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【5】優雅なティータイム

希愛の過去が少し語られます。


王国の大公のお屋敷となれば、それは広大なのだろうと予想はしていたが、見えてきた公爵家のお屋敷は正しく度肝を抜かれるほどの荘厳な造りだった。


ネヴィル伯爵家の土地の何倍はあるだろうと目眩(めまい)がしながら馬車を降りた私は、ルルリア様に手を引かれながらクロフォード公爵家のお屋敷に足を踏み入れた。


豪華なシャンデリアが吊り下げられたエントランスには、20名ほどの使用人たちが並んで待ち構えていた。



(公爵家ともなると使用人の数も膨大なのね…)



「お帰りなさいませ、リオネル様、ルルリア様」



家令と思しき初老の男性が歩み出てきて胸に手を当て礼の姿勢を取る。



「ただいま、エルトン。今日はお客様がいるんだが、ご紹介しても良いかな?」



「もちろんでございます」



白髪混じりの頭髪を丁寧に撫で付けたエルトンは、品の良い笑みを浮かべて頷いた。


リオネル様に促されて前に出た私は、ドレスの裾を摘んで膝を軽く曲げてご挨拶をした。



「ネヴィル伯爵家のご令嬢のエレノア様だ。今日のパーティーで希愛(のあ)やルルリアと仲良くなられてね。ご心労のせいで失声症を患ってしまわれたそうで、ぜひ我が家で療養なされては如何かとお誘いした次第なんだ」



「なるほど、それはよろしい提案でございますね。クロフォード公爵家の庭園には、薔薇が見事な盛りでございますので、そちらをご覧になられるのも心が休まりましょう。すぐさまエレノア様のお部屋をご用意致します」



私の突然の訪問にも一切動じることもなく、エルトンは心得たとばかりに微笑むと、周りの使用人たちに速やかに指示をしていく。



「エレノア様、わたくしの部屋へ行きましょう。昨日取り寄せたばかりのアッサムがありますの!スコーンやフィナンシェ、マドレーヌととても合いますのよ!」



ルルリア様は待ち切れないというように、私の手をグイグイと引いて行く。


天真爛漫なルルリア様と連れて行かれる私を、リオネル様は困ったように笑いながら見送った。


後ろに希愛も付いてきながら到着した部屋は、私の自室より数倍は広くてピンクを基調とした、部屋の主と同じくらい可愛らしい雰囲気だった。



「紅茶とお菓子をご用意して参りますね」



希愛は持っていた黒いカバンを部屋の隅に置くと、一礼して出て行った。


ルルリア様に促されて椅子に座りながら、私は希愛の黒いカバンを見た。


希愛は『日本』という国から『転生』か『転移』をしてこの国に来たと言っているが、私はいまいちピンと来ない。


しかし、全く信じられないという訳でもない。



あの黒いカバンにも見慣れないお化粧品がたくさん入っていたし、希愛の長い爪は青色の上に金の小粒の石が散らばっていて、まるでラピスラズリのようなのだ。


自爪には見えないが、装飾品だとしたらどうやって爪にくっ付いているのか不思議である。


それにこの国の女性は、貴族階級も平民も爪に色を塗ったりはしない。


しかし、希愛が『異世界』から来たと言うのであれば、それらも何となく納得してしまう。



(日本という国では、ああいう装飾品も日常なのかしら?)



希愛がこの国に来る原因となった『トラック』や、『メイクアップアーティスト』という職業も聞き慣れないものだった。



「エレノア様、どうなさったの?」



希愛の黒いカバンを凝視しながら難しい顔をしていた私を、ルルリア様が覗き込んだ。



「希愛のあのカバンが気になりますの?あれには、お化粧品がたくさん入っていますのよ。わたくしも希愛に毎日お化粧してもらっていますの!でも、とっても不思議で、毎日使っていても減ることがありませんの。希愛も言っていたけれど、朝になると何故か補充されているんですって」



何故かしらね?とルルリア様は小首を傾げる。


希愛以外が触ることがないお化粧品が勝手に補充されているなんて、そんな魔法みたいなことがあるのだろうか。


それも『異世界』というのが関係しているのかなと、私も思わずルルリア様と同じように首を傾げてしまった。



(もしかしたら、神様が補充していたりして…)



そんなことを考えている内に、希愛がティーセットの載ったワゴンを押して部屋に入ってきた。



「お二人とも、お待たせ致しました!」



机の上にバターの香ばしい香りのする焼きたてのお菓子と、ミルクが付け合わされたアッサムティーが並ぶ。


マドレーヌをひとつ取り口に含むと、ジュワッとバターの風味が広がって、あまりの美味しさについ頬が緩んでしまう。


ネヴィル伯爵家にいたときは、こんな上等なお菓子は食べたことも見たことも無かった。



私が自室からほぼ出なかったこともあるが、おそらくユリルによって意図的に隠されていた可能性もあるだろうと思った。


あの家では毎日の食事さえ、私のものとユリルや父のものは内容にかなり差があった。



「エレノア様、ご遠慮なさらないでもっと召し上がって。このマドレーヌやフィナンシェというお菓子も、希愛が作り方を教えてくれたものですのよ。毎日は健康に良くないから、たまにしか食べられませんけど」



