第1話
僕の目の前に立つおじさんが教えてくれた。
「あなたが死亡したのはタバコが原因ではありませんよ?」
「そうなんですか?僕が肺がんで死んでしまったのは、中学生の頃からの喫煙が原因だと思ってました」
「ええ。あなたが癌に侵された理由は大気汚染が原因です」
「大気汚染ですか?」
「敢えて言うならば、あなたが暮らしていた国の『お隣さん』が一番の元凶ですね。世間に知られていないだけで、もはや人間が生活できる環境ではなくなっています。そして汚染物質は風に乗ってあなたの国を汚染し、ついでにあなたの肺も汚染されたというわけです」
「なるほど……、それでここはどこなんでしょうか?」
「ここは広大な大地を有する大陸が数多く連なり、物語の中にのみ語られる魔物が溢れ、魔法という超常の力が自然の理を操り、ジョブという名の神託が人々を導く、剣と魔法の世界【ジュールヴェンヌ】です」
「世界?ここは地球じゃないということですか?と言うか僕って死んでいるんですよね」
病院で死んだはずの僕が今は森の中にいる。
白樺に見える樹皮をしているが柳のような木が周りを囲んでいて、僕たち二人は少し開けた原っぱにいる。
「ええ死んでます。
ちなみに私は所謂神です。地球でお亡くなりになったあなたをこちらの世界に連れてきたのも私です」
「どういうことでしょうか?あの、僕の日頃の行いが悪かったのですか?」
「いえいえ滅相もない!あなたは見事な善人ですよ。通常の場合はこのまま別な人間に生まれ変わることになっていたんですが、今回は私の実験に協力してもらいました」
「実験ですか?」
「異次元間の魂の転移がその世界にどのような影響を起こすのか観測してみたいんです。今日まで魂は同じ世界の中だけで輪廻転生を繰り返してきたんですが、あなた、つまり坂田守さんに実験体となってもらって、異世界における魂への影響を見させてもらいます。ちなみに決定事項なので変更はできません。
よってこれからあなたが生活していくこの世界について簡単に説明させてもらいます」
……何が何だかわからない。
「本来ならばあなたには新生児として転生してもらうつもりだったんですが、その場合すぐに死んでしまう可能性もなきにしもあらず。そのため死亡時の肉体を参考に、私の方でこちらの世界にあなたを構築させていただきました。
黄色人種の黒髪黒目に胴長短足、身長167センチ・体重53キロ、ほとんど何も変わってはいませんよね」
それはそうだけど……、ちょっとは変えて欲しかったというかなんと言うか。
「これからあなたにあるジョブを与えます。そのジョブがある限りあなたがこの世界で生活に困るということはなくなりますし、やり方しだいでは世界中の人々に持て囃されるようにもなるでしょう。ですが、1つだけ言っておきます。
決して八十歳になるまでに死なないこと。これだけは固く守っていただきたい。
つまりこちらが納得出来るだけの成果も無しに死んでもらっては困るということです。そのためにいくらかのサポートはさせていただきます」
神様はそう言うと僕の頭に手を載せ、なにか呪文のようなものを唱えた。
呪文の終わりとともに頭の中にチクリとした程度の痛みを感じた
「はい、これであなたのジョブには『テイマー』が追加されました。しかも歴史上初めてのシングルテイマーですよ。道を歩けば黄色い歓声が湧き、貴族や商人からは万金を積まれて請われ、千年先までその名は残る。まあ、そんな価値あるジョブ持ちになったんです」
「……?」
「さらに、これから色々なモンスターをテイムするであろうあなたのためにこの『モンスター図鑑』をプレゼントします。これはあなたがテイムしたモンスターの情報が自動的に記載されるという優れ物です。売り払ったりしないでくださいね」
両手に抱えるほどの大きさの本を渡された。
「おまけに空間魔法が施されているリュックもプレゼントします。これまた100種類×100個のアイテムが入るという恐ろしく高性能な物なので、他人に奪われたり売り払ったりして手放すような事をしないでくださいね。モンスター図鑑もこの中に入れときますよ」
入れ口に近づけると吸い込まれるようにモンスター図鑑はリュックの中に消え、神様は僕の後ろにまわりリュックを担がせてくれた。
「それと今あなたが着ているパジャマはこの世界に存在しない生地で作られているので、……こうしましょう!」
神様が親指と中指を合わせてパチッと指を鳴らすと、僕は光りに包まれた。
その淡い光の粒が消えると僕の服装は変貌し、どのような生地なのか初めての感触の白いシャツに焦げ茶のズボン、そして黒皮のベストと履いているのが感じられないほど軽い茶色の革靴だった。
「どうですか?服とズボンには特別な効果を付与してはいませんが、その靴は履いている人の走る速さを上げる効果と足音をほぼ消す効果が付与されているんですよ。ちなみにどのような距離を歩いたとしても壊れません。それほど珍しいものではありませんが、結構高級品ではあります。
