第9話:改めて……
防具店の主であるアイリーンさんにテイムしているモンスターを見せるように言われた僕は、さすがに部屋の中でモンスターを召喚するわけにもいかないので、庭の方へ出てから行うことにした。
《ポチ・ブーブ・わかば召喚》!!
とりあえず、ヴォルフ・グリーンスライム・コボルトの三匹の契約獣を召喚して見せた。
召喚されたポチとわかばは相変わらずイチャイチャしているし、地面でプルプルしていたブーブは今は僕の腕に抱かれている。一応人前なのでモミモミしたりはしない。
「ふ~ん、鉄の指輪を3匹かい。それと宝石付きがひとつあるみたいだね、そいつはあんたがテイムしたのかい?」
言われたとおり僕の右手にはもうひとつ指輪が付いている。
これは『亜種ホワイトスライム』のスケさんだ。スケさんは【透明化】というスキルを持っているでとても珍しいらしく、できることなら人目に晒したくはないんだ。
だからここでは召喚しなかったし、どんなモンスターなのかも説明するつもりはない。おまけに今このレバトンではスライムが人気らしいから、もし僕が亜種のスライムを持っていることが周囲にバレるといらぬ揉め事が起きる気がするんだよね。
商人のアイリーンさんに知られたらどうなることやら……。
「はい、この宝石付きはなんと言うか僕の切り札ですんで秘密にしておきたいんです。ご理解いただけると助かります」
「別に無理に見せろとは言わないよ、ただあんたが亜種モンスターをテイムする実力があるならそれでいいのさ。もちろん、亜種のテイムを依頼するような無理はしないよ」
アイリーンさんがそんな風に僕を安心させると、続けてルミーナさんも声を掛けてくれた。
「でも亜種モンスターをテイムするっていうのは実力のあるテイマーとしての証でもあるんですよ、マモルさんはテイマーとして活動し始めてから間もないというのにすごいんですね。
モンスターの種類を問わずに宝石付きのモンスターリングはすごい高値で取引されますし、契約していることが貴族や大商人のステータスの一つでもありますからね」
「そ、そうなんですか。たまたま見つけてなんとかテイムできたから契約してみただけなんですけどね。一応珍しいスキルを持ってるんで秘密にしているんです」
実際のところまだスケさんの『透明化』についてゆっくり検証したわけでもないのでどうかわからないけど、もしスケさんだけでなく僕を透明にすることができるなら……
「まあ、十分力を持っていることは分かったからもうその子たちを戻してもいいよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それにしてもそのヴォルフとコボルトは仲がいいねぇ」
「うふふ、本当に仲良しさんね、コボルトがヴォルフの毛づくろいをするなんて初めて見たわ。このコボルトはメスみたいだしこっちのオスのヴォルフに恋をしたのかもしれないわ~」
そう言えば僕の装備とともにわかばの装備も揃えたかったんだ。
「ついでと言ってはなんですけどこのコボルトにもなにか装備を与えたいんですが、サイズ的に丁度いいものはありますか?」
コボルトは1メートルくらいの身長で短い腕には人間と変わらない5本の指が有り、僕が見つけた時には竹槍を構えていたのだが今は何も装備していない。
「ウチはこれでも北部一の防具だよ、小さいものから大きなものまでよりどりみどりさ!ただ、その子が大人しく装備してくれるかどうかはあんた次第だろうね」
「え、大人しく装備してくれない場合もあるんですか?」
「おやおや、そんなことも知らずにテイマーになるなんてねぇ。
いいかい契約したとはいえ、モンスターはモンスターだ。聞いた話じゃあモンスターの中には人間の話を完全に理解できる頭のいいモンスターもいるらしいけど、ほとんどのモンスターは簡単なことしか理解できない。
探せ、行け、殺せ、下がれ、食え、だとかね。このくらいのことなら言うことを聞くらしい。
実際あたしも昔は一羽の『クロウ』と契約していたけど、簡単なことしか言う事を聞かなかったね」
「それだと装備品を持たせておくのは難しいんでしょうかね?あと、装備をさせた状態で帰還させても大丈夫なんでしょうか?」
「それは大丈夫だよ、召喚中に持たせた武器や防具それにアクセサリーなんかは帰還しても消えないからね。ただ、荷物を持たせた状態で帰還させると荷物だけが残されたりするらしいよ。これは他のテイマーに聞くか、調べたりするんだね。
ウチのお店にも契約獣のための装備は売っているから、あんたの契約獣が増えたら買っておくれな」
その後モンスター達を指輪に戻してから、わかばの装備を見に行く前に神様に貰った僕の靴も見てもらった。
これは走力向上と足音を軽減する効果があるもので、こちらの世界に来た時に神様から貰ったものだ。
この靴についてアイリーンさんは僕を見た時から気になっていたらしくて、一見どこにでもありそうな靴だったが丁寧に仕上げが行われているし、使われている素材も何だかわからなかったそうだ。
