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【6】ご挨拶

クロフォード公爵のご登場です。


コンコンとドアをノックする音でルルリア様のお喋りが止まった。


希愛(のあ)が入り口まで取り次ぎに行くと、リオネル様が顔を覗かせる。



「エレノア様、もしお時間がよろしければ、ぜひ我が父にご挨拶して頂けませんか?エレノア様がルルリアとご友人になられたことが父はとても嬉しいようで、ぜひ感謝をお伝えしたいと」



紅茶の入ったカップを持ちかけていた私は、危うく中身を零してしまうところだった。


確かに、クロフォード公爵家に滞在することが決まったのだから、屋敷の主人にご挨拶するのが礼儀だ。



(どうしましょう…きちんとご挨拶出来るかしら……)



国王陛下と不仲とされるクロフォード公爵は、融通の効かない頑固な堅物だと聞いたことがあり、戦場では敵に一切容赦の無い、冷酷無慈悲な人物だという。



「エレノア様、お父様はとてもお優しい方ですから、きっとエレノア様のことを気に入って頂けますわ!」



私の心情など知らないルルリア様は無邪気に喜んでいる。


私は緊張した顔のまま頷くと、リオネル様に続いてクロフォード公爵の私室へ向かった。



「父上、エレノア様をお連れ致しました」



「あぁ、入りなさい」



リオネル様に促されて、大きなお屋敷の中でも特に広い部屋へ足を一歩踏み入れた。


部屋の奥に、おそらく最高級の無垢材で作られた大きな机があり、その前に長身の初老の男性が立っていた。


ロマンスグレーの豊かな髪と髭が威厳のある風格を醸し出しているが、目元は柔らかく細められ、冷酷さなど微塵も感じられない柔和な雰囲気の方だった。


私は静かに深呼吸すると、足を引き膝を軽く曲げてご挨拶する。


緊張していたが、何とか足は震えずに済んだことにホッとした。



「ネヴィル伯爵家のエレノア嬢だね。ようこそ、我がクロフォード公爵家へ」



柔らかな、しかし深みのある低い声でクロフォード公爵は私を歓迎してくれた。



「先のパーティーでルルリアと仲良くして頂いたと聞いて嬉しくてね。あの子は昔から体が弱くて外にもなかなか出られず、可哀想だと思っていたんだ。だから、私からぜひお礼をお伝えしたくて呼んでしまったんだよ。すまないね、緊張してしまっただろう?」



困ったように眉を下げる表情が、先ほどのリオネル様に似ていて、親子だなぁと思わず微笑んでをしまいそうになる。



(すまないなんて、とんでもないです)



そう表情に出しながらゆっくり首を横に振る。



「あぁ、そうだったね。あなたはご心労で失声症を患っておられると、リオネルから聞いているよ。どうか我が屋敷でゆっくり療養なさってくれ。ルルリアにもあまり無茶をしないよう言いつけておこう。リオネルもエレノア嬢のケアをよろしくたのむよ」



「心得ましてございます、父上」



クロフォード公爵の声も眼差しも、どこまでも優しさに溢れていて、人の噂など当てにならないものだなと思った。



「私はこれから仕事で北領の方へ向かわなければならない。屋敷のことはリオネルと、家令のエルトンに任せてあるから、何か困ったことがあったら二人に何でも聞いてくれ」



私は「ありがとうございます」と口で形作って頭を下げた。


クロフォード公爵の私室を出た私は、リオネル様に私付きの侍女のフルールを紹介され、彼女の案内で用意された私の部屋へ向かった。



「こちらがエレノア様のお部屋となります」



案内されたのは、ルルリア様の部屋と同じくらいの広さがある、白を基調とした上品な部屋だった。


天蓋が幾重にも下がった大きなベッドや、煌めくクリスタルのシャンデリア、天井や壁には金箔が散りばめられた豪華な彫刻が施されている。



(な、なんて輝かしいお部屋…さすが公爵家だわ…)



