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【番外編】希愛の場合 ①

エレノアたちと出会う前の希愛の話です。


幼い頃の記憶は朧気(おぼろげ)で、楽しかった思い出など特に思い出せない。


物心つく頃に父親が薬物所持で逮捕され、そんな父に愛想を尽かした母は早々に離婚した。


親権は当然母が持つことになり、私は父と碌に会話すら出来ずに引っ越した。


それからの母との二人暮らしは精神的に辛いことしか無かった。


仕事に出掛ける母は、私の分のご飯を用意する訳でもなく、行ってくるねと声を掛ける訳でもなく、黙って家を出て行く。


そんな母からは優しさや慈しみなど、愛情の欠片すら与えてもらえなかった。


たまに休みの日になると、成長した私の顔を見て嫌そうに顔を(しか)め、「父親に似て不細工だ」と罵った。


父によく似た奥二重のまぶたに細い目、低い鼻は子供っぽさが増して童顔だと馬鹿にされる。


最初は傷付いて泣くこともあったが、徐々に慣れてきてしまい、次第に何も感じなくなった。


その頃からストレス性の味覚障害を患い、食事をしてもあまり味を感じなくなった。


生きるために必要だから咀嚼するという感じで、自分で用意したご飯をもそもそと食べるだけだった。




中学生になり、周りの同級生たちがメイク話で盛り上がるようになると、私も自然と興味を覚えた。


しかしある日、私が本屋でメイクについて特集した雑誌を読んでいる姿を見た同級生たちが、私にわざと聞こえるように悪口を言ってきた。



「見て。あいつ、メイクの雑誌読んでる」



「ブスには無理だって」



「マジでキショい。身のほど知れって感じ」



私の後ろを通り過ぎながら口々に言われる罵詈雑言に、やはり私の心は何の波も立たなかった。


しかし、彼女らの姿が消えて少し経った頃、私の心はだんだん怒りに支配されてきた。



「好き勝手言いやがって…」



小声で呟いたつもりだが、隣にいた立ち読み客に聞こえたらしく、ギョッとした顔で見られた。


だが、そんなことを気にしていられるほど私の心には余裕が無かった。



手に持っていたメイク雑誌を会計して店を出る。


その足で近くのドラッグストアに寄って、プチプラコスメを物色した。


少ないお小遣いで買えるメイク用品を買い、家に帰ってさっそく雑誌を見ながらメイクをしてみた。


生まれて初めてのメイクなので大して上手く出来なかったが、それでもいつもの陰鬱とした顔が華やかな色に彩られて明るく見えた。



「何これ、楽しい…」



私は初めて心が踊るような、ウキウキした気持ちになって笑った。


もっとメイクについて勉強しようと、メイク雑誌を端から端まで読み耽り、見よう見まねでメイクを研究し始めた。



アイプチで二重幅を大きくして、カラコンで瞳を大きく見せた。


アイシャドウやアイライナーを使いこなして、コンプレックスの目の細さをカバーする。


肌のくすみはファンデーションや下地で透明感を出した。


メイクだけでなくスキンケアにも力を入れ、保湿はもちろん洗顔などもこだわるようになった。


ぬるま湯で顔を濡らし、キメ細かく泡立てた洗顔フォームで丁寧に洗顔し、すぐさま化粧水で保湿、乳液で潤いを閉じ込める。


それだけでガサガサに乾燥していた肌が見違えるくらいもちもちツヤツヤになった。


プチプラの化粧水でもやり方ひとつでデパコス並に価値が出るのだ。




高校生になり、メイクが完璧にこなせるようになった私は、やっと友達と呼べる存在が出来た。


友達の波瑠香(はるか)と話すのは専らメイクについてだ。


高校生でアルバイトをしているとはいえ、使えるお金はそんなに多くない。


やはり買えるのはプチプラコスメばかりになるが、最近のプチプラコスメは品質がかなり良く、デパコス越えと言われるものまである。


100円ショップなどにもメイク用品が増えてきて、波瑠香と共に買ってはお互いに使って意見交換をしてきた。



「私、将来はメイクアップアーティストになりたい」



ある日の放課後、学校帰りに寄ったファストフード店で、ポテトをつまみながら波瑠香が言った。



「メイクアップアーティスト?写真撮りに来た芸能人とかにメイクする人のこと?」



「そうそう。可愛いメイク用品に囲まれながら、女性も男性も関係なく綺麗にメイクするの。楽しくない?」



波瑠香が満面の笑みで話すのを見て、私もやってみたいなと思った。



希愛(のあ)も一緒になろうよ。二人でお互いを高め合ってさ、最高のライバルになろう」



「やりたい!私みたいな悩みを抱えた人たちにも、自信を持ってもらえるような素敵なメイクをする」



「最高じゃん!希愛ならきっとすごいメイクアップアーティストになるよ」



波瑠香といればどんな困難だって乗り越えて行けそうな気がした。


胸が高鳴る明るい未来に、母から言われる罵りの言葉も耳を素通りして聞こえないほどだった。


波瑠香と一緒に受けた専門学校の合格通知が来たとき、私は嬉しさに舞い上がるほど喜んだ。


泣きながら合格通知を抱き締めて、同じく合格した波瑠香に電話してお互いを褒め合った。



これから輝かしい毎日が待っているのだ。


それに、専門学校は家から遠い隣県にあるため、一人暮らしをすることになった。


やっと家から、母から逃げられると喜び勇んで引っ越し準備をした。


一人暮らし用の狭いアパートから電車に乗って学校に通う。


波瑠香と同じクラスで月曜日から金曜日の毎日、メイクについて勉強してきた。


初めて知るメイクの歴史も多く、