芸能人貸します
疲れた身体に最後のムチをうち、夕方のラッシュアワーに挑む
外の景色を窓から見るすきまもないほど電車内は混雑し、そして色々な香りに耐え忍ぶ
プシュー
一斉に人が流れる
(はぁ着いた…)
電車を降りても足早に階段を上る
人の波に乗り遅れないように…
改札をでるとやっと自分のペースで歩ける
何人もの人が私を追い越していく
(あ、ビール買ってかなきゃ)
冷蔵庫の常備品であるビールを昨日は全部1人で飲んでしまった
途中のコンビニに寄り、缶ビール二本と惣菜を購入した
駅から歩いて10分もしないマンションが私の住処だ
築10年、比較的新しいマンションだが姉夫婦が所有している
購入して早々に義理兄は海外へ栄転が決まった為、割安で私が借りたのだ
キーをかざし正面のドアを開ける
エントランス横には郵便受けがありいつものように中身を取り出しエレベーターへ向かった
エレベーター横の機械に再びキーをかざすとやっとエレベーターを操作できる
酔ってキーを無くした日には部屋にははいれない…
コツコツと一番奥のドアへ向かう
キーを回しドアを開けると照明がつく
「ただいま…」
返事はない
荷物を投げ出し、ソファーへなだれ込む
シンとした部屋に今にも泣き出しそうだ
五分ほどそのままの状態だったろうか?私はムクッとおきだし、お風呂へ湯を張りに向かった
お風呂ができるまでに着替えを済ましビールを飲む
ちょうど一本目が無くなるころ、ブザーが鳴り湯張り終了を知らせる
そのまま私は入浴を済まし、再び二本目のビールに手をかけた
「さて、どーせダイレクトメールしかきてないんだろうけど」
1人の時でも声を出さないと静かさに耐えられない
何通か来ていた手紙は請求書と案の定ダイレクトメールばかり
チェックを済ますと今度はパソコンへ向かう
カチャカチャ
最近始めたSNSで私はネット上の友人ばかり増える
メールが10件ほど溜まっていた
その中に変なメールが一通混じっていることに気付く
(開かないほうがいいかな?)
迷っていた
しかし、マウスをクリックしていないのにそのメールが勝手に開く
「やだ!受信しただけですでにウィルスに感染なんかしてないよね?!」
慌てて削除しようとしたが、しかし、そのメールの内容に私の手が止まった
『憧れの芸能人と素敵な時間を過ごしませんか?あなただけに贈る素敵なサプライズ、信じるか信じないかはお任せします』
芸能人を貸し出し?
そんな馬鹿な話はあるわけない
どーせ前料金で払わせといて誰もこない詐欺だろう
カーソルを下に移動させる
一口ビールを飲むと二本目のビールがカラになってしまった
仕方なく立ち上がり、冷蔵庫へ向かう
フルボトルのワインが目に入ってくる
(多いよな…でも明日から三連休だし…)
今からコンビニへ行くのも面倒だった私はワインを開けた
ワインをグラスに注ぎ、一口飲む
甘めのワインが止まらなくなってくる
パソコンの画面にふと目をやると、先程とは違った画面になっていた
(酔ったかな?)
再びパソコンの前に座ると、変わった画面には細かい注意点などが記載されており料金表へ画面がとぶ
「だからなんで勝手に画面が飛ぶの?」
戻るをクリックしても動かない
(24時間で30万?2日だと50万?!)
しかし、料金は後払いだ…
『ご指名の芸能人でなかった場合は料金はいただきません』
(本当に芸能人を貸す?のだろうか?)
また一口ワインを飲む
騙された勉強代にしても30万か…
今年30になった私は最近恋愛とも遠ざかっている。
毎日、職場と家との往復で休日もこもりっきりだ。たまには男性のぬくもりも欲しい…しかし…
悩んで悩んで悩みぬいた結果、私は注文フォームへ画面を変えた
「住所、氏名、電話、カード決済…」
と入力していくと希望の芸能人の欄がある
(誰にしよう…どーせなら今人気のアイドル?いや、俳優?)
