1話
初めて小説を書きました。よかったら、読んでください。
「カイル団長、少しは休んでください。あなたがいくら一の位の竜だからといっても、体力には限界がありますよ。一体いつから眠っていないんですか?」
銀髪の青年は薄い青色の瞳を眇め、目の前の大きな机で書類仕事に没頭する赤髪の青年に苦言を呈する。
「わかってる。この報告書に目を通したら今日の仕事は仕舞いにする」
赤髪の青年のお決まりの返答に、心底辟易しているという態度を隠しもせず、だが少しの憐憫の情を覗かせ、銀髪の青年は退出の旨を告げ、部屋を後にした。
銀髪の青年が退出したあと、赤髪の青年は、漆黒の闇夜に煌々たる月が望める窓を背に、ビロード張りの手触りが良さそうな椅子の背もたれにドサリともたれかかった。
彼は、その整ってはいるが生気が感じられない顔を、さらに陰鬱なものへと変え、そっと何かを呟いた。
彼の表情は、先の見えない深い孤独や焦燥を感じさせるものだった。
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「…リア…ミラリア」
悲しげな声が聞こえる。知らない人の声。でもどこか懐かしい。
思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せようとするも、努力も虚しく夢の世界から意識が徐々に浮上していくのを感じた。
深い眠りを妨げる音が耳元で鳴っている。朝の7時きっかりにセットした目覚まし時計をいつもより時間をかけて止め、二度寝に入ろうとしたところで慌てて起き上がった。
今日は講義が1限目からあることを思い出し、朝の準備に取り掛かる。買い置きの菓子パンを口いっぱいにほうばりつつ、昨日の夜仕上げたばかりのレポートをカバンに入れる。
鏡を見ながら、肩甲骨のあたりまで伸びた黒髪を梳かす。ふわふわのくせ毛を時間をかけてセットし、濃い緑色の瞳に黒のカラコンをかぶせる。
出かける準備が整ったところで、ふと今朝方見た夢の内容を思い出す。
「ミラ何とかって…。うーん。私どんな夢見たんだっけ。なんか外人っぽい人が出てきたような…」
ぶつぶつ独り言をつぶやき、廊下を歩く。
「未来ちゃん、おはよう」
学生寮の管理人である由紀恵さんに声をかけられ、はっと思考を切り替え、挨拶を返す。
「何?まだ寝ぼけてぼうっとしてるんじゃないの?車に気をつけて行くのよ?」
「もうっ!寝ぼけてませんよ。いってきます!」とプンっと拗ねてみせたあと、元気に返事をして玄関に向かう。
未来の住む学生寮から大学までは徒歩5分の距離だ。
いつもより早く着くように寮を出たが、講義室はあらかた埋まっており、席を探すも不人気の前方の席しか空いていなかった。扉近くできょときょとしていると、
「未来~!こっちこっち!」
後方の席から、玲奈が手を大きく振っている姿が目に入った。玲奈とは高校時代からの付き合いだ。
玲奈は、未来が児童養護施設出身で、ある事情により一般常識に少々疎い面があるせいか、面倒をよく見てくれる。
いつも彼女から与えられることのほうが多くて、申し訳なく思うも、何も持っていない自分を気にかけてくれる、好いてくれる存在がいることにほんのり幸せを感じる。
「遅い!私が席とってなかったら、あんた教授の真ん前のいーっぱい唾とばされる席だったよ」
「だってー。ちょっと考え事してたら、いつの間にか時間経っちゃったんだもん」
ありがとうとお礼を言い、席に着く。
「で?考え事って何よ。未来が考え事って珍しいよね」
「ちょっと!私だってたまには考え事くらいするよ」
ムキになって反論すると、玲奈はしたり顔で恋でもしたか?と、とんでもない事を言い始めた。
未来は、現在21歳の青春真っ盛りにもかかわらず、残念ながら彼氏はいない。
今までもいたことはない。というか、恋という恋をしたことがない。高校時代は、親友の玲奈が彼氏とイチャつき、青春を謳歌しているのを尻目にひたすらに勉強し、部活動に明け暮れるという非常に清く正しい生活スタイルを維持していた。彼氏はいないし、付き合ったこともないと言うと、クラスメイトに驚かれたものだ。そんなに大人っぽくて綺麗なのにもったいないよとよく言われた。