「お夕食のお時間になりましたらお呼び致します。それまでどうぞ、ごゆっくりお過ごし下さいませ」



何かあったら机の上の呼び鈴を鳴らして欲しいと言って、フルールはにこやかな笑みを浮かべたまま、部屋から引き下がっていった。


ようやく一人になった私は、一気に肩の力が抜けてソファにゆるゆると座った。



今日はとんでもないことが連続で起こった慌ただしい日だった。


アデル様に婚約破棄されたのが、もはや一昨日のことのように思えるほど濃密な一日だ。


私がここに来たのは『療養』という名目であるが、淑女としての礼儀作法を完璧に学び、そして義妹のユリルが、違法の白粉(おしろい)を隠し持っていたのか証拠探しもしなければならない。



(リオネル様やルルリア様、希愛も協力して下さるんですもの、うっかりなんてしていられないわ)




しばらくしてフルールが夕食の時間だと、私を食堂へ案内しに迎えにやって来た。


公爵家での夕食は、柔らかいお肉の入ったビーフシチューに、焼きたてのバター香る小麦パン、デザートには苺のタルトという豪勢なものだった。


どれも最高級の食材を使っているのが見ただけで分かるくらい素晴らしく、リオネル様やルルリア様たちと囲む食事は、ネヴィル伯爵家では味わったことのない幸福の味がした。


夕食のあとは広いバスタブに浸かって、フルールや他の侍女たちに丁寧に髪や体を洗ってもらい、ふかふかのベッドで久しぶりに安心して眠りについた。





『お姉様は本当にひどいお顔ね。まるで気品を感じられないわ』


『お勉強も礼儀作法も全然ダメね。さすがは卑しい娼婦の娘だわ』


『そのような見た目で生きていて恥ずかしくはなくて?』




ごめんなさい…




『お前はあの女に似て可愛げのない顔だな』


『生まれて来なければ良かったものを』


『ネヴィル伯爵家の面汚しめ』




ごめんなさい…ごめんなさい……





「……っ!!!」



声にならない叫び声を上げて飛び起きた私は、全身が冷や汗でじっとり濡れていた。



(ゆ、夢……?)



動悸が激しくて呼吸も荒く、視界はぐにゃりと歪んでいた。


しばらく荒い呼吸を繰り返して、ようやく落ち着いてきた頃に、クロフォード公爵家に泊まっていることに気が付いた。



(そうだわ、ここにはユリルもお父様も、いない…)



窓の外を見るとまだ日が昇り切っていなくて、薄紫色とオレンジ色の美しい朝焼けのグラデーションが見えた。


もう一度寝る気にはなれなくて、ネグリジェから動きやすい服装に着替えると、音を立てないように部屋を出た。


昨日の夕食のときに、リオネル様が屋敷の北側に大きな庭園があると言っていた。


家令のエルトンも言っていたが、今は薔薇が見事な盛りでそれは美しいのだと聞いていたので、散歩がてら少し見に行こうと思ったのだ。



リオネル様やルルリア様から屋敷内は自由に散策しても良いと許可を頂いているので、怒られはしないはず、と思いながらも何となく隠れるようにコッソリ来てしまった。


温室も完備した大きな庭園は、庭師が丹精込めて手入れをしているのが一目で分かるくらい、とても美しい場所だった。



朝露に濡れた色とりどりの薔薇は馨しい芳香を放ち、ユリや菖蒲もしっとりとした気品を漂わせて咲き誇っている。



(なんて素敵な場所なのかしら…)



私はゆっくり庭園を見て回った。


ここにいるだけで心が洗われるような、開放感のある幸せが私の全身を満たしていく。


先ほどの悪夢が霞むくらい、清々しい気分だ。



しばらく、蜜蜂がせっせと花の蜜を集めて飛び回る様子を微笑ましく眺めていたら、不意に後ろから声を掛けられ、私は肩を盛大に跳ねさせた。



「申し訳ありません。驚かせてしまって…」



そこに立っていたのはリオネル様だった。


読んで頂き、ありがとうございます!


少しずつリオネルとの距離も縮んで行きます

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