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冷徹なスキャン、あるいは偽りのジャンパー

 瑞穂の姿が、夕闇の路地へと消えていく。

 それまで愛おしげに彼女を見送っていた剛の瞳から、瞬時に体温が消えた。


 彼はポケットからハンカチを取り出すと、瑞穂の温もりが残る自分の右手を、汚いものでも拭うように無造作に拭いた。


 路地裏に停車していた、艶やかな漆黒のセダン。剛が後部座席に乗り込むと、車内には数台のモニターが淡い青光を放ち、キーボードを叩く乾いた音だけが響いていた。


「……遅かったですね、ボス。あの女、まだ粘ってたんですか?」

 運転席に座る若い男が、ミラー越しにニヤついた。


「フン、昔の思い出話に花を咲かせてやるのも楽じゃない。だが、収穫はあった」

 剛は、瑞穂から受け取ったばかりの付箋を、ピンセットでつまみ上げるようにして差し出した。


「これだ。信一が隠し持っていた、旧世代サーバーへのアクセスコードの断片だ。……おめでたいよな。自分が夫を破滅させるための『最後の一押し』を、頬を赤らめて俺に差し出してくるんだからな」


 剛はヨレヨレのジャンパーを脱ぎ捨て、座席に放り投げた。その下から現れたのは、仕立てのいい、体に馴染んだ高級なシャツだ。


「さっさとスキャンしろ。今夜中に信一の個人口座から資産を抜く。それから、こいつを鍵にしてメインフレームの深層部へ潜り込め。休眠口座のリストを洗い出し、夜明けまでに送金を完了させるんだ」


「了解です。……しかし、あの女はどうします? 明日の夕方、橋の上で待たせておくんでしょう?」

 剛は、手慣れた動作でスマートフォンのSIMカードを抜き取ると、迷わず二つにへし折った。


「放っておけ。春一番に吹かれて、精々目を覚まさせてやればいい。俺が欲しいのは女の愛じゃなく、数字だけだ。……信一という男も、自分の知識がこんな形で『換金』されるとは夢にも思っていなかっただろうよ」


 剛は冷笑を浮かべ、高級な革のシートに深く身を沈めた。

「要点を絞って話せ、か……。瑞穂の望み通り、結末は『簡潔』にしてやるさ。一文無しになった夫婦に、再会の余韻に浸る暇なんて与えない」


 セダンは静かに滑り出し、夜の街へと溶け込んでいく。


 剛の瞳には、すでに次の「獲物」を定めるような、飢えた獣の光が宿っていた。



 だが、彼はまだ気づいていなかった。その付箋に記された数字の羅列が、信一という老エンジニアが仕掛けた、逃げ場のない「デッドエンド(行き止まり)」への招待状であることに――。




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