【番外編】希愛の場合 ④
王宮は外国のお城を2つ3つくっ付けたような広さと白い壁の美しい建物だった。
大広間と呼ばれる部屋も、日本の学校の体育館何個分だというくらい広すぎて、奥には豪華な玉座が据えられていた。
ルルリア様の後ろを歩きながらついキョロキョロと辺りを見回してしまう。
しばらく大広間にはクラシック音楽が演奏されたり、貴族の方たちがシャンパンを味わったりと、優雅なひとときが流れた。
しかし、途中から会場の中央辺りから何やらザワザワとした声がしてきた。
「何かしら?」
リオネル様と合流して談笑していたルルリア様は、ふと騒ぎのする方へ目を向ける。
私も集まる貴族たちの間からそっと覗くと、この国の王太子だというアデル殿下と、その腕に絡まる美しい令嬢が、目の前の俯く少女を詰っていた。
「エレノア・ネヴィル!貴様との婚約を破棄する!貴様のような不細工な女は未来の王妃に相応しくない!あぁ、何と悍ましい顔だ。吐き気がする!」
アデル殿下が大きな声で堂々と婚約破棄を言い捨てる。
恐らく目の前に立つ、俯いた少女がエレノア様なのだろう。
震えながらドレスの裾を掴むエレノア様の顔は過剰なほど白塗りされて、目元は濃いオレンジ色のアイシャドウを塗っている。
そのせいで一重まぶたが重たくなり、明るい色とは逆の暗い印象になってしまっている。
しかし、だからといって不細工だの悍ましいだのと批判して、婚約破棄まですることはないだろうに。
何なんだ、あの高慢な王子様はと、私は怒りで目眩がしてきた。
その王子様の腕に抱かれる令嬢も、まるで汚いものでも見るような目でエレノア様を見下ろしていた。
酷く歪んだ表情から、あの方もきっと碌でもない性格なのだろうと察せられた。
「アデル殿下ったら、なんて酷いことを仰るのかしら。呆れましたわ」
ルルリア様は憤慨したように眉根を寄せる。
「ルルリア、希愛、もう出よう。ここはあまりにも空気が悪い」
リオネル様はため息をついてルルリア様と私を大広間の外へ誘導した。
クロフォード公爵家のために用意された部屋へ戻り、私はリオネル様とルルリア様に紅茶をお出しして、しばしの休息タイムについた。
「エレノア様、大丈夫かしら。随分と震えていらっしゃったわ。アデル殿下のあの言葉はあまりにも酷すぎるもの」
ルルリア様はまるで自分が言われたかのように悲しそうな表情で胸に手を当てた。
私は先ほどのエレノア様の状態を思い出して決心すると、ルルリア様に断りを入れて、使用人用に用意された隣の部屋へ向かった。
そこに置いてあったメイク用品の入った黒いカバンを手に取ると、エレノア様を探すために部屋を飛び出す。
大広間を出る際に、アデル殿下から「出て行け!」と言われていたのが聞こえたので、きっとまだ王宮内のどこかにいるはずだと思ったのだ。
廊下をウロウロ探しても見つからず、中庭に出てベンチを隈なく見て回ると、奥の方から「はぁ…」というため息が聞こえてきた。
ちょうど植木が邪魔で人の姿は見えないが、誰かいることは分かったので行ってみると、探していたエレノア様本人がベンチから立ち上がり、こちらをびっくりした表情で見つめていた。
やはり塗りすぎの白粉に、オレンジ色のアイシャドウがかなり浮いている。
顔の造り自体は可愛らしいはずなのに、メイクのせいで台無しになっているのだ。
それに、エレノア様の塗っている白粉はどう見ても使用禁止になったはずの『トクシー社』の白粉に見える。
もしそうなら大変危険である。
エレノア様はなにやら落胆したような表情で、私から逃げようと踵を返したので慌てて引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
私はエレノア様に断りもなく顔に手で触れ、感触を確かめる。
やはりこの独特のサラサラとした独特の感触、間違いなくトクシー社の白粉だ。
しかし、エレノア様に確認すると「違う」と首を横に振られる。
そんなはずはないと詳しく聞くと、どうやら先ほどアデル殿下の腕に抱かれていた令嬢、ユリル様が所持しているものらしい。
しかもユリル様はエレノア様の義妹と聞いて心底驚いた。
ユリル様の持っていた白粉の容器には、別の化粧品会社の紋章が描かれていたらしく、エレノア様は違うと言ったらしい。
だとするならば、恐らくユリル様はこの白粉が違法であると知っていて、別の化粧品会社の容器に移し替え、わざとエレノア様に塗ったのだろう。
先ほどのユリル様のあの見下したような目、家でもエレノア様に対して碌でもない対応を取っているのが想像出来て吐き気がする。
嫌なやり口だと、私は心の中で吐き捨てた。
すぐさまエレノア様の白粉を、持っていたクレンジングシートで優しく拭き取る。
このクレンジングシートは後々何かに使えるはずだと、透明なジップロックに入れて保管しておいた。
さっぱりメイクを落としたエレノア様はやはり可愛らしい顔立ちの方だった。
顔を常に下に向けているから暗い印象になってしまっているだけで、姿勢を正して前を向けばきっと素晴らしい淑女になる。
そのためにはエレノア様に合った正しいメイクをするべきだと、私はエレノア様を使用人用の部屋へ案内した。
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