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【番外編】希愛の場合 ⑤


エレノア様はどうやら心理的ストレスからくる失声症を患っているようで、会話の返事は基本メモで行った。


最初は怯えたような目で私を見ていたエレノア様だが、次第に緊張が(ほぐ)れて安心してくれたのか、心を開いて話してくれるようになった。


私からあれこれ質問しながら、エレノア様がコンプレックスだと言う目の細さや、一重まぶたをカバーするメイクを施していく。


完成して鏡を見せるとエレノア様は顔を明るくして、涙を浮かべて喜んでくれた。


その様子を見て私はふと波瑠香(はるか)の言葉を思い出した。



『女性も男性も関係なく綺麗にメイクするの。超楽しくない?』



ここに来てからこの世界に慣れることに精一杯で、残してきた波瑠香のことを思い出す暇がなかった。


波瑠香は元気にしているだろうか。


一緒に高め合って最強のメイクアップアーティストになろうねと約束したのに、私は呆気なく死んでしまった。


母親に未練なんてないのに、親友の波瑠香のことだけはずっと心残りだった。





そんな思いに(ふけ)っていると扉がノックされ、リオネル様が顔を覗かせた。


あまりに長居しすぎてルルリア様が私を探していたらしい。


リオネル様に簡単に事情を説明して、エレノア様との挨拶が済むと、ルルリア様が頬を膨らませてやって来た。



「もう!希愛(のあ)ったら全然帰ってこないんですもの、心配したわ」



「申し訳ありません、ルルリア様」



私はルルリア様を宥めて、リオネル様がエレノア様をご紹介する。


ルルリア様とリオネル様は二人で話し合って、エレノア様を一時的にクロフォード公爵家に保護することに決めたらしい。


それはぜひそうした方が良いと私も提案に乗る。


このままネヴィル伯爵家に帰しても、きっとユリル様から酷いことをされるのは目に見えていた。


エレノア様は最初は困惑していたが、リオネル様が説得すると頷いてくれた。


そうしてエレノア様はクロフォード公爵家へ向かうことになったのだ。



それからはリオネル様やルルリア様の協力のもと、エレノア様にメイクを施したり、礼儀作法やドレス選びなど淑女教育を私も一緒になって行った。


クロフォード公爵家に来てからエレノア様の表情はどんどん明るくなっていき、伸び伸びとしているように見えた。


公爵家自慢の庭園で薔薇を鑑賞したり、リオネル様とヴァイオリンを弾いたりと、充実した日々を過ごしている。


私も毎日エレノア様に美しいメイクを施して、自信を付けさせていくのが信じられないほど楽しかった。



それにエレノア様に最初にメイクをしたときに貰ったレース編みのブレスレットのお陰か、あんなに味のしなかった食事が美味しく感じられるようになったのだ。


ずっとぼんやり悪かった体調もみるみる内に回復して、ずっと走り回っていたいくらい元気が漲っている。


聞けば、エレノア様はこのブレスレットを作った際に『健康』と『安全』を祈ったそうだ。


私の体調回復は確実にブレスレットのお陰だと思った。



(もしかして、神様みたいな光の塊が言っていた聖女様の癒しの力ってこれのこと?)



聖女様はもしかしたらエレノア様のことなのかもしれないと私は思っていた。




ある日、エレノア様はルルリア様にピンクのリンドウの花を刺繍したハンカチをプレゼントしたそうで、ルルリア様はそれから酷かった夜の喘息が治ったと大喜びだった。


ルルリア様に聞くとエレノア様はそのハンカチにも『健康』を祈って刺繍したそうで、これはいよいよエレノア様が聖女様だと確信した。


それをエレノア様にお話した日の晩、夢で私は再び神様みたいな光の塊と出会った。


全身に白金の輝きを纏った神様は、私に対して「聖女を目覚めさせてくれてありがとう」とお礼を言ってきた。



「やっぱりエレノア様が聖女様なんですね」



そう私が問うと、神様は「そうだ」と言って深く頷いた。



「彼女は周りから罵られ、自分を責めて塞ぎ込んでしまっていた。これ以上追い詰めれば、やがて死んでしまうと懸念していたのだ。しかし、私は人間に直接関与が出来ない。だが、転生者の君ならば私の力を分け与え、聖女を救えると考えた」



神様から与えられた力と私のメイクの力が合わさって、聖女様であるエレノア様の力を目覚めさせることが出来たのだ。



『私みたいな悩みを抱えた人たちにも、自信を持ってもらえるような素敵なメイクをする』



奇しくも生前私が目標にしていたことを、異世界で果たすことが出来たことに気がつき、私は思わず笑ってしまった。



『すごいじゃん!さすが希愛だね!私の愛すべき大親友だよ』



波瑠香のそんな声が聞こえた気がして、私は涙を流して胸に手を当て、「ありがとう」と心の中で呟いた。



「エレノアが聖女として覚醒した証として、彼女の持つ魔力を誰にでも可視化出来るようにしておくよ。そうすれば、エレノアが聖女であると誰にでも理解させることが出来るだろう。そのこともエレノアに伝えてもらえるかい?」



神様は私にそう頼み、私が頷くと「頼んだよ」と言って消えていった。




聖女様として覚醒したエレノア様は、その後体調を崩して寝込んだ義妹のユリル様の命を救い、そこでアデル殿下の陰謀を知る。


アデル殿下は意図的にユリル様に薬物を飲ませて殺害しようと企て、おまけに人体に有害と知っていながら口紅の輸入を容認していた。


私の父を破滅に導いた違法薬物を使って殺人を計画したアデル殿下に対して、私は腹の底から怒りが湧き上がった。



――許してはならない、絶対に。



リオネル様がコツコツと証拠を集め、エレノア様はアデル殿下に不審に思われないよう立ち回った。


しかし、アデル殿下は我々の想定より早くに行動を起こし、一時はどうなることかと危ぶまれたが、エレノア様の聖女様の癒しの力によってリオネル様の命を守り、誰一人犠牲者を出さずに騒動を鎮めることが出来た。


アデル殿下の悪事は全て(つまび)らかにされた。


言い逃れの出来ないアデル殿下は、衛兵に拘束され連行されていく。



華やかな王子様も最期は呆気ないもんだと思いながら、内心ではホッとしていた。


国王陛下は息子の責任を重く受け止め、静かに退位を決意し、跡継ぎとして甥のリオネル様に王位を譲った。




晴れて国王陛下に即位したリオネル様と王妃エレノア様の華々しい結婚式が盛大に執り行われることが決定した。


もちろん、花嫁メイクをするのは私だ。


ウエディングドレスを纏うエレノア様はそれはもう美しいに決まっている。


ならば、その美しさをさらに輝かせるメイクを私はするのみだ!



純白のドレスに映える淡いピンクのアイメイクに、ぷるツヤのさくらんぼ色のグロス、栗色の絹髪は丁寧に梳かされ、ダイヤモンドがあしらわれたティアラが反射している。


我ながら最高のメイクが出来たと自慢げに頷いてしまう。


エレノア様はとても喜んでくれて、ルルリア様やリオネル様も褒めて下さった。


リオネル様とエレノア様がバージンロードを歩く姿は神々しくて、初めて人の結婚式に参加した私は、ハンカチを握り締めて号泣してしまっていた。




それから私は王妃になったエレノア様にメイクを施しつつ、化粧品会社と連携して新たなメイク用品の開発に携わった。


日本から持ってきたメイク用品を参考にして、鮮やかな色が豊富なアイシャドウ、アイライナーは筆タイプとペンシルタイプを作って、より肌に馴染みやすくなるようジェルタイプの物を考案する。


何よりファンデーションは、個人の肌に合うよう変化をつけたベージュを基本とした色を作り、好みに合うよう粉タイプとリキッドタイプに分けた。


私の名前から取り、『NOAH』というブランドを立ち上げてそこで販売すると、たちまち完売して生産が間に合わなくなるほど大好評だった。


貴族も平民も平等に買えるような価格設定にしたお陰で、色んな人がメイクに目覚めて流行になり、こんな色が欲しいなどという要望ももらえるようになった。



「希愛のお陰で自分に自信が持てなかった人たちが、明るく前向きになれたと感謝の手紙が王宮にも届いているわ」



エレノア様が自身の膨らんだお腹を優しく撫でながら言った。


妊娠中はホルモンバランスの影響で、バリア機能が低下して肌が敏感になりがちなので、今のエレノア様はメイクを控えて肌の保湿に努めている。



「そう言って頂けて嬉しい限りです。私は老若男女関係無く人々を明るくすることが目標ですから、これからも頑張ってメイクしていきます!」



「さすが希愛ね。あなたのお陰で私も明るくいられるわ。もし、お腹の子が女の子だったら、きっと早々にお化粧品に興味が出てくるわね。そうなったら、ぜひお勉強してあげてくれる?」



もちろんです!と頷けば、エレノア様は嬉しそうに微笑んだ。




私の毎日は鮮やかな色に染まっていて、心から幸福を感じていた。


ここに来たときは、これからどうなることかと不安だらけだったが、私の好きなメイクで色々な人々を救うことが出来た。


そして、これからも私は男女関係無くメイクを施して、世界を広げていくつもりだ。



(波瑠香ー!私はこっちの世界で頑張ってるぞー!)



私は心の中で親友に向けて叫んだ。


それに応えるかのように、窓の外から暖かな陽の光が差し込み、ふわりと柔らかな風が吹く。




それはまるで、波瑠香が笑ってくれているようだった。


読んで頂き、ありがとうございます!


希愛のストーリーこれにて終わりです。

次回はエレノアとリオネルのお話になります。

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