3話
「どうした?着いたよ。もしかして転移慣れてなかった?」
「はい…。というか、転移とかしたことないので。できないので」
着地の衝撃はそれなりにあったものの、ギルバートさんにより腰をガッチリ掴んで引き寄せられていた為、よろける事はなかった。
森からお城みたいに馬鹿でかい領主館とやらまで一瞬で移動するという、常識の範疇を超える出来事を体験し、口を半開きにしたまま固まって動けない。呆然自失状態の私を、ギルバートさんは領主館の中へと促す。ギルバートさんとエントランスホールに足を踏み入れると、執事らしき男性に出迎えられた。
「おかえりなさいませ、ギルバート様」
執事さんは茶髪に茶色の目の美中年だった。美中年がこちらにチラリと目を向け微笑みかけたので、会釈を返しておく。
ギルバートさんと執事さんが少し離れたところで話し込んでいる間、私のことを話しているのだろうと予想がついたので、いたたまれない気持ちを誤魔化そうと、館内をぐるりと見渡す。
ゴシック調の洋館のような造りで、広いエントランスホールにはふかふかの絨毯が敷き詰められ、値がはりそうな絵画や壺が飾られている。天井付近にはフレスコ画のようなものが描かれ、まさに豪華絢爛の一言に尽きる、ザ中世といった雰囲気だ。
物珍しく見回していると、執事さんに声をかけられる。
「はじめまして。リュビエランカ公爵家の筆頭執事を努めております、ウィリアムと申します。ウィルとお呼びください」
「一之瀬未来です。私のことはミクと呼んでください」
ギルバートさんに連れられてきたものの、自分がこれからどうなるのか、不審者として取り調べでも受けるのか、迷子として保護してもらえるのか、自分の待遇がよくわからないまま、言葉少なく返事を返した。
「ミク、君も疲れただろう。話は服装を改めてからだ。ウィルに事情をかいつまんで話しておいたから、彼に付いて行って」
ギルバートさんの言葉に頷き返すも、私の不安がわかったのか、彼はポンポンと私の頭を撫でながら、優しい口調で話す。
「大丈夫だから。安心して。君が自分の意思であの森に侵入したんじゃないことは、君の戸惑ってる様子から大体察せたし。私は執務室にいるから、冷えた体を温めておいで」
侵入者扱いされるのではなく、きちんと話を聞いてもらえることに安堵し、ギルバートさんとは一度別れた。
執事のウィルさんと近くに控えていたメイドさん達に連れられて、赤い絨毯が敷き詰められた長い廊下を歩いていく。廊下、というよりは大回廊という方がしっくりくるかもしれない。天井からは約10m間隔ごとにシャンデリアが下がっている。2階へとつながる階段を上り、一つの部屋に案内される。どうやら客室らしく、壁には白と金の装飾が施され、刺繍を施した花の飾り額がはめ込まれていた。部屋に置かれた応接セットは、廊下に飾られていたゴシック調の調度品とは違っていて、淡いクリーム色で統一されており、上品さの中にも可愛らしさがプラスされている。
「ミク様。メイドのハンナとマリナです。何か御用がありましたら、2人に遠慮なくお申し付けください」
ウィルさんに促され、メイドさん達が自己紹介をしていく。
「ハンナと申します。ミク様のお世話をさせていただきます。何でもおっしゃってくださいね。こちらは、妹のマリナです」ハンナとマリナの自己紹介を聞き、お世話になります、と挨拶を終えると、ほっと一息つく間もなく、ハンナ・マリナ姉妹にガシッと両腕を掴まれ、お風呂場へと連行された。
お風呂場での出来事は思い出したくもない。脱衣所に入るなり、問答無用で2人に服を脱がされた。お風呂くらい私一人で入れると言い張っても、首を縦に振ってもらえなかった。結局、2人に体を散々磨かれ、オイルマッサージまで受けてしまった。あれ?私の羞恥心って一体どこに行っちゃったんだろう?旅の恥はかき捨てっていうし、もういいか、と開き直るまでにあまり時間はかからなかった。
用意されていた服はドレスだった。シフォン素材の淡い水色の生地に、花模様の刺繍がほどこされていて、可愛らしい印象のドレスだ。
