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【7】穏やかなティータイム

爽やかな朝の穏やかなティータイムです。


リオネル様は昨日とは違い、簡素だが品のある普段着姿で、立っているだけで絵になるようなスタイルの良さだ。


私はバクバクと早鐘を打つ胸に手を当て、慌てて礼の姿勢を取った。



「先ほど庭園の方へ向かわれるエレノア様をお見かけして、つい来てしまいました。随分早起きでいらっしゃるので、もしや眠れていないのではと心配したのです」



びっくりさせて申し訳ないと、リオネル様は頭を下げる。


悪戯がバレてしまった幼子のように、眉を八の字にして頬を掻くリオネル様が何だか愛らしくて、つい吹き出してしまった。


大丈夫ですと口で形作って微笑むと、リオネル様は安心した様子になった。



「エレノア様も薔薇を見に来られたのですか?先週から満開に咲き始めて、とても美しいでしょう。亡くなった母が薔薇が大好きで、父はそんな母のために世界各地から色々な種類の薔薇を取り寄せたのです」



『花の女王』の異名を持つダマスクローズを始め、鮮明な藤紫色のブルームーン、雪のように白い花びらが特徴のボレロなど、様々な薔薇が競い合うように大輪の花を咲かせている。


リオネル様とルルリア様のお母様は、もともとお身体が弱く、持病の喘息もかなり重いものだったという。


そこに流行病を患ってしまい、治療のかいなく亡くなってしまったそうだ。



「ベッドで伏せることの多かった母のために、父は母の部屋から良く見えるこの場所に庭園を造り、母が大好きな薔薇の花を多く植えたんです。母はとても喜んでいて、体調の良い日は自分で歩いて庭園を見に行くこともありました。ここは、クロフォード公爵家自慢の場所なのです」



リオネル様が懐かしむように話すのを、私は静かに聞いていた。



(そういえば、私のお母様も花が大好きだったと、乳母のシェールが言っていたわ…)



私の母は父であるネヴィル伯爵の妾という立場だった。


既に妻のいた父は、たまたま街で出会った母を妾として呼んで、そこで私が生まれた。


ユリルの母親である正妻は、妾の存在を疎んで毎日のように母をいびっていたと、シェールから聞いたことがあった。


ユリルの母親は妊娠しにくい体質だったこともあって、子が出来ない焦りから余計に私の母にひどく当たっていたらしい。


そのせいで私の母は精神を病み、半ば自死するように、処方されていた薬を過剰に摂取して亡くなった。



「エレノア様?」



過去を思い出して遠くを見ていた私を、リオネル様が心配そうに覗き込んだ。



「どうされました?もしかして、ご体調が優れないのでは」



私は慌てて首を横に振った。


いつも持ち歩いているメモ帳に、実は私の母も花を好んでいて、私もここが大好きになったと書いて見せた。


話を上の空で聞いていたことを、不愉快だと思われていたらどうしようと恐れたが、リオネル様は優しく微笑んで「そうだったのですね。エレノア様に気に入って頂けて良かった」と言ってくれた。



「もしよろしければ、朝食まで紅茶でも飲みませんか?ここにずっといては、お身体が冷えますので」



自慢のアールグレイがおすすめだと、リオネル様に案内されて、部屋でしばしティータイムを楽しむことにした。


ベルガモットの芳醇な香りのするアールグレイは、爽やかな朝にピッタリだった。


こんな穏やかな一日を始められることに嬉しくなりながら、リオネル様と他愛ない会話をする。


愛らしい無邪気さのルルリア様と違い、リオネル様はいつも穏やかに微笑み、落ち着いた知性のある大人の風格があった。


年齢はアデル様より一つ年下の20歳と聞いたが、老けているという意味ではなく、リオネル様の方が歳上に見える。


リオネル様は国王陛下の弟君の息子、つまり国王陛下の甥御にあたる方だ。



王位継承権で言えば、王太子殿下のアデル様と父君のクロフォード公爵に次いで第三位。


改めて見ると、とんでもないお立場の方と紅茶を共にしているのだなと、若干目眩(めまい)がしてくる。



「失礼を承知でお聞きしますが、エレノア様の失声症についてご質問しても?」



また考え事に気を取られていた私は、リオネル様の言葉で現実に引き戻された。



(私の失声症について?)