あとはこのどこにでも売っているように見えて、実は『絶対麻痺』の効果が付与された神器級のレアなショートソードを装備してもらいます。まあ護身用ですね、モンスターも出れば盗賊なんかもいますから殺されないように気をつけてください」
刃渡り60センチほどの剣は腰に佩くと結構な重みを感じる。そしてその重みは鞘から抜いて刀身を見るとさらに強まった。
なんだかよくわからないが僕は異世界にいて、これからこの未知なる世界で生活していくことになるみたい。
ここにはモンスターがいて襲ってくる。
怖い。
死ぬのが怖い。
一度死を体験しているんだから尚更に、ただただ怖い。
「私があなたを守ることはありません。これからあなたは自分の力で生きていき、そして死にます」
「そ、それは、変えることは出来ないんですよね?」
「はい。地球で死んだあなたに異世界で寿命まで生きてもらうのが私の手段であり、死亡した際のあなたの魂への影響を調べるのが私の目的です。あなたに与えられた選択肢はこの世界で生きること、それだけです」
手段と目的。
理不尽……、そういうこともできる。
だけど神様が死んだはずの僕に与えてくれたチャンスだと考えることもできる。
「わかりました。右も左も分からないこの異世界で、坂田守25歳!!精一杯生きさせてもらいます」
「ええ、期待していますよ」
神様が差し出した手を僕は力強く握りしめた。
「それでは、これからあなたがすぐに死んでしまわないように必要な事をお教えしますので、よく聞いてくださいね」
※『異世界についてのまとめ書き』として別記します(随時更新中)
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……と言う感じですね。他にも色々気になることはあるでしょうが、適宣どなたかに尋ねてください。
次にステータスの確認をしましょう。まあステータスと言っても攻撃力ですとか防御力、素早さや魔力が数字化されるというわけではありません。名前と種族ですとかジョブについてが簡単に表示されるだけです」
「ゲームとは違うんですね」
「ええ、最初は詳細に表示できるようにしようかと思ったんですが、人が出せる力なんてその日の体調により左右されますし、こちらとしても手間がかかりましてね、面倒臭くなって断念しました。
それと基本的にこの世界でステータスを確認するためには本人が《ステータス》と唱えるだけで可能です。それとは別にギルドや教会で発行されるカードが身分証明となります」
「ギルド……だったら僕もそこに行けばカードを発行してもらえるんですよね?」
「もちろん発行してもらえますよ。ですが、発行してもらう際にあなたのステータスがギルドで確認されることになります。そうしますとシングルテイマーであるあなたは少々厄介なことになると思います。先程も言いました通り、あなたのジョブはテイマーの一つだけです。そしてそれはこの世界であなた一人だけ。この世界で最も力のあるテイマーがあなただということです。当然取り込もうとする人が出てくることでしょう、私の目的のためにもあなたを危険な目に遭わせるわけにはいきません。ですから、私が作っておきましたよ。
はい、どうぞ」
神様はそう言うと一枚のカードを懐から取り出した。
「これがあなたのギルドカードですよ。
はるか昔に私が人間に与えた技術で作り出されているもので決して壊れない材質で出来ています。そして体内に保管され《カードオープン》と唱えれば現出し、《戻れ》と唱えれば消えます。カードには所有者の名前や種族とジョブ、そしてギルドランクが表示されます。ジョブの表示についてですが、表示されるのは所有者が現在選択しているジョブのみが表示されるだけですので、その人がいくつのジョブを持っているかはわかりません。なのでシングルテイマーであるあなたも相手に露見される心配も当然無いということです。
それと、もしあなたがどこかで盗賊などを討伐した場合その証として死体に向かって《カードオープン》と唱えれば、ギルドカードとは別の『クライシスカード』というものが相手から出てきます。これは罪を犯した者が所持するもので、ギルドや教会で過去に発行してもらっていてもクライシスカードに変更されるのです。そうすれば大抵の町や都市には入ることができなくなりますし、報奨金の支払いもスムーズに出来ますからね」
ギルドカードを受け取るとそれは一瞬で僕の手から消えた。
「大丈夫ですよ、あなたの体の中に収納されたのです。《カードオープン》と唱えれば出てきますからね。今試してもらってもいいんですが、その前にステータスを確認してください。
《ステータス》と唱えれば見れますからね、これは本人だけが見ることの出来る個人情報です」
《ステータス》!!