大学に入ってからも、高校に引き続き、空手部に入部し恋愛とは無縁の生活を送っている。
「未来、あんたも21なんだから恋愛の1つや2つしといたほうがいいよ」
私の顔を見て、事情を察したのか、玲奈から痛い一言がとんできた。
「この間空手部の飲み会あったんでしょ?健くんから聞いたの。」
どうして彼を知っているのかと、キョトンとしていると、火曜にとってる講義で知り合ったと玲奈は続けた。
健くんの名前まで知っているとなると、内緒にはできないな。観念した私は、飲み会後の出来事についてすべて話した。
結論から言うと、健くんは私のことが好きらしく、告白されたのだ。告白されたのに、好きらしいと、まるで他の人が告白されたかのような私の話しぶりに、玲奈は溜息を吐いている。
「私だって彼氏ほしいし、告白されたのは嬉しかったんだよ?でも…」
「でも何?」
すごむ玲奈に尻込みしつつ、話しだそうとすると、教授がこっちを向いていることに気がついた。
すぐさま話を切り上げ、講義に集中しだすと、あっという間に終了のチャイムが鳴った。今日はもう同じ講義をとっていない玲奈に、また明日ゆっくり話すねと手を振り別れた。
1限から7限まで講義を受け、疲れきった未来は、寮の部屋へ帰るなり、ベッドへカバンを放り、ドサリと座り込んだ。
しばらくして、重い腰を上げ、シャワーを浴びると、夕食も取らずにベッドに倒れ込んだ。
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「ミラリア、ミラリア、愛してる。ずっと俺の側にいてくれ。俺が君をどんなことからも守るから」
「どうしたの?いつも黙って俺について来いって感じの俺様なのに、今日はなんか弱気だね」
晴れ渡った青空の下、赤や黄色、色とりどりの花が咲き乱れる小高い丘。
その頂上に立つ1本の木の根元に、ひと組の男女が腰を下ろしていた。
赤髪の青年が、がばりと足を開いて立て、足の間に黒髪の女の子を座らせ、背後から腕を彼女の腹に回し、顔を彼女の髪に埋めている。
時折、愛おしそうに頬ずりをしたり、首筋に口づけを落としている。
黒髪の女の子も、腹に回された青年の手に触れ、その長い指の腹を繰り返し撫で、愛情を伝えている。
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今回の夢は前回とは状況が違った。前回は第三者目線で赤髪の青年の様子を見つめるものだったが、今回は未来自身が当事者となっていた。
当事者とは、つまり、夢の中で未来は黒髪の女の子となっているのだ。自分で話している訳ではないのに、口が勝手に動いている。
だが、確実に自分の声だ。それに、自分を抱きすくめている青年のドクドクと激しく脈打つ心臓の鼓動が、背中から伝わってくるのをリアルに感じる。
青年の指が優しく唇を掠めた瞬間、未来は自分の意識が夢の世界から現実へと引き戻される感覚に支配された。
少し残念な気持ちを感じている自分に驚きと気恥かしさを感じながら、抗うことなく意識を浮上させた。
「gjmfkdklkskxm::k;;ohhgwqaz………」
パチリと目が覚めたが、身体が金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。
未来は全身にじっとりと嫌な汗をかいていた。
女の人の小さな声が聞こえた。最初は何を言っているのか理解できず、雑音を耳で拾っていただけだったが、急に翻訳機能でも働いたかのようにストンと女の人の言葉が理解できるようになった。
身体の自由がきかない上に、徐々に身体が淡く光り始めたことに動揺した未来は、ありったけの力を振り絞って全身を動かそうとしたが、自由になったのは右手だけだった。
女が呪文のような言葉を言い終わり、最後にミラリア・アウステルと外人風の名を付け加えた。
意識を手放しつつあった未来は、その名を認識することなく、光の洪水の中へと消えていった。
光へと完全に溶け込む前、未来のお腹が熱を持ち赤く光を放った。
その熱は瞬く間に全身へと拡がり、赤い光が彼女を覆った。
まるで、彼女をどんなことからも守る、とその存在を主張するかのように。
残された空間に、呪文を唱えていた女のヒステリックな声が響いて消えた。