時間というギフト
テーマは『ギフト』
『第7回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』の対象となる超短編作品です。
暖かな昼下がり、土手の散歩道を歩いていると、ふと歓声が聞こえる。
河川敷を見下ろすと、少年野球の一団が目に入る。
「……すごいな」
「何が?」
その自分の呟きに反応したのか、視線の先を覗き込む。
そして、納得したように頷く。
その中に一人、明らかに別格と思われる少年。
頭一つ抜けている体格もさることながら、その動きも洗練されているように見えた。
「すごいけど、どうしたの?」
だけど、自分の視線がそれだけでないことに気付いたのだろう。
「ちょっとね。懐かしいと思って」
「懐かしい?」
その答えが意外だったのか、不思議そうに首を傾げる。
「俺も昔はスポーツ少年だったから」
「ふぅん」
訝しげな視線。
だけど、それは嘘じゃない。
もちろん、一流のアスリートなんてものじゃない。スポーツをやっていた少年にすぎないが。
自分がいたのは田舎の小さな地域。
そこで、同年代に並外れた才能を持った少年がいた。県でもトップクラスだったその実力は群を抜いていた。センスも技術も並外れていた。
敵として対峙しても、スターだと憧れていた。
「初めて見たときは、本当に天才だと思った」
「……それで、どうなったの?」
だけど長くは続かなかった。
スポーツにはよくある、いわゆる早熟型の天才というものなのか。年を経るにつれて徐々に周りとの差は縮まっていった。
最終的には『うまい選手』というところに収まったはずだ。
「それがなんとなく寂しくて、悲しかった」
「それは……残念だったね」
「俺みたいな第三者からすればね」
本人がどう感じていたのかはわからない。
自分たちのような持たざるものとは違う悩みもあったのだろう。でも、それを理解はできない。
「今さらになって思うんだ。才能は意味を果たしたんじゃないかって」
「意味?」
「……俗な言い方になっちゃうんだけどさ。結局その当時は持て囃されてちやほやされて、いい気分になってたわけだから」
多感な少年時代。
その頃にすごいと褒められ称えられる。それはきっと嬉しい成功体験だったはずだ。
将来に亘ってプロスポーツ選手として生きていくならば話は変わるかもしれないが、それを望まないのであればその頃の経験は幸せだった記憶になるだろう。
「その時間。―――それこそが天から贈られた『ギフト』なんだと思う」