ここで一時間ほど悩んだ結果、私はとあるバンドのボーカルの名前を記入した
ここ10年程ヒットを出し続けるイケメンカリスマバンド
最近、このボーカルの人は大人の色気が出てきて格好いいなと思っていたし、歌声もセクシーだ
すべてを入力しおわり、決定ボタンをクリックする
すると画面が暗くなり白い文字で
『ご注文ありがとうございます。明日の朝にお電話を差し上げます、そこから24時間素敵な時が過ごせますよう…』
読み終わるとまた画面が暗くなり、急に電源が落ちる
急いで再起動させるが、メールフォルダに先程のメールは残っていなかった…
(私疲れてるんだろうか、それとも酔っ払って夢でもみたのだろうか?)
でも実際にネットにログインした形跡はなく、自分が精神的に病んでいるのではないかという不安だけが残り、怖くなってすぐにベッドへ潜り込んでしまった
朝、カーテンの隙間から日差しが差し込む
トゥルルルルートゥルルルル
頭が痛い
何も考えたくはないが、携帯が鳴っている
起き上がることもせず手だけを伸ばし、携帯をつかむ
画面には知らない番号だ
「…はい…もしもし…」
返事がない
「もしもし…?間違いですか?」
またも返事がない…電話を切ろうと耳から離した瞬間
「高城 奏さんですか?」
と聞こえた
「…はい、そうですけど、どちら様ですか?」
電話の相手は少しためらい
「芸能人貸します」
とだけ答えた
私は一気に覚醒する
「え?あ!いや、え?」
「…とりあえず玄関開けてもらえませんか?」
急いでベッドからおり、玄関にむかう
ドアからは帽子を目深にかぶった男が1人
顔はよくわからない
一応チェーンだけは外さずドアをあける
「あの~…」
男が顔をあげた
わたしは声を失う
「どーでもいいけど中に入れてもらえないの?」
すぐにチェーンを外しドアをあけると男は靴を揃え
「お邪魔します」
といい、リビングへ歩いていった
リビングのテーブルには昨日のダイレクトメールや飲みかけのワインが散乱している
男か一瞬みけんにシワを寄せるのがわかった
「す、すみません。散らかってて…」
いそいで片付けてると男がソファーへ座る
「これ」
差し出された紙
私はそれを受け取り読む
1、この書類を確認後送られてくるメールに同意する
2、契約時間内は相手の芸能人が嫌がらない限り何を要求してもよい
3、この契約は秘密保持とし、いついかなるときも口にしてはならない
4、契約時間を更新する場合は契約時間終了までに本人へ伝えなければならない
5、相手の顔世間にばれ、騒ぎになった場合、即刻契約は終了とする
6、契約時間終了後の2人の意思は自由とする
7、終了後ストーカー等相手の芸能人に迷惑をかける行為、または契約を破る行為が見つかった場合、それなりのペナルティーを受けていただきます
(注意事項か…)
読んだ後顔をあげパソコンを立ち上げる
すると差出人のない新着メールが一件あった
(契約同意書)
私は少しためらい男をみる
「契約するの?しないの?」
男がじっと私をみる
「あの…本当にご本人なんですか?そっくりさんってこと…」
おずおずと聞くと男がため息をつく
「どー思おうが勝手だけど、あんたがマスターの気まぐれに当選した世界でただ1人の女性なの。うちらはマスターに逆らえないし、そんなことしたら芸能界どころか世界から抹殺されちまう。俺は顔すら知らないけどさ…とにかく契約しないなら帰るだけだから早く決めてよ」
私は…
同意した
「はい、ありがとね。あ、その紙は返して」
男に紙を渡す
「んじゃま、知ってると思うけど俺はsquallのボーカルやってるトモ、宜しくね。」
「は、はい。私は高城 奏です」
トモは吹き出す
「知ってるし」
あ…最初に本人確認されてたな
頭をポリポリかく
「とりあえずさ~腹減ったから朝ご飯食べない?」