構わないという意味を込めて頷くと、リオネル様はホッとしたような表情になった。



希愛(のあ)から聞きましたが、エレノア様はご実家のネヴィル伯爵家で、義妹のユリル様にひどく当たられていたそうですね。お父上も傍観するばかりで助けてはくれなかったとか。そのせいでご心労が積み重なって、声が出なくなってしまわれたのですか?」



ルルリア様の前では言えなかったが、希愛にはお化粧をしてもらいながら、軽く実家にいたときのことを話していた。


中毒症状を起こして最悪死に至る成分の入った白粉(おしろい)を付けさせられていたのだから、ネヴィル伯爵家で私が碌な扱いを受けていないことなど想像に容易かっただろう。



私の声が出なくなったのは、唯一の味方だった乳母のシェールがいなくなってからだ。


日に日に増していくユリルや使用人たち、父からの、私の容姿に対する罵詈雑言に精神をすり減らしていき、気が付いたら声を発することが出来なくなっていた。


声を出そうとしても掠れた吐息が出るだけ。


味方のいない孤独の中、私は深い絶望の淵に立たされていた。


治療法も分からないまま、18歳になった今も治る兆しが無い。



私はそれらの経緯をまとめてメモに書くと、リオネル様に見せた。


リオネル様は痛ましそうな表情でメモを読むと、深くため息をついた。



「エレノア様には何も非が無いというのに。ここまで人の心を追い詰められる者の精神が、私には到底理解出来ません。美しさの価値基準を勝手に定め、それを押し付け他者を虐げるなど許せない行為です。エレノア様はありのままでも、こんなにお優しくお美しい方なのに」



リオネル様は湯気の立つ紅茶を見つめながら、ユリルたちに向けて静かに(いか)り、そして私を『美しい』と褒めてくれた。


あまりにスマートな言い方に、私は反応が遅れてしまった。


今まで人から、ましてや男性から『美しい』などと言われたことが無かったので、赤くなった顔を隠すためについ俯いてしまった。



「人は外見的な魅力だけではなく、自信や誠実さ、穏やかさなど内面的な特性、自然体でいることからも、人の魅力というのは生じると思うのです。化粧や装飾に彩られた美しさも、ありのままの自然の美しさも、どちらも比べるものではないと私は感じます」



他人の体型や肌の色など、個々の特性を受け入れ、そして尊重することが大切なのだとリオネル様は熱っぽく語った。



(そんなこと言われたことも無かった…)



私は18年間生きてきて、美の基準はユリルや父たちの言うことが全てだと思っていた。



『目は綺麗な二重でなくてはならない』


『肌は透けるように白くなくてはならない』


『体型は細く痩せていればいるだけ良い』 など。



だけど、希愛はありのままの私の顔を生かすお化粧をしてくれ、ルルリア様やリオネル様も、私の容姿を他者と比較するようなことは決して言わなかった。



『個々の特性を受け入れ、それを尊重することが大切』



暖かい言葉に私は勇気付けられた。


ここに来てから私は、自分が思うより楽に呼吸が出来ていることに気が付いて、大きな安らぎを得られた幸せにポロポロと涙が溢れた。



私は震える手で、「そう言って頂けて、本当に救われた心地がします」とメモに書き、リオネル様に感謝を伝えた。



「今まで本当にお辛かったでしょう。ここではあなたは自由なのです。何にも縛られなくて良い。どうか、もうご自分を追い詰めないで下さいね」



リオネル様はそう言って私の手を優しく取り、穏やかに微笑んだ。


読んで頂き、ありがとうございます!


エレノアはクロフォード公爵家で

少しずつ自信を取り戻していきます。

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