第6話
……とりあえず町に帰らせて、説明回に入ります。
完全に勇み足だった。
レバトンから少し離れた場所に位置するこの森林地帯には、戦闘職を持たない僕みたいな人間が一人できても生命の危険を感じるような相手はいない。しかし、それは相手に関する知識を持っているということが前提条件だ。
例えば大きな兎のモンスター、ラパンは攻撃といえば体当たりだけで横に少しずれるだけで躱すことができる。狼にしか見えないヴォルフは基本的に臆病なモンスターなので人間に近づくようなことはしないし、仮に向かってきても飛びかかってくるところに剣を合わせてやれば良い。意外と見つけるのが難しいスライムなどは攻撃手段を持たない無害モンスターだ。先ほどテイムしたコボルトに至っては武器を使うことはしても、人間の子供程度の戦闘の力しかないので素人の戦闘訓練にはうってつけと言える。
なんてことをギルドで聞いたのでした。
つまり、初めて見るモンスターはなにをしてくるのかわからないので怖いということだ。
例えば、全長一メートルほどの緑色の体でうねうねと動く無数の足、ガチガチと歯の合わさる音を響かせる口、ものすごく気持ちの悪い芋虫なんかもその一つだよ。
《観察眼》!!
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【ステータス】
レベル:1(Next 23/50)
名前:ラージキャタピラー
性別:メス
状態:健康
【スキル】
放糸:粘着質の糸を吐く
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「ギュエギュエ」 ハミハミッ
実はこいつを発見したのは僕だ。
基本的にモンスターを見つけるのはポチの役目なんだけど、コボルトとヴォルフに何か相通ずるモノがあるのか2匹が妙にくっついてるんだよね。
ポチとわかばが並んでいて、わかばがポチの背中をなでてたり、ポチがわかばのおしりの匂いを嗅いでたりする姿を僕が後ろから見てるわけなんだけど、なんかラブラブな感じ?
そんな風にイチャイチャしてるものだから、ポチのやつはわかばのおしりに夢中でモンスターの匂いに気付かなかった。
ラージキャタピターは体表が保護色とでも言うのか濃淡のある緑色の肌をしていて、動いていても風に揺られる葉っぱなのかと見過ごす事もありそうだった。
ではなぜ僕が気づけたのかと言うと、恥ずかしながら尿意を我慢できなくて……。僕が茂みに向かっておしっこしていると、「ニューニュー!」といきなり叫び声を上げて芋虫が足元から飛び出してきたということです。
それはもう驚きましたとも!ズボンはもうビチョビチョです……。
「ポチ~、わかば~、助けて~!」
僕のプライバシーを尊重してくれている狼と犬顔小人は、少し離れたところでイチャイチャしていてすぐには駆けつけてくれそうもない。
「ニュニュ~!」
芋虫はこちらにむかって大きく口を開き、白くてネバネバしたものを僕の全身に噴きかけた。
これはラージキャタピラーのスキル『放糸』だ。
思わず目を閉じてしまったが、ゆっくりと瞼を開くと僕の全身に粘ついた液体がぶちまけられているだけで、想像していたのとなんか違う。全身を糸でグルグルにされ身動きできなくなるのかと思ったけど、なんか相手をベトベトにするだけみたいだ。十分ダメージを受けたけどね。
「ウォン!」「ガウ!」
僕の声に答えて駆けつけてきたポチとわかばが、そのまま芋虫に向かって攻撃を加えようとしたので手を上げてそれを止めた。
正直こんな目に合わせてくれた芋虫をメッタ斬りにしてやりたいところだけど、今日はまだ魔力に余裕があるのでテイムしなきゃね。
「うひゃあ~……、お前たちはいいから下がってて、こいつの相手は僕がする!」
2匹を下がらせショートソードを抜く。当然だけど柄はベトベトだ……
糸を吐いて疲れたのか、芋虫は二つのクリクリとした目をこちらに向けるだけでじっとしている。
「おい!大人しく僕にテイムされるなら痛い目に遭わずに済むけど、どうするよ?」
剣の切っ先でツンツンと突きながら声を掛けてみる。
すると芋虫はビクビクと震え、コテンっと倒れた。
「あれ?」「ウォン?」「ガウ?」
観察眼で確認してみると、ラージキャタピターの状態は見事に麻痺状態となっていた。
「……うん、作戦通りだね!」
容赦なくテイムするよ。
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契約をするのはとりあえず後にして指輪をリュックに入れた。
今日はもうヤル気が失せた。
勢い込んで探索に挑んだのにそれほど成果を挙げれずに、全身ベトベトの液体まみれにされるなんてやってられません。
ポチに川の方角に進むように命令し、街道に出てレバトンに帰ることにした。
ギルド受付嬢のタニアさんがラージキャタピラーのことを教えてくれなかったせいで、とも言えるけどやっぱり僕の中にどこか油断があったんだな。
まずはこれからやるべきことをまとめてみよう。
①モンスターの情報をできるだけ集める
②装備とアイテムを買い揃える
③テイマーについて勉強する
④これから先どうするかを少しでも考える
とぼとぼと町に向かって歩く僕の背中に刺さる西日が、なんとも恨めしく感じた一日でした。
川で落としきれなかった汚れで白濁とした僕の姿を見た、準交易都市レバトンの騎士団副団長カーライルさんの奥さんであるルミーナさんは、すぐにお風呂を沸かしてくれたし着替えも用意してくれた。
それに対して僕は無様な姿を晒してしまったことの羞恥心と、準備不足という初歩的なミスを犯してしまった自分への怒りで、異世界に来て初めての涙を流した。