サラマンダー
彼の国の南方に聳え立つ、天を突くほどの霊峰。
とても険しいその巨大な山には無数の凶暴な獣達が跋扈していた。そして、その頂上には開闢以来、人間の進行を阻み続けてきた巨大で凶悪な怪物が君臨していたのだ。
しかし、人間達は子を産み、その絶対数を増やし、武器を揃え、遂には巨大な戦力を抱えるまでに至った。
そして、今日。人間達は立ち上がった。千を超える軍隊を作り上げ、霊峰へと挑む。天から見下ろせば蟻の行列程度の集団は、しかし確かに道を切り開いていった。
道中で出くわす猛獣達を撥ね退け、少しずつ数を減らしながらも、上へ上へと昇ってゆく。
それでも、彼等はようやく頂上付近まで上りつめた。数はかなり減っており、皆等しく疲弊していた。
そこに待ちうけていたのは長きに渡り人間の進行を妨げてきた巨大な怪物。
鉄を弾く固い鱗に覆われた巨躯、鎌のように鋭い爪と槍のように尖った牙が光る顎。巨大な爬虫類を思わせるその禍々しい姿は、人間達に圧倒的な恐怖を与える。
火竜。
そう呼ばれる怪物は、大軍で押し寄せた人間達を遥か高みから見下ろすように起き上がった。
「全体突撃! 恐れるな、数の利はこちらにあるぞ!」
隊長と思しき男が鬨の声をあげる。
鎧を纏い、武器を手に持った兵士達は、己を鼓舞するように声をあげ、武器を構えて次々に突進していく。
緩慢な動きを見せていた火竜はしかし、押し寄せる敵意に反応するように、急に俊敏な動きを見せる。
数十人の重装兵をその長い尻尾でゴミを払うように吹き飛ばし、次いで口から業火を吐き出すと、兵士達が纏う鉄の鎧など灼熱の業火の前には、まるで紙で出来た玩具に等しかった。
「隊列を崩すな! 休まず攻めるのだ!」
隊長は一瞬にして怯んだ兵士達を怒鳴りつける。
兵士達はどうにか克己心を燃やし、束になって向かってゆく。
火竜は絶大な攻撃力を持っていたが、それでも数百の部隊である人兵士達は、その巨躯の懐に飛び込み、少しずつだが確実にダメージを与えていった。
しかし、火竜は暴れ狂い、次々と兵士の数を減らしていく。
焦る隊長はさらに大きな声を張り上げ、次から次へと兵士達を特攻させていった。
火竜が爪や尻尾を振う度に、業火を吐く度に、兵士達は一気にその数を減らしていく。
それでも国の希望を背負った兵士達は、戦いぬき――――――
ついには、火竜を倒すに至った。
生き残りをざっと見渡すと、千を超えていた巨大な部隊はもはや数えるほどしか残っていなかった。
本当にギリギリの勝利だったのだ。
しかし、これでこの山を切り開き、勢力拡大する事が出来る、と生き残った兵士達――何より、全てを任された隊長は歓喜に沸いた。
早速、今まで見る事も叶わなかった霊峰の向こう側の世界を見ようと、彼等は鉛のように重い脚を動かし、頂に立った。
これで全ての苦労が報われる――と思った彼らの表情はしかし、そこで凍りついた。
その先では無数の黒い塊がうごめいていた。
おそらく、この火竜を恐れ、霊峰の向こう側で息を潜めていたのであろう、恐ろしき怪物達が――――――。