人魚姫の人魚姫による人魚姫の為だけの三話分の一クッキング【8】
人魚姫は校門の影からセレアの後ろ姿をそっと見つめていました。
静かに両手を組み、目を閉じて祈りを捧げます。
「どうか。今回こそは私の出番がなくなりませんように……」
本日の天候は晴れ。
周りの風景は校舎と人。
そして、相変わらず彼女が紹介される時はほぼ定型と化しつつある地の文。
主役から離れた場所でスポットライトを浴びることなく、女子制服を身につけた人魚姫はセレアの後ろ姿をただじっと見つめていました。
そんな人魚姫のそばに照明ライトを手にしたマーメイドたちが涙を浮かべて集まります。
「姫様がこのような扱いを受けるのはあんまりにございます」
「解せません。姫様はこの物語の主役に相応しい存在にございます。とても悔しゅうございますわ」
「姫様。今こそ赤ずきんセレアから主役の座を奪うべきです」
人魚姫はマーメイドに言いました。
「お前たちの気持ちはとても嬉しい。しかし私が一番望んでいるのは、セレアお姉様の隣でこの物語のイレギュラーの座を勝ち取ること。レギュラーなんかではありません、私はイレギュラーを欲しているのです。それが私に運命付けられた定めなのです」
マーメイドは目を丸くして驚きました。
「姫様、もしやそれはL・O・V・E。恋なのでございますか?」
人魚姫は頬を染めて静かに頷きました。
「H・E・N・N。恋。言葉は違って見えますが、たどり着く場所はきっと同じです」
「姫様」
「姫様がとても輝いていらっしゃる」
「もう姫様に照明ライトはいりませんわ」
「素晴らしゅうございます、姫様」
マーメイドたちの言葉に、人魚姫は勇気を出すように拳をにぎりしめました。
「私、やってみます。告白を」
告白──。白い日、ホワイト・デー。ホワイトデーと言えばクッキー。
「私、今からこの学校の家庭科室へ忍び込んでクッキーを作ってきます」