僕がこの靴の効果について話すと「魔道具だったんだねぇ」と驚かれたので魔道具とは何かと聞くと、『魔具職人』というジョブを持つ人が作った装備品らしく、『付与魔術師』が付与するよりも効果が高いそうで、さらに僕の靴はかなり高いレベルの魔具職人によって作られているとのことだった。
もちろん神様から貰ったなんてことは言っていない。
その後、もう一度わかば(コボルト)を召喚してお店の方へと向かい、わかばの体にフィットする鎧や籠手、すね当てなんかを購入した。
最初は体に装備品を着けることをわかばは嫌がったんだけど、僕が「ジッとしなさい」と命じると大人しくなり、担当してくれた店員さんが「こんな大人しくしてくれるコボルトは珍しいですよ」と言ってくれたんだけど、それを聞いたわかばは嬉しげに短い尻尾を揺らしていた……。
とりあえず用が済んだ僕とルミーナさんはアイリーンさんに挨拶をしてから、カリアン防具店を後にした。
次に向かうのは日用品と回復薬などが売られている道具屋だ。と言っても場所はアイリーンさんのお店の隣なのですぐそこだった。
店内はそれほど広いわけではないけど女性客が多くいてちょっと驚いた。
「ルミーナさん、なんだか女の人が多いですね」
「このお店は化粧品が売っているし、女性用の細々したものも充実しているからかしらね。
それに今の時間は男性が働きに出ているから、お家に旦那様がいない間に色々と買い出しに来ているんだと思うわ」
言われてみれば奥にあるカウンターには女性が何人か座っていて、従業員だろうきれいな女性が何かを説明しているようだ。まるで地球の化粧品店に見える。
「さてそれじゃ、色々と見て行きましょうね」
それから二時間もかけて道具屋の隅々まで見てまわった。
どのような世界であっても女性の買い物スタイルは変わることが無いみたいだ。
午前10時に家を出たのに、ようやくバーバリン邸に帰り着けたのは午後3時を過ぎてからだった。
道具屋では日常生活に必要な歯ブラシやカミソリにジッポー的なライター、爪切りに石鹸、タオル類にハンカチ、そして嬉しい事にタバコも見つけた。
この世界のタバコも紙に巻かれていて、両切りタイプだった。10本一組が小さな布袋で銀貨一枚と少し値が張るが、日本でわかばを愛飲していた僕にはちょうどいいくらいの強みのある葉が使われていて、とってもうれしい驚きだった!
そして回復薬だが、飲んでよし体に掛けてよしの瓶入りの液体で切り傷や血止めに効果があるそうだ。その他にも状態異常に効く薬品もひと通り買っておいた。
これらの薬品は『薬師』というジョブを持つ人が作成したもので、店に並べられていたものはトリプルの人が中心になって作られたものらしく品質としては良いんだそうだ。値段的にも良心的なのか、このお店で金貨を一枚支払った。
買ったものはみんな神様謹製のリュックに収納しました。
「明日はあの人と一緒に図書館に行きましょうね」
「はい、どんな本があるのか楽しみです。
今日は買い出しに付き合ってもらって本当に助かりました」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ここはレバトン騎士団副団長カーライル・バーバリンさんの家の裏庭だ。
今日はカーライルさんが昼前には帰宅するということなので、午後から図書館に案内してもらいテイマーのことなどを調べさせてもらう予定だ。
それまでは時間が結構空いているので、ポチとわかばを庭で遊ばせて僕はブーブを抱きながらゆっくりと煙草を吸っている。
異世界に来ているというのに、日本で生活していた時よりものんびりとした時間が流れているのが自分でも意外に感じる。
こちらの世界のライターには『オーリー』というモンスターの体液が入っていて、火打ち石の火花を使って着火する。地球のオイルライターと見た目も使い方も殆ど変わらない。
そこへ口に軽く銜えた煙草を近づけ、スウ~っと息を吸い込めば先端から紫煙が立ち上りはじまる。
それを肺の中まで吸い込みゆっくりと吐き出し、青い空に溶けてゆくのを眺めた。
この家には随分と広い庭があって、なんでも元々は一軒の家が建っていたそうなのだが随分昔に火事で燃えてしまったそうだ。それがなぜか再建されずにおかれていて、長い間にバーバリン家の敷地と認識されているらしい。
テニスコート二面分ほどはあろうか、ちょっと広い野原の様な感じで草木が瑞々しく生い茂っている。
その庭でイチャコラしているイヌ科の生物二頭と、僕にモミモミとされている半透明な緑色の生物は僕の契約獣だ。本当ならこの子たちを連れてレベル上げに行きたいところなんだけど、カーライルさんに帰宅を待っているように言われているから現在待機中だ。
そこで奥さんのルミーナさんが「それなら服を縫うから採寸をしましょう」と提案してくれたので、午前中はこの家で待機していることにしてのんびりしている。今も僕の背後、庭に面した部屋でルミーナさんが布の裁断をしている。
