君がいない世界で
「この、明るい絵が好きだな」
一年前、文化祭の美術部の出し物の展覧会。たまたま、私が受付をしている時に君が来ていた。何度も賞をとっている先輩たちの絵が所狭しと並ぶ中で端っこにポツンと佳作すらとっていない私の絵を見て君が言った。
どうしようもなく嬉しくて、でも、声をかける勇気すらなくて。
ただ君の背中を見ていた。
君はたくさんの友達に囲まれていた。いつも。明るくて優しくて、人のことをよく見ていた。消しゴムが落ちた時、拾ってくれたのは君だった。君にとってはきっと私はなんてことはないただのクラスメイトだったのだろうけど。
私にとってはずっと特別だったんだよ。
君がいじめられていたと知ったのは君がいなくなってから一週間後のことだった。
最初に『嘘』が来て、
次に『何で』、
最後には『後悔』だけが残った。
君と一緒にいたたくさんの友達すら知らなかったのだから『ただのクラスメイト』の私が知らなくて当然だったかもしれなかったけども。
それでも。
「 さん、打ち上げ来れる?」
「あ、ごめんなさい。クラブの方が……」
「そっか。残念。今度遊ぼうねぇ」
高校に入ってからの二回目の文化祭が終わる。
私の足は自然に美術室に向かっていた。
君と初めて会った場所に。
端っこにある私の絵。ああ、ひどい絵だなぁ、と思う。賞なんてとれるわけがない。こんなの、ただの殴り描きだ。
(そんなことないよ)
ばっと後ろを見る。
君の声が聞こえた気がした。
あはは。
ばかねぇ。
そんなことないのに。
君はもうこの世界のどこにもいないのよ。
「あ……い、やぁ……。う、うぇぇ、あ、やぁぁ……何、で。なみ、だ……」
どうしようもなく涙が流れた。
変ね。
君がいなくなったあの日も。
いなくなった理由を知ったあの日も。
涙なんて流れなかったのに。
とんだ薄情な女ね、ってそう笑ってやったのに。
言えば良かった。
ちっぽけな恐怖なんて切り捨てて。
ちっぽけな勇気を振り絞って。
君に。
「好きだ」と。
涙はまだ流れていたけど誰かが来たら困るので片付けを開始する。
自分の絵に手を伸ばす。
持ち上げたらカサッと何かが落ちた。
何だろう?
紙?
一枚のメモ帳。
それは去年の文化祭で美術部が売っていたメモ帳。
私の絵も入っている。
『君の明るい絵が好きだったよ』
一言。
名前の類は一切書かれていない。
もう涙は止まっていた。
一枚の紙を丁寧に折りたたんで大事にポケットにしまう。
絵を小脇に挟んで美術室を出た。丁度先輩や後輩たちとすれ違う。ニッコリと微笑むと「お疲れ様です」と言う。「お疲れ様」と当たり前のように返ってきた。
来年は高校最後の文化祭。
明るい絵、描けそうな気がした。
君がいない世界で。
私は君を想い生きていく。