クロフォード公爵家に来た当初に、希愛が日本で食べていたお菓子や料理を作って、シェフにも伝授したらしい。


お化粧だけじゃなく、料理にも精通しているのかと尊敬の眼差しで希愛を見ると、希愛は照れたように頬を掻いた。



「日本では一人暮らしで自炊してましたから、多少の知識はあったんですよ。毎日の勉強の息抜きにお菓子作りも趣味でしたし。この世界にはバターも新鮮な卵もあるから、料理の幅がグッと広がるんじゃないかって、ルルリア様にお作りしたんです」



私は「とても美味しい。ありがとう」とメモに書いて見せると、希愛は嬉しそうに笑った。


これを機に私は『日本』とはどんな国なのか、どうやってここに来たのか、詳しく教えて欲しいと希愛にお願いした。


見慣れないお化粧品にお菓子、一体どんな文化の国なのか知りたかった。


ルルリア様も「わたくしも知りたいですわ」と、興味深そうに身を乗り出している。



「日本は自然の多い豊かな国ですよ。文化はかなり違いますけど、この国と同じく四季があって、春には桜が、夏には桔梗、秋には金木犀、冬にはクリスマスローズがすごく綺麗に咲くんです」



エタルルーシェ王国も多くの花が咲き誇る美しい国だが、日本も同じくらいに花や自然が綺麗な国だと聞いて行ってみたいと思った。


お化粧品に関しても日本という国は独自の文化を持っているらしい。



「四季に合わせて各化粧品会社から、季節の花に因んだアイシャドウやグロスが発売されたりします。先ほどエレノア様に塗ったアイシャドウは、『チョコレートコスモス』という多年草の花をイメージしたもので、赤みブラウンの大人気商品なんです!限定発売だから転売ヤーも現れるしで、手に入れるのに苦労しました」



でも、それを使って人にお化粧出来るのがとても楽しいのだと、希愛はしみじみと言った。


希愛はお化粧を専門にする職業を目指して学校に通っていたというだけあって、お化粧のことが本当に大好きなのだなと強く伝わってくる。


自分にお化粧するのはもちろん、他人を美しく生まれ変わらせるのも楽しいのだそうだ。



「子供の頃、重たい一重まぶたで鼻も低かったので、周りの子から仲間外れにされたり、『ブス』とか『キモい』とか陰口言われたり、色々と悔しい思いをたくさんしてきました。実の母親にも『父親に似て不細工だ』って(けな)されて、どうしても見返してやりたくて、めちゃくちゃメイクについて勉強しました。将来はメイクアップアーティストになろうってそのとき決めたんです」



希愛も私と同じような境遇だったと知って驚いた。



(実のお母様から(けな)されるなんて酷いわ…)



「まぁ!希愛のお母様はなんて酷い言い方をなさる方なのかしら。子供を貶すなんて親として失格ですわ!」



ルルリア様も私と同じく怒った様子だ。



「今日のパーティーで、エレノア様がアデル様から容姿について非難されたとリオネル様から聞いて、私どうしても許せなくて、エレノア様を探して中庭にいたんです。あのときは偶然を装いましたけど、実は会場を飛び出したエレノア様を追い掛けていたんです」



ルルリア様の侍女として付いてきた希愛が、どうして中庭を彷徨(さまよ)っていたのか不思議だったが、そういうことだったのかと納得した。



希愛は周りから虐められた過去から、悔しさをバネに努力して自分自身を、そして周りにいる悩みを抱えた人たちを、美しいお化粧によって見返してきた。


私はそんな希愛にお化粧をしてもらい、明るく生まれ変わらせてもらった。


希愛の前向きに生きる姿勢に、私もしっかりしなくてはと、背筋が伸びる思いだった。



(私もこのまま誰かの後ろに隠れて生きるようではダメ。一人前の淑女にならなくては…)



私はルルリア様に向き直ると、どうか淑女としての礼儀作法をお教え頂けないかとお願いした。


ネヴィル伯爵家にいたときは、幼少期に家庭教師から多少の礼儀作法を学んだきりで、その頃からユリルや使用人たちからの虐めで、部屋に引きこもってしまっていた。



ルルリア様は私の頼みに目を輝かせて頷いた。



「もちろん、喜んでお受け致しますわ!我が家には優秀な家庭教師もおりますもの、エレノア様もご一緒に学びましょう」



「メイクに関しては私にお任せ下さい!きっと立派な淑女にしてみせます」



希愛とルルリア様の頼もしい言葉に、私は嬉しくてつい涙目になってしまった。


読んで頂き、ありがとうございます!


マドレーヌやフィナンシェが食べたくなるお話でした。

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