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【4】天使と深い青

クロフォード公爵家の子息と令嬢が登場します。


もう一度、手鏡で自分の顔を見る。


本当に自分なのかと疑いたくなるくらい、とても綺麗に彩られていて、心が明るく暖かくなって天にも昇る心地だった。



「エレノア様に喜んで頂けて、私もすごく嬉しいです!色んな人を美しく輝かせるメイクをすることが私の生き甲斐なので、本当に楽しかったです」



希愛(のあ)と私は微笑み合った。


お化粧ひとつでこんなにも生まれ変われるものなのかと、半ば信じられない気持ちだった。


こんなに晴れやかな気持ちになれたのは生まれて初めてで、希愛は私をどん底から救い上げてくれた恩人だ。


何か希愛にお礼をしたいと思い、私は腕に付けていたレース編みで作った、かわいい花があしらわれているブレスレットを外して希愛に渡した。


毎日外に出ず、ほとんど部屋にこもっている私は、レース編みでブレスレットやぬいぐるみを作るが趣味だった。


ピンク色の花を象ったブレスレットを作るとき、『付けている人の安全や健康が守られますように』と願いを込めていた。



「ありがとうございます!すっごく可愛いし、レース編みってかなり難しいんですよね?でもこれ、すごい綺麗に作られてて、エレノア様の才能すごすぎます!」



家宝にしますとまで言ってくれて、私は何だか嬉しくてむず痒い気持ちになり、思わず顔を下に俯けてしまった。



そのとき、扉がコンコンとノックされ、「希愛はいるかい?」と男性の声が聞こえた。


希愛が「はーい!」と返事をして、ブレスレットを付けた手で扉を開けると、一人のスラリとした長身の男性が入り口に立っていた。



「リオネル様!」



希愛が名前を呼ぶと、男性、リオネル様はニコッと微笑んだ。


手足の長い完璧なスタイルに、優美な白皙の面差しは怜悧な香りを持っている。


切れ長の美しい形の瞳は、深い海のような紺色だ。


彼が来ただけで、まるで爽やかな風が部屋中を吹き抜けたような、清らかな心地がした。



「ここにいたのかい、希愛。ルルリアが探していたから呼びに来たんだよ。……おや、お客様かな?」



私に気付いたリオネル様が僅かに目を見開いた。


私は慌てて立ち上がり、ドレスの裾を掴んで膝を曲げて深く頭を下げた。


まさかこんなところで、クロフォード公爵家の嫡子様にお会いするなんて思ってもいなかったので、緊張で足が震えてしまう。



「リオネル様、この方はネヴィル伯爵家のご令嬢であらせられます、エレノア様です。えーと、色々と理由がありまして、ここで私がエレノア様にメイクをさせて頂いてました」



希愛が私の代わりに説明してくれて、リオネル様はスっと目を細くして頷いた。



「ネヴィル伯爵家のご令嬢でしたか。こちらからご挨拶もせず大変申し訳ありません。私はクロフォード公爵が長男、リオネル・クロフォードと申します」



リオネル様は胸に手を当て一礼する。


そのあまりに美しく、隙のない上品な所作に、私は場違いにも見蕩れてしまっていた。


リオネル様はそれに気付かず、私と希愛が出会った経緯を質問した。


私は慌ててメモを手に取って、これまでの経緯や私の声が出ないことなどを、箇条書きにしてリオネル様に差し出した。



「…なるほど。会場を飛び出して中庭を歩いていたところで、希愛と出会った訳ですね。実は、先ほどのアデル王太子殿下からの婚約破棄の現場に私もおりました。あれはあまりにも、エレノア様に対して無礼な行いであると、私も妹のルルリアも憤って、そのあと堪らず会場をあとにしました」