僕がそう唱えると目の前にガラスの板のようなものが現れて、そこに文字の列が浮かんだ。
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【ステータス】
名前:マモル・サカタ
種族:ヒューマン族
性別:男
年齢:25
ジョブ:テイマーLv.1(Next 0/100)
【スキル】
・テイム
・観察眼:モンスターのステータスを表示する
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「あなたはジョブがひとつなので、そこにはテイマーしか表示されませんが他の人はいくつかのジョブが表示されます。そして一番上に出ているジョブが現在選択されているジョブとなり、カードにもそのジョブが表示されます。まあ『ステータス』も『カード』も表示されるものにほとんど違いはありませんね。
それでは次に『テイム』の練習をしましょう」
「テイムの練習ですか?」
「はい。やり方(『異世界についてのまとめ書き』に記述)については先ほど話しましたが、実際にテイムしてみないことには不安があるでしょうし、テイマーのジョブを持っている人はそれほど多くはないので誰かに教えてもらうというのも難しいですから。ちなみに、言語や文字は先ほどジョブと一緒に頭の中に知識を入れてあるので困ることもないと思います。
それでは、あちらに一匹のモンスターを呼び出すので頑張ってテイムしてみてください」
「わ、わかりました、了解です!!」
僕は震える手で腰に佩いたショートソードを抜いて、神様が指差している方向へ身構えた。
すると柳の枝葉の間から、のそりと1匹の犬が姿を現した。
「まずはモンスターに遭遇したら《観察眼》を使ってください。これはモンスターのステータスを確認できるテイマーLv.1の基本スキルです。頭の中で《観察眼》と唱えればスキルは発動します」
言われたとおりに少し離れた場所に佇むモンスターを見ながら《観察眼》と頭の中で唱えた。
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【ステータス】
レベル:1 (Next 0/50)
名前:ヴォルフ
性別:♂
状態:健康
【スキル】
なし
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「モンスターのステータスは見えましたか?」
「はい。『ヴォルフ』という名前のモンスターで、レベルは1です」
「そうです、あれはヴォルフ。地球でいうところの狼の様なものでこの辺りには比較的多いモンスターです。それほど危険とは言えないモンスターですが噛む力は強いので気をつけてくださいね。
まずは剣で斬りつけてみてください」
「え、斬るんですか?」
「もちろんです。モンスターにもよりますが幾らかのダメージを与えないことには、テイムに成功することはないでしょう」
気付けばヴォルフはだいぶ近づいていた。
「ほら来ますよ、飛びかかってきますから右に避けて下から切り上げて!!」
「わ、わかりました」
走り寄ってきたヴォルフは僕から3メートルほどの距離から跳躍した。
なんとか横に避けて右手に持つ剣で相手の腹部を皮一枚ほど切り裂いた。
「ギャウンッ!」
着地したヴォルフは全然ダメージを受けていないようで、素早くこちらを振り返ると姿勢を低くしながら唸り声を上げる。
長く感じたが3秒ほどが経つと、ヴォルフはその身を小刻みに震わせ「キュ~ン」と甲高い声を発し唐突にバタリと倒れた。
「……あれだけで、倒せたんでしょうか?」
僕は倒れて痙攣し始めたヴォルフを見つめながら神様に聞いた。
「いえ、あなたが与えたダメージは毛ほどもありませんでしたね。ですがあなたの持つ剣の麻痺効果がヴォルフに状態異常を起こしたんです。
いや~、しかしあなたがちゃんと敵に向けて剣を振るうことが出来てよかった。もしこの時点で躊躇するようではこの先どうしようかと実はちょっと心配してたんですよ。結果としてこうして剣を持つ勇気を確認できたので一安心ですね。
それではテイムしてみてください」
ヴォルフは麻痺状態で小刻みに震えているだけで立ち上がる気配もない。
僕は恐る恐る近づいていき右手を掲げて《テイム》と唱えた。
すると右手に収まる程度のボールが出た。このボールをモンスターに当てることがテイムの最初の段階だ。
「えいっ!」
倒れているヴォルフに向かってそのボールを投げる。ボールは目標に当たると上下に割れ、ヴォルフは粒子状の光になりボールの中へ吸い込まれた。