彼女はこの大陸で産する生地を数多く所持しているとのことで、部屋の中には布専用の棚が置かれていて僕がこの部屋を案内された時にはすごく驚いた。妙に光沢のある羊毛の様な物や、ゴムのように伸縮性がある何かわからない生地、こちらの世界にも蚕の様なモンスターがいるそうで絹もあった。
やはり本格的な職人だからなのか「採寸しますね」と言われてパンツイッチョウに剥かれて体の隅々まで測定されたのには、少し危機感を覚えた……。
「マモルさん、またお願いしま~す」
ゆっくりとした時間を楽しんでいると背後の部屋からルミーナさんに呼ばれたので、今日5本目の煙草を静かに灰皿に沈めて腰を上げた。
「……え、もうこんなに出来たんですか?」
部屋の中には三つの衣桁掛けがあって、驚くことにそれぞれに同じサイズの衣服が掛けられていた。
「うふふ、これでもこの道約40年の裁縫師ですからね。レベル50は伊達ではないんですよ」
椅子に腰掛け、こちらに艶然と微笑みかける女性がスゴイ職人だということは聞いていたけど、なんともファンタジーだ。
3時間ほどでボタン付きの白いシャツが一枚に黒色の肌着が一枚、そしてうっすらと光沢のある目の細かい青いセーターが一枚と三種類の服を仕上げている。
どうやら僕が認識している以上のスペックをルミーナさんは持っているみたいだ。
「マモルさんはこの辺りではあまり見ない肌の色をしてらっしゃるし、髪の色も綺麗な黒でしょう?
だから淡い白と青いセーターを作ってみたのだけれど、よかったら試着してみてくださいな」
「はい、それでは失礼して」
白シャツを手に持ってみるとミシンも使わずに、しかもこの部屋にある簡単な織り機だけで作ったとは信じられないような丁寧できめ細かく作業が施されているのがわかった。
昨日カーライルさんから借りたブカブカな緑色のセーターも肌触りの良い生地で作られていたが、シャツはフワフワとしていて、こんな着ただけで気持ちがいいと感じるような服は初めてだ。
「スゴイ気持ちがいいです。肩周りも自由に動かせますし、どこもきつく感じません。さすがはルミーナさんですね」
「それは良かった。あら、ポチくんとわかばちゃんが見ているわよ」
犬カップルが庭先からこちらに戻ってきていたようで、僕達の方をじ~っと見つめていた。
「どうした?」
「ウォン!」「ガウ!」
「あら、似合っているってこの子たちにもわかっているのかもしれないわね」
「そうなんですかね?」
「ウォウン!」「ガウ~」
一鳴きしてポチはタタッと駆けて行き、わかばはトットットっとその後ろに続いて戻っていった。
どうせならモンスターと言葉を話せれば面白かったのにな。
「可愛らしいわね。
……実は私も昔ヴォルフを飼っていたのよ」
ルミーナさんはテーブルに置いてあるポットからカップにお茶を注ぎながら続けた。
「私がまだ生まれて間もない頃に親が契約して、その子を私の近くに置いておいてくれてたんだけど、これはある伝承がもとになっているの。
子供が生まれたらヴォルフを飼いなさい。
子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。
子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。
子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。
そして子供が青年になった時、
自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう
※イギリスの諺らしいです
私達巨人族は基本的に戦闘民族だから小さな頃から生と死について学ぶの。
この諺も巨人族に古くから伝わっているもので私の実家でもそれに倣ったのだけれど、うちの人はマモルさんに頂いたラパンが初めての契約獣みたいね」
そこまで続けてお茶に手を伸ばすその姿が、僕にはどこか儚げに映った。
「本来は大きくなった私も諺のとおりに『命の尊さ』を学べればよかったのだけど、老いていくあの子を見ていた私は死というものを簡単には受け入れられなかったの。
私がある程度大きくなった時にお父様の契約獣から私の契約獣に再契約したのだけれど、私と一緒に大きくなり父と一緒にモンスターを倒しに行ったりもしたわ。
でもヴォルフの寿命は凡そ10年くらいでね、日に日に耳は弱くなり足を動かすのもつらそうになった。小さな私は必死に看病したのだけど私の両親はそれを見ても手を貸してくれなかった。もちろんそれが巨人族としての子育てだった言う事は理解していたわ……。
そして私が生まれてから15年も頑張って生きてくれたんだけど、ついに私に『死』というものを教えて、花の咲き誇る中で息を引き取ったの。だけど私にはあの子の死は大きかった。
あれから私はどのモンスターとも契約はしていない」
「……そうですか」
「あ、違うのよ!