「よくお似合いです。ミク様はウエストが引き締まっているし、スラリとした体型ですから、このドレスが絶対に似合うと思ったんです」
興奮気味にマリナが話すと、ハンナもそれに大きく頷く。
「それにしても、よく私にぴったりなサイズのドレスがあったね」
と感心しながら言うと、シェリル様が今より少し幼い頃着ていたドレスです、と教えてくれた。
シェリル様とは、ギルバートさんの妹で現在17歳らしい。
ちなみに、幼い頃っていつぐらい?と質問すると14歳くらいとのこと。
21歳の私と14歳の女の子の体型が一緒って…かなり複雑な心境になりながら、それでも私はDカップ、と呪文をとなえた。ハンナとマリナは私と同じ年と1つ違いだが、胸が大きい。服の盛り上がり具合から見るに、Fくらいあるんじゃないだろうか。人種が違うんだから気にしても仕方ない、と自分に言い聞かせ、鏡の前に立ってみると、そこにはいつもと違う自分の姿が映っており、思わず目を見開いた。
艶やかな黒髪をハーフアップにし、綺麗な髪飾りで留め、垂らされた髪はゆるく巻かれている。化粧も丁寧にほどこされており、唇はプルンと瑞々しい果実のように潤っていて、いつもより色っぽく見える。
「どうです?少し髪型をかえるだけで印象がガラッと変わりましたでしょ?元々整ったお顔立ちなので、お化粧もあまり濃くはしていませんし。ギルバート様の反応が楽しみですね」
「ギルバートさんの反応って…別に、ギルバートさんに見せるためにおしゃれしたんじゃないし」
「あら?照れてらっしゃるんですか?ミク様ったらお可愛らしい」
何を言っても恥ずかしい返事しかかえってこないので、黙りこくってやり過ごした。
ウィルさんに、ギルバートさんの執務室に通ずる応接室にとおされると、座り心地の良さそうなソファーに腰掛けて、ギルバートさんが私を待っていた。ギルバートさんは立ち上がって、私のところまで来ると、ソファーまでエスコートしてくれた。慣れない行為にドキドキして、顔が赤くなっていないか心配になる。
「ミク。そのドレス似合ってるよ。綺麗だ」
率直に褒められますます照れてしまう。赤面しているのもバレバレだろう。
「…ありがとうございます」
かろうじて聞き取れるような小さな声で言い、ドレスとお風呂のお礼も伝えた。
ギルバートさんのクスリと笑う声が聞こえたが無視した。大人の男の人にからかわれている感じがして少しむかつく。
「本題に入るけど、ミクを見つけたあの森には、私が許可した者以外は入れないよう結界がはってある。ミクは気がついたら森にいたと言っていたが…。ミクの持ち物を見させてもらったが、私はこんな道具を見たことがない。ミクはどこから来たんだい?何か思い出せた?」
「あの時は、気が動転していて、頭の整理がつかなくて答えられなかったんですけど…。私は自分の部屋で寝ていて、目が覚めたら、体がまったく動かなくなってたんです。しばらくすると、女の人の声が聞こえてきて…。最初はすごく小さな声だったのに、だんだん大きくなってきて、そしたら、私の体が光りだして…。それで気がついたら、あの森にいたんです。私はギルバートさんが言っていた術式とか転移とか結界とか、そういった類のものは一切知らないんです。私の国…世界にはそんなもの、ありませんでした。魔術なんて、アニメとかマンガでしか出てこないし。」
私の話を神妙な顔つきで聞いていたギルバートさんは、唸ったあと、ポツリと話しだした。
「まず、この世界に魔術を知らない者はいない。皆、大なり小なり魔力を持っているし、魔力を持っていない者はいないんだ。なのに、ミクは魔術や魔力の存在自体を知らないと言う。ミクはこの世界ではなく、別の世界から来たんじゃないか、と私は思っている」
自分でも、ここが自分の住んでいた世界とは違う世界なのではないかと、薄々感じてはいた。レイストリアという国名を聞いたことはあるか?と質問され、すかさず首を振る。