リオネル様は頭が痛そうに額を押さえ、ため息をつく。



「私と殿下は幼い頃からの知り合いで、あのあと直接殿下に諫言したのですが、碌に聞く耳を持ってはもらえませんでした」



殿下の代わりに深くお詫び致しますと、リオネル様が深く頭を下げたので、私はさらに慌ててしまった。



『リオネル様がお謝りになることではありません』


『あれは私が何も努力してこなかった結果の自業自得です』


『確かにユリルの方が美しく器量も良い。アデル様がユリルを王妃にと望むのも当然なのです』



など、メモに書いてリオネル様に差し出す。


リオネル様は真剣にメモを読み込むと、悲しげに目を伏せ、「エレノア様は淑女に相応しいお優しい方です」と優しく微笑む。



「将来、殿下には国の頂きに立つ者として、容姿に秀でた者だけを褒め讃え、そうではない者を貶すようでは、宮中で余計な争いを生むことになる。そう何度も諭したのですが、彼の目にはもはや輝かしい宝石や美しく着飾ったご令嬢ばかりが映っていて、周りの近習たちの諫めの言葉など聞こえていない。他の貴族たちも国王陛下もそんな殿下に同調し、自分たちの保身で精一杯」



全く困ったものですと、リオネル様の表情は悲痛だ。


リオネル様の父親であるクロフォード公爵と、国王陛下との兄弟仲は、幼い頃からあまり良くなかったらしい。


勉強も武芸も苦手な国王陛下は、不真面目でしょっちゅう遊びに出掛け、反対にクロフォード公爵は勤勉な性格で、文武両道の成績優秀者として周りから賞賛されていた。



王宮内では懐に与しやすい国王派と、指導者として磐石な王弟派で密かに派閥が別れているほどだ。



国王陛下が即位されてからも兄弟の溝は埋まることはなく、クロフォード公爵は王家主催のパーティーなどにもほとんど参加されていない。



今回のパーティーも、ご子息であるリオネル様と妹君のルルリア様だけが参加されている。


父親の影響か、アデル様もクロフォード公爵家を腫れ物のように扱っており、特に公爵に似て優秀なリオネル様に対してかなり辛辣に対応しているのだと、その辺の事情を知っている希愛が教えてくれた。



王族の親戚も大変な事情を抱えているんだなぁとぼんやり思っているところに、鈴のような愛らしい声が響いた。



「お兄様ぁ?どこにいらっしゃるの?」



「ルルリア!すまない、ここだよ」



リオネル様が部屋の入り口まで行くと、見事な黄金の絹髪の毛先をクルクルと巻いた、天使のような少女がひょっこり現れた。


透明感のある白い肌に、まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ち。


頬は上気したように淡い薔薇色で、鼻の辺りに僅かに雀斑(そばかす)が散っている。


パッチリとした目はリオネル様と同じ深い紺色だ。



「お兄様も希愛もいつまで経ってもいらっしゃらないんだもの。思わず探してしまったわ」



頬を膨らませて怒っている様は、小動物を連想させて愛らしさが倍増だ。



「すまない、ルルリア。希愛がエレノア様にお化粧を施したと聞いてつい話が長くなってしまった」



そう言うとリオネル様はルルリア様の目線が通るように体を避ける。


ルルリア様は一礼する私に気付くと、パァっと顔を明るくして歩み寄った。



「まぁ!エレノア様、こちらにいらっしゃったのですね!公の場でアデル様に酷いことを仰られて、どうなさったのか心配していましたの」



ルルリア様は小さな手のひらで私の両手を包むと、潤んだ瞳で心配そうに私の顔を覗き込む。



「アデル様はとても酷い方だわ!あんな大勢の前で女性を口汚く罵るなんて!ユリル様もエレノア様を庇うどころか笑い者にして、わたくし呆れ返りましたもの!」



目をひん剥く勢いで怒るルルリア様は、興奮気味に早口で捲し立てると、「あら?」と今気付いたように私の頬をさらりと撫でた。



「エレノア様、先ほどとは違うお化粧ですわ……そうでした!希愛がお化粧をされたのでしたわね!先ほどより明るい雰囲気になられてとても素敵ですわ」



ルルリア様はキラキラとした目で私を見てはしゃいでいる。


その無邪気さが可愛くて、つい頬が緩んでしまう。


声が出せないことを申し訳なく思いながら、「ありがとうございます」と口だけで形作る。



「ルルリア様、リオネル様。実は先ほどエレノア様の肌に塗られていた白粉(おしろい)は、あのトクシー社の物だったようです。エレノア様が仰るには、義妹のユリル様がお持ちの、別の化粧品会社の容器に移し変えられていたようで」



『トクシー社の白粉』と聞いて、ルルリア様もリオネル様も顔色を変えた。



「何ですって…?」


「あの鉛白入りの白粉のことだね?1ヶ月前に希愛の指摘ですぐさま回収命令が下されたはずだが、ユリル様が所持していたと。それは間違いないのかい?」



リオネル様は真剣な目付きで顎に指を添えて質問する。


私はユリルが持っていた容器に入っていた白粉を付けられただけで、それがトクシー社の物かどうかは確認が取れていないことをメモに書いて差し出す。



「私がエレノア様と出会ったとき触って確認しましたが、あれは確かに鉛白入りの白粉で間違いありません。白粉を落としたクレンジングシートが残っているので、それを調べれば確実だと思います」



リオネル様は希愛から、先ほど白粉を拭き取った布が入った透明な袋を受け取る。



「これを詳しく調べてトクシー社の白粉なのか確認しましょう。あとは、ユリル様が不当に鉛白入りの白粉を隠し持っていたのか追求する必要がありますね。もし本当ならば、しかもそれを危険と知っていながらエレノア様に塗ったのだとしたら、傷害罪にもなり得ます」



それを聞いて私は今さらながら背筋が凍るような心地がした。


ユリルが明確な殺意を持って私に鉛白入りの白粉を塗ったのか分からないが、少なくとも有害であることは知っていたはずだ。


このまま家に帰れば、何をされるか分からない恐怖に、私の足は震えてしまっていた。


それに気が付いた希愛が、私にソファに座るよう促して背中をさすってくれる。



リオネル様は顎に指を添えたまま、ひとつ頷くとルルリア様にコソッと耳打ちをする。



「まぁ、お兄様!それは名案ですわ!」



ルルリア様は顔色を明るくして微笑むと、私の両手を包み込んで顔を覗き込む。



「エレノア様、もしよろしければクロフォード家のお屋敷にいらっしゃらない?わたくしのご友人として滞在するということにすれば、誰も文句は言えませんわ。お父様もきっとお喜びになりますもの!その間にユリル様の白粉の件を調査すればよろしいわ」



ルルリア様たちの突然の提案に、私の思考は追い付かず、口をぽかんと開けてしまった。



(クロフォード公爵家にルルリア様のご友人として私が?)



王国の大公であるクロフォード公爵家に、たかだか伯爵家の令嬢がそう簡単にお邪魔しても良いものなのか。


畏れ多くて易々と頷けないが、このまま帰っても無事でいられるかどうか怪しい現状に、私は内心頭を抱えてしまった。



「エレノア様、我々はあなた様の身を守るために提案しているのですから、ご遠慮なさらなくても大丈夫ですよ。ルルリアの話し相手になって頂けると、こちらも嬉しい限りです。ネヴィル伯爵には私からご連絡を入れましょう」



リオネル様はそう微笑んでくれ、ルルリア様も希愛も「ぜひ!」と頷くのに安心して、私は「お世話になります」と頭を下げた。


そうして私はルルリア様たちと同じ馬車に乗って、クロフォード公爵家へ向かうことになった。


読んで頂き、ありがとうございます!


少女長めになってしまってすみません。

次回も楽しみにお待ち頂けると嬉しいです!

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