい。
「これが3代目のリュビエランカ公だよ。彼はかなりの愛妻家だったようだが、同時に浪費家でもあったようだ」
「妻のために、西方に位置する人族の国・オニュキサスから珍しい魔具を取り寄せたりして、財産を食いつぶしたって方でしょ?」
広間の壁一面に飾られている、歴代の肖像画を見ながら、ギルバートさんとシェリルが解説をしてくれている。
「絶対に夜には来たくない場所だよね」
「そうですわね。領主館の七不思議の一つに、夜になると初代リュビエランカ公の肖像画の目が動くというものがありますわ」
肖像画の間をあとにし、私が感想をぽつりと漏らすと、シェリルが楽しげに七不思議の存在を暴露した。ぎょっとした私の顔をみて、ギルバートさんが、もしかして未来は怖いものが苦手なのかい?とからかってくる。
「私は幽霊とかお化けとか怪談とかそういった類のものが大ッ嫌いなんです!」
その日は、早めにベッドに入ったものの、肖像画の目が脳裏にちらついてなかなか寝付けなかった。
領主館での楽しい日々はあっという間に過ぎていった。
日課となったお茶会終了後、ギルバートさんに夕食後、執務室で話があると告げられ頷いた。
国王陛下にギルバートさんが報告をしてから10日程経つ。私のマナーもなんとか様になり、キャロル先生に一応の合格はもらっているので、国王陛下との面会はいつごろになるか聞こうと思っていたのだ。
夕食をシェリルと一緒に食べ終えたあと、執務室に向かいソファーに腰掛け、ギルバートさんと向かい合う。
「今日、国王陛下から連絡があった。5日後、王城にてお会いしてくださるそうだ。王城へは私が付き添うから心配ないよ。」
「5日後ですか…わかりました。よろしくお願いします。あの、国王陛下ってどんな方なんですか?マナーの授業で国王陛下の政治方針や、この国の特産物を竜族の国に熱心に売り込んでるっていうことは少し習ったんですけど。どんな雰囲気なのかなって気になって」
「国王陛下は気さくな方だし、ミクが異世界から来て、文化や風習に慣れていないことも十分理解してくださっているから大丈夫だよ」
人族の国・レイストリアを統治するレイストリア国王シュナイゼル・レイストリア。
なんと、彼はギルバートさんとシェリルの叔父にあたるという。国王陛下は5人兄弟の3男にあたり、王位を継ぐ予定はなかったが、彼の兄達の死により王位継承者となった。
ギルバートさん達の父は4男で、王都にある屋敷に住んでいる。国王陛下と親戚関係だなんて、授業で教わるまで誰も教えてくれなかった為、随分気安く接していた。今更だから態度を変えるつもりもないけれど。
「それと、言っておかないといけない事があるんだ。すでに国王陛下は竜王陛下にミクのことや禁術使用の可能性を伝えている。竜王陛下の部下がミクを迎えに来ることになっているんだ。王都で迎えを待つことになるから、リュビエランカへ戻るのは随分先になるだろうし、もし竜王陛下がミクを元の世界に返してくれるなら、ここへ戻ることはないだろう」
そうか。私、竜王陛下とも会うことになるんだ。竜族の国に行くことになるのか…。
竜族という未知の存在に会うことに不安や動揺はあるけれど、私の世界へ帰る足がかりを掴むことができたんだ。嬉しさがこみ上げてきたが、それと同時に寂しさも感じた。
シェリルやギルバートさん、ハンナにマリナ、ウィルさんにもう会えなくなるかもしれないんだ。
「じゃあ、もうみんなとは…お別れってことになるかもしれないんですね」
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夢を見た。またあの夢だ。赤髪の青年が一人、木の下で佇んでいる。
以前見た夢に出てきたあの丘にいる。
でも今は花が咲いておらず、殺風景で随分印象が違う。
木の葉も紅葉が終わったのか、枯れてしまっている。
赤髪の青年は、ぼうっと空を見上げて、2羽で楽しそうに飛び回る小鳥をじっと見つめている。
小鳥を見つめているようでいて、その青い目は何も映していないようだ。
小鳥が飛び去ったあとも、変わらず空を見上げている。
彼から感じられるのは深い孤独。
思わず駆け寄って「大丈夫。一人じゃないよ」と声をかけたくなってしまうが、私にその言葉を告げる術はない。
いつものように、夢から現実へと意識が引き上げられていくのを感じた。
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王都に向かう日がついにやって来た。領主館でお世話になった皆が見送りにきてくれた。
「お姉さま。本当にもう会えなくなるかもしれないのね。もし、もしもよ。お姉さまが異世界へ帰れなかったら、絶対ここへ戻ってきてくださいね」
シェリルが泣きそうな顔で私の手を握る。私はそれに困りながらも苦笑して彼女の頭を撫でた。
「ありがとう。もし帰れなかったら、また会えるから」
「ごめんなさい。お姉さまの気持ちも考えないで…」
私の何とも言えない表情を見て、自分の失言に気づいたシェリルが謝るが、私はそうじゃないのと首を横に振り、自分の複雑な心境を伝えた。短い間だったけれど、シェリルやハンナ、マリナ達と過ごした日々がとてもかけがえのないものとなったこと。慣れない生活に戸惑う私の話を聞いてくれ、勇気づけられたこと。
「帰れなかったら、また会えるなって私も思ったの。だからシェリルの思いが嬉しいのよ」
「お姉さまっ!」
シェリルが泣きながら抱きついてきて、私も抱きしめ返した。
シェリルの頭を撫でていると、私の腰に回された彼女の手が怪しく動き出し、私のお尻を撫でている。
美少女なのに、この安定の変態さを残念に思いつつ、彼女に口うるさい姉のように注意する。
そんな私たちを見てハンナ達が楽しげに笑っている。
別れを惜しみ、私とギルバートさんは王都へ向かった。