私はテイマーがしていることが嫌いだとか、そういうことを言っているわけではないの。ただ悲しみが強かっただけで……。
それにポチくんとわかばちゃんの楽しそうな姿を見ていると、私と契約してくれていたあの子もきっと幸せだったんだって思えるから」
「そうですね。……ありがとうございます、ルミーナさん」
「え?」
「ぼく実はテイマーとしてモンスターにどう接していくべきなのか迷っていたんです。
一昨日ポチを連れて森に行ってアイツと同じモンスターを何体か倒しましたし、これからはわかばの同族も倒すことになるんだと思うんです。
そうなると、こっちは助けたのにあっちは殺す。
そういうのってどうなんだろうって、簡単なことのように思えてなんだか悩んでしまって」
「……そう」
「でも、それって仕方のないことなんですよね。出会った全てのモンスターをテイムすることなんてできませんし、だからといって見逃せばどこかで誰かを傷つけるのは間違いないわけですから。
だから僕は、モンスターをテイムしますし、殺しもします。
ですけどだからこそ僕がテイムしたモンスターは、カーライルさんのように心から大切にしてくれる人だけに渡す事にします。
もちろんそのせいで困ることがあるかもしれませんし、もしかするとアイリーンさんの依頼を断ることになるかもしれませんけどね……」
「大丈夫よ、マモルさん。
人間は誰しも自分のジョブと向き合わなくてはいけない時が来るものなの。
私は巨人族として『重戦士』への道を歩むべきだと親から言われたこともあったわ、男女を問わず巨人族として生まれた者は、戦う時のために戦士から重戦士へと転職すべきという慣習があるからね。
だけれど、私には『裁縫師』と『料理人』という二つの生産職があった。
神から与えられた適正は三つ、ということは私は三つの道からどれか一つを選んでもいいし、すべての道を選んで好きなときに進んでいけばいいはずだって、そう思ったの。
これを見て」
《カードオープン》!!
これはギルドカードや教会で発行される身分証明を、自分の手に出す事ができる呪文だ。
僕はルミーナさんの右手に現れたカードを見せてもらった。
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【ステータス】
名前:ルミーナ・バーバリン
種族:巨人族
性別:女
年齢:43
ジョブ:裁縫師Lv.50 料理人lv.47 戦士Lv.17
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「戦士のレベルが17でしょう?
巨人族は戦士のレベルが20になると重戦士に転職できるの。でも私は道半ばで戦うのが嫌になった、モンスターを傷つけるのがとても辛くなったの。
あの子のこともあって家に篭りがちになって裁縫にのめり込んだし、料理をするようにもなったのよ。家族や親戚から色々言われることもあったけど、裁縫師としての腕が認められてからは誰にも文句は言われてないわ。
神様から与えられたジョブを誰がどのように利用しようとも、誰も口出しすべきではないのよ。
自分の生きる道は自分で決めるのよ、マモルさん」
この世界の人々にとってジョブとは何なのか、
僕はこの世界を空想世界か何かと、ある種ゲームの様なものだと感じていた。
しかしそれはこちらに来てからの三日間で払拭されたと思う。
確かに体の中にあるのを感じる魔力。
傷が付けば血が流れるという現実。
そして目の前で感情豊かに話しかけてくれる女性に接することで、
このファンタジーに満ちた【ジュールヴェンヌ】が現実世界だということをはっきりと認識したんだ。