「あ、神様成功したんですか?」
「いえ、まだです。もう少し見ていてください」
ヴォルフが入っているボールはチカチカと明減を繰り返し、さらに上下に跳ねたり、前後左右に転がったりした。
そして唐突に動きが止み「ポフッ」と言う音とともに煙が吐かれ、その場には一つの指輪が残されていた。
僕は静かに指輪へと歩み寄り、拾い上げた。
「これが指輪。なんか普通の指輪ですね」
鉄製の安っぽい指輪を見つめて呟いた。指輪の表面には幾何学模様と言うのかな、何筋もの線が複雑に絡み合う形で刻まれている。
「まあそうでしょうね。この世界ではヴォルフは最弱級のモンスターですから、テイムすれば『鉄』になります。さあ、マモルさん契約を行って召喚までどんどん行きましょう」
指輪に契約者の血液を一滴でも垂らせば契約は成る。契約したモンスターは人間の言うことをある程度は理解できるようになり、様々な場面で使役されている。
冒険の共・農耕・騎獣として、モンスターリングは世界中で広く売買される。そしてそれがテイマーの生活の糧になるのだ。
剣で指を切り血を指輪に吸わせる。
そうしたら頭の中に声が響き渡った。
『汝 魔獣を使役せんと望む者よ モンスター:ヴォルフに真名を授けよ』
「神様、今のは何ですか?厳かとでも言うのか、なんだか怖い声が聞こえたんですけど」
『汝 魔獣を使役せんと望む者よ モンスター:ヴォルフに真名を授けよ』
「特殊効果とでも言うのかな、システム音声だと味気ないしこれでも一応神様だからね。この世界には私を信仰している人も数多くいるんですよ。色々と演出をしないと信仰の乱れを招きかねないからね」
『汝 魔獣を使役せんと望む者よ モンスター:ヴォルフに真名を授けよ』
「なんだか釈然としませんけど理解したことにします」
『汝 魔獣を使役せんと望む者よ モンスター:ヴォルフに真名を授けよ』
「わかったってば!!今名前決めるからちょっと静かにしてよ。
そうだなぁヴォルフは狼っていう意味だから……ポチにしよう」
「……マモルさん。あなたもう少しだねえ狼の事を考えてみてよ。犬とは違うのだよ、犬とは。狼は群れで行動しても誇りを持つ種族なんだよ。それをポチだなん」
『了承した 魔獣ヴォルフは 今よりポチとなり この者 ヒューマン族マモルの 使役獣となす』
「あ、決まっちゃっいましたね……。
仕方ない、それじゃあ召喚してみてください。モンスターリングを指に嵌めて《ポチ召喚》と唱えるだけです」
「いいじゃないですか~。ポチって名前はオーソドックスながらも可愛らしさを強調した、伝統的な名称なんですからね。
それじゃあ召喚してみますよ」
《ポチ召喚》!!
指輪は光輝く粒子となり指から離れ、地面でヴォルフの形に集束した。
そこには一頭の狼がいてこちらを見上げている。
「無事に召喚できましたね」
召喚されたポチは僕の足にまとわりつき尻尾をフリフリしている。
すごく、かわいい。
「なんか親しみやすい感じになりましたよ。さっきまではちょっと怖い感じだったのに今は普通の犬みたいですね。よしよし、かわいいなぁお前。俺がお前のご主人様だぞ~」
頼り強いかといえばそうでもないけど、イヌ好きの僕としてはなんとも嬉しい出会いだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「マモルさん、これからあなたは未知なるモノや今まで考えたこともなかった様な出来事に出会うことになるでしょう。私にできることはここまでです。これから先はあなたが自分で歩んでいってください。どのような生活を送るのか、それはあなたの自由です。世界中を旅してもいいですし、お金を貯めて若隠居してもイイ。
ただひとつだけ、繰り返しになりますが決して死なないように。これだけは守ってください。そのための力を私はもうあなたに与えました。
ちなみに仮にあなたが早期に死亡した場合はあなたの魂を消滅します。そしてあなたの代わりになる人を探します。
一応伝えておきます。それではよい生活を送ってくださいね、またあなたが死んだ時に会いましょう」
神様はそう言うとゆるやかにその姿を消した。
横でポチが尻尾をふっている。
僕の心中には複雑な思いが沸き上がっていた。
実験体と明言され異世界に送られた怒りと、地球での生活へのささやかな郷愁、そしてまだ見ぬ多くの異世界という未知への探究心。
言い知れぬ不安であり、踊りだしそうなほどの興奮だ。
やっべ、剣で指を切って血を出すところ……。まあいいか。