「ミクが今いる国は人族の国・レイストリアという。我が国は、この世界の人族の国でも1・2を争うほどの大国だ。その国で公爵位を賜る私でさえ、ミクの持ち物は見たことのない、使い道のわからないものばかりだった。それに、ミクの経験した現象についてだけど、1つだけ心当たりがある。禁術に指定されているが、人を異世界から呼び出す召喚術というものがある。」
「召喚術…?それって…。私は誰かに…この世界に、無理やり呼び出されたってことですか?」
「君の状況から推察すると、召喚術でよびだされた可能性が高い」
どうしてこんな事態に陥ってしまったのか、確実とは言い切れないが、原因がわかった。
「私は元の世界に帰れるんですか?」
私にとって一番重要なこと。大好きな親友、高校・大学での友人達、施設でお世話になった人たち。家族も、記憶さえも持っていなかった私に、本当の家族のように温もりを与えてくれた。みんなに会えなくなるなんて嫌だ。
「それは分からない。今まで異世界からやってきた者のことは聞いたことがないから。でも、もしかしたら、竜王陛下なら何かご存知かもしれない。」
「竜王陛下?竜?竜っていいました?」
そんなファンタジーな生き物がいるなんて…魔術もあるぐらいなんだから竜がいたっておかしくないのか…。
「そうだ。竜王陛下だ。竜王陛下なら禁術をご存知だろう。禁術に関する知識は、大昔に廃れてしまったと聞いているけれど、魔術を扱う者は、禁術を使った者は竜王陛下によって裁きがくだされる、と魔術を習得する時、最初に教わる」
「誰も使い方がわからないのに、禁術を使うことは禁止されているって、変な話ですね」
「ああ。まずは、この世界のことを少し話すね」
世界の中心にある竜族の国。それを取り囲むようにして、人族の国が連なっている。
今、私がいる人族の国・レイストリアは竜族の国・エリュシオンの東に位置する。
そして、この世界は竜王陛下の采配によって、秩序が保たれているらしい。竜王陛下が大地に流れ込む気を浄化して、この世界の人たちの暮らしを守っている。これをみんな竜王陛下の加護と呼んでいる。
また、人族と竜族では魔力の強さや寿命の長さが極端に違う。
人族の平均寿命は約150年。それに対し、力の強い竜族なら約1000年から3000年ほど生きる。かなりの長命種族だ。悠久の時を生きる竜族にとって、人族の寿命はほんのひと時のもの。最初に禁術が出来た時、当時の竜王陛下が使用の禁止、あらゆる形で残すことも禁止したため、人族の国ではすぐに廃れていった。だが、竜王陛下だけは知っている。竜王が死ぬと、その竜王の記憶は次代の竜王へと引き継がれていくのだ。
「その話で行くと、竜王陛下って今までの竜王陛下全員の記憶があるってことですか?」
「うーん。そうなるね。私も詳しくは分からない。竜族に関することはあまり人族に伝わらないからね。人族が知っているのは、竜王陛下の記憶は、代々引き継がれるってことくらいだ」
頭の中に自分以外の人の記憶がずっとあるって、考えただけで頭痛がしてくる。
竜王陛下って、苦労人なんだなと少々失礼なことを思いつつ、質問していく。
「でも、私がこの世界に来たのが、禁術の召喚魔術なら、召喚した人は、どうしてその方法を知ってるんですか?」
「それなんだよ。廃れたはずの召喚魔術についての資料が残っていたのかもしれない。禁術に関する知識を残してはいけない、という法を破った者がいるのかもしれない」
「私がここへ来る前、女の人の声がしたって言いましたよね?もしかして、その人が私を…」
「その可能性が高いと思う」
ギルバートさんとの話し合いは、とりあえず、私の事をレイストリア国王に報告するという形で決着がついた。禁術が使われた可能性が高いので、竜王陛下へその旨を伝えなくてはならない。竜族は滅多なことがない限り、竜族の国からは出てこない。貿易などの取引は盛んだが、それに限るらしい。竜王陛下への報告がある場合は、国王だけが持っているという、竜王陛下専用の通信魔具で連絡を取る。私は近いうちに、レイストリア国王のいる王都へ呼び出され、国王と面会することになるという。
そうして、私は客人という形で、領主館に保護され、居候の身となった。