私も賛成する
「冷蔵庫見ていい?」
トモが立ち上がり台所へ向かう
「なんもないですよ…」
私の言葉が遅かったのか、トモはすでに冷蔵庫を開けていた
「おまえ…料理できない系?いつも何食ってんの?」
空っぽの冷蔵庫を見てこちらを振り向く
「料理できない訳じゃないです。でも自分の為にする気がおきなくて…」
私はうなだれる
トモが冷蔵庫を閉めて戻ってきた
「どっかに食いに行こっか、ほら、早く支度して!」
トモの言葉に私は急いで支度する
「あ、あの、準備できました」
勝手に作ったコーヒーを飲みながらソファーで雑誌を読んでいた彼に声をかける
「へー、支度早いじゃん。俺、出かけるのに時間かかる女嫌いなんだよね。」
トモはサッと起き上がり私の手を掴む
「え、あ、ひゃあ」
私の反応をみて喜んでいるようだ
「その容姿で男とつき合ったことないわけじゃないだろ?反応が中学生だ。」
確かにモテないほうではないが、さすがに芸能人と手を繋いだことはない
「さ、いくよ」
私はトモに手を引っ張られ玄関にむかう
「ちょ、ちょ、待って!私、カバン!」
「カバンなんかいらねーだろ。それと携帯は今日は禁止ね」
「でも、お財布とか…」
トモが立ち止まる
「あのさ、俺が女に金払わせるわけないだろ?!」
そう言うと再び私の手を引っ張り外へでた
エレベーターに乗り、エントランスを抜ける
途中すれ違った住人の前では帽子を深く下げた
「そう言えばここくる前に商店街あったな」
トモは商店街へむかう
私はただ引っ張られるだけだ
「おっ!」
一つの食堂を見つける
「ここにしよ♪」
私がうなづくのを確認し、中へはいる
こざっぱりした食堂の厨房には年配の女性がおり、いらっしゃいと声をかけられる
「んー何にしよ」
トモは壁に張ってあるメニューを見回した
「俺、焼き魚定食ね、お前は?」
「私はこの朝定食で」
注文を済まし、出来上がりをまつ
「お前さぁ、なんでずっと下向いてんの?」
トモがたずねる
「あ、ごめんなさい。なんか、顔見れなくて…」
「ふーん、別にいいけどさ、俺は見られるのが仕事だから見られないって新鮮だな。ところで、今日は何がしたい?」
なにがしたい?
特に考えていなかった
大体、本当に来るとは思ってなかったし、そんな事考える暇すら彼は与えてくれない
私が黙ってると、トモはため息をつく
「なんもないんだ?」
私は頷く
その時、はい、おまちどおさんと、おばちゃんが定食を持ってきた
「お、うまそ、いただきまーす」
トモがきれいに魚を食べていく
その姿を私はぼーっと眺めていた
「ん?魚美味いよ、食べたいの?」
私の視線に気付いたトモが魚ヵのってるお皿を私に差し出す
「あ、違うの。私、小さい頃から魚を食べるの下手で…綺麗に食べるなって」
トモはお皿を自分のところへ戻し、魚の身をほじる
「ほら」
私の前に白い身が箸でつままれている
私は少しためらったがその箸に口をつけ魚を食べる
「おいし…」
久しぶりに焼きたての魚を食べた
しかもトモに食べさせてもらった
「だろ、さ、早くたべようぜ」
私はうんと返事をし、自分の定食に手をつける
半分ほど食べた頃、トモは自分の分を食べ終わり、ジッと私を見る
「あ、あの、見られてると食べにくいんですけど…」
私は視線をそらす
「え、あ、ごめん、ごめん」
…早く食べちゃおう
急いで食べる
「ごちそうさま」
食べ終えた私達は食堂の外にでた
「あのさ」
トモが口を開く
私は彼を見上げた
「もし、今日すること何にも決まってないなら俺が行きたいとこに付き合ってくれる?」
「いいですよ」
トモはニヤリと笑い再び私の手をとり引っ張った
マンションの近くの駐車場につく
「車で移動するよ」
意外にも彼の車は国産の普通車だった
「いっとくけど俺の車じゃねーからな。レンタルだし!俺のだと目立つからバレたら困るだろ?バレたらこの時間も終了だ」
そうだった、バレたら居なくなっちゃうんだ
しょぼんとする
「案外ばれないんだって」
トモは助手席の私の頭をポンポンと叩く
車を発進させ、私はしばしのドライブを楽しむ
するとトモが口を開いた
「お前さ、なんで俺にしたの?あんまファンって感じじゃなさそうだし」
「あ…あの、ごめんなさい。私あんまり芸能人とか興味なくて、ただ顔が好みだったのと歌声が好きだったから…それに本当に来るなんて思わなかったし…失礼ですよね、すいません…」
トモは赤信号で車を、止める
「別にいーんじゃねーの?立派な理由じゃん。大体なんてすぐ謝んだよ」
私はトモをみる
「芸能人興味ないやつが俺を選んだなんて最高じゃん、大体、他の奴に当たってたら俺じゃなかったかもしんねぇし。運命なんて信じないけど面白いな」
私を見てトモが笑う
その顔に私はキュンキュンした
(やばい、今、芸能人のオーラを見た気がする)
車は再び発進する
そして目的地につくまで私は仕事や家族、色々な事を質問されつづけた
そして駐車場をでてから一時間ほど走らせたところで、車はとまった
「ここって…」
トモはニヤリと笑い車を降りる
慌てて私も車を降りた
「さ、」
トモが私の手を握る
ドキドキして赤くなるのがわかった
「いらっしゃいませ」
白い西洋風の一軒家の扉を開けると、開放的なエントランスと受付がある
「深田です」
トモが受付の女性に名乗る
(深田っていうんだ)
私はキョロキョロしながらいまだに何のお店か解らずにいた
トモは何やらずっと話している
「おい」
不意に呼ばれたので私はビクッとした
「高城様、どうぞこちらへ」
受付の人が私を奥へと案内する
トモはただ一言
「ごゆっくり~」
とだけ言った
案内された部屋で私は着替えを用意される
「着替え終わりましたらこちらへ…あ、下着はお取り下さい」
言われるがままに隣の部屋へいく。
なんか近代的な機械と恐ろしく上品な部屋の飾りがなんとも違和感を感じる
そこのベッドへ横になる
「では、高城様これから痩身、フェイス、全身マッサージとトリートメントをおこなって参ります」
「あ、はい!」
緊張のあまり大声がでた
「そんなに緊張されると筋肉も硬直してしまいます。リラックスなさって下さい。」
女性の声に私は頷く
(エステのお店だったんだ…でも高そうなとこ)
私はそれから二時間たっぷりと施術してもらった
特に痩身と顔、リンパのマッサージには悲鳴をあげるほどに堪能させていただいた
「お疲れ様です、先ほどのお部屋へどうぞ」
最後には極上の気持ちよさで私は一瞬眠りに落ちていた
「は、はい」
ベッドから降り、着替えの部屋へもどる
しかし、どこを捜しても私の服がない
(どうしよう…)
トントン
ドアをノックし入ってきたのはトモだった
「どーだった?痛いけど最後は気持ち良かったろ!」
「ははははは、はい。」
トモはケタケタと笑ってテーブルにどっさりの紙袋を置いた
不思議そうに首を傾げる私に
「お前の服ダサいから新しいの買ってきた、今日はこれ着ろ。今日1日は俺の女なんだからきれいでいてもらわないとな」
そう言って再び部屋を出ていく
紙袋の中身を見ようとするとすぐドアがノックされる
次に入ってきたのは若い男女だ
「高城様、お着替えの前にメイクとヘアーをやらせていただきます」
なされるがままに私はその人達にいじってもらう
ー数十分後ー
「深田様、お待たせ致しました」
女性の後ろからでてきた私をみてトモはニヤリとする
「やっぱ、ちゃんとするといけてんな」
私を見て満足そうに頷く彼
「ほら、残りの服は後で使うんだから早くしまえよ」
日中には似つかわしくないドレッシーな服を私は急いで紙袋にもどす
「ほら」
彼は手を差し出す
???
私は服を入れた紙袋を渡したが…
彼はムッとした表情をし、私の手をとった
「お前さぁー」
溜め息をつきながら話す
「あ、ごめんなさい。てっきり…」
でも私はまたもドキドキし、久しぶりの感覚に陥っていた
「じゃ、いくぞ」
私と手を繋いだ彼と車に戻る
「次はどこへ行くんですか?」
助手席でシートベルトを締めながら聞いた
「俺さ、今やってるサーカス見に行きたいんだけど」
サーカス?
首を少し傾けた私に彼が笑顔をむける
その笑顔がとてもあどけなくて、彼が年下であることを思い出した
「いい?」
私が頷くのを確認したあと、彼の手が動く。
サロンから約20分くらい車を走らせると、助手席の窓から巨大なテントの屋根がみえてきた。
「あ、おっきい…」
思ったより大きなテントに私はワクワクしている
「今からだと30分後の公演に間に合うはずだから」
その言葉に私は彼の方をみた
「公演時間調べてきたんですか?」
彼の顔は急速に赤くなり言葉もどもる
「ちげーよ、さっき待ってる間暇だからネットでなにかやってないか見てたらたまたま…」
耳が赤い
つい、可愛いと思ってしまった。
車を駐車場へ止め、トモはメガネをかけ帽子を目深にかぶりなおした
「さ、いくぞ」
車から降り、入場券を買う
すでに会場内は人で混雑しており、スタッフの人達が席を案内してまわっていた
私達は真ん中の通路側端の席に座り開演を待った
急に辺りが暗く鳴り始めステージにはピエロがでてくる
おどけて、笑わせて盛り上がっところでどんどんショーが始まっていった
「おい」
急に隣から声がかけられる
「へ?」
横をむくと彼がニヤニヤしている
「お前、ずっと口開けて観てるつもり?」
はっっっ!!
あまりに夢中になりすぎて口が開きっぱなしだったらしい
恥ずかしさに俯いてしまう
そんな私のアゴをトモは持ち上げ、私の視線を戻した
その後のショーはほとんど覚えていない
なぜなら、視線が元に戻った瞬間トモの冷たい唇の感触を自分の唇に感じたから…
湧き起こる歓声も耳には入ってこず、まるで私とトモの周りだけ時間が止まったかのような気すらしてくる
トモはゆっくりと体勢を戻すと、まるで何も無かったようにまたステージを見ていた
(私、今、キスしたんだよね…)
ドキドキが収まらない
こんなに心臓がドキドキする事なんてここ2、3年なかった
口から飛び出てきそうだ。
「あー、面白かったな!」
トモの言葉で我に返る
サーカスはいつの間にか終わっていて、観客もゾロゾロと出口に向かっていた
「さ、次行くぞ、時間もったいないし」
トモが立ち上がり、急いで私も後を追う
「腹減ったな」
時刻は午後2時
私達は車を走らせながら何事も無かったように会話をした
「夜はさ、レストラン予約してるからさっきの服に着替えろよ」
チラリと紙袋へ目をやる
…エステして、服を買ってもらって、レストランで食事して…
普段なら経験出来ない事をさせて貰っている、けど…
「あ、あのさ」
私は思い切って口を開いた
「ん?」
「あの、もしだけど、もし良かったら夜は家でご飯食べない?私あんまり料理上手じゃないけど、ドレスコードのあるレストランとかで食べてもきっと緊張して味なんかわかんないような気がして…」
言いながら俯いてしまう
トモは少し間を置いて「わかった」と返事をした
「じゃー買い物だな」
途中で見つけたスーパーに立ち寄り、2人で買い物をする
本日のメニューは餃子だ
これはトモのたっての希望だったから
「ほら、荷物貸せよ」
買った食材をトモが持ってくれる
普通の恋人同士みたいで幸せを感じた
車は再び発進する
しかし…
「あれ?こっち行くと道違うくないですか?それとも近道なの?」
普段、電車しか乗らない私は道にあまり詳しくはないが、どうみても反対方向に走ってるような気がする
「あぁ、俺ん家」
!!!
「え、!い、い、いいんですか!!」
思わず声が裏がえる
「なんで?」
「だって、芸能人が簡単にお家教えちゃまずいじゃないですか!」
トモがクックッと笑う
「俺だって人見て判断してるよ」
トモが真剣にそういうから私は照れてしまいまたまた俯く
「お前さ、下向くの本当好きだね」
いや、好きな訳じゃ…
そして車は高級そうなマンションの駐車場へ入っていった
「さ、どうぞ」
エレベーターで最上階、どうみてもこの階に玄関は一つしかない。
と言うことは、このフロアー全てがトモの家って事になる
玄関にキーを差し込み、指紋認証?!をするとドアがカチャリと音をたてた。
開いた扉の向こうには私が本を読んで想像しかしたことのない、空間が広がっている…
「………」
ありえない、ここは同じ日本なのか?
どっかの国のお城にどこでもド○で繋がってるんじゃ…
私は真剣に考えた
確かにマンションの入り口からエレベーターまで何度も扉があったし、その一つがどこでもドア○だったのかも!!
トモが私に振り向く
「お前、口の筋肉ユルいの?」
…私はまた口を開けていたらしい(泣)
「靴のままでもいいけどルームシューズに履き替える?」
私は何度も首を縦に振り借りたルームシューズに履き替えた。
トモの後ろをついて歩くと、突き当たりの扉に手を掛ける
そこがリビングだったのだが…
ここで餃子?!
無理、無理、無理!
私が目にした部屋は確かにオシャレなダイニングテーブルはある、高そうなソファーやでかいテレビ、オーディオなどもある。
…だけど
「なんで部屋のど真ん中にジャグジーがあるのよ?!」
はっ…思わず言ってしまった
恐る恐るトモの方をみると、トモはにやりと笑い
「かっちょいーだろ」
と、得意げだ
「髪、どこで洗うの?身体は?お風呂ん中で洗ったってとんだしぶきをわざわざ拭かなきゃいけないの?大体、なんでジャグジー入るのに三段くらい段差があるの?滑ったら危ないじゃない!」
私の疑問は果てし無い
そんな私にトモは顔を近づけてきて
「うっせーな、使い方、後で見せてやるよ」
と言った
私の疑問は止まらない
「あの高い天井からぶら下がってるライトはどーやって掃除する
の?」
「シャワー室あるのならさっきのジャグジー一緒にすればよかっ
たんじゃない?なんでこんなに離れてるの??」
「キッチンの蛇口多すぎじゃない!」
などなどなどなど庶民には数えきれない疑問の作りでまたまた口
を開けていた。
でも…
「羨ましいけど、広くて孤独感に負けそう」
自分だったら?
一人でこの家に帰ってきて、聞こえてくるのはテレビや携帯の音だけで、自分が発した言葉が反響するようなこの家で、辛い言葉やため息が響いたらそきっと泣いてしまう…
つい、口からでた言葉だった。
「お前…」
トモは私を見ながら立っている。
そして、少し間を置いて
「弱えな…。そんなんでよく一人暮らししてんな。それともしょっちゅう友達とか呼ぶタイプ?あ、ちがうか、寂しいから酒飲んで酔って寝てたんだ。それでオレを買ったのか!納得!!」
ど直球、どストライク…
人に言葉にされて情けなくて、悲しくて、恥ずかしくて涙がでそうになった。
「いや!わ、わ、わりぃ!」
トモはハッとしたように謝ってきた。
久々に堪える言葉を聞いたが、私のせいで好きでもない女と一日過ごさなきゃいけないのに、気まで使わせたら悪いよね?
「ううん、大丈夫」
なるべく自然に見えるように笑顔を作る。
そして「さ、時間勿体無いから餃子作ろ?」
と、私はキッチンへ向かった。
広いキッチンは料理のしがいがあった。
久しぶりに誰かの為にする料理は楽しくて、あれもこれもと作りすぎの現象を生む。
「こんなに作っても食いきれないだろ?」
「冷凍しとけばいつでま食べれるじゃん。要らなかったら捨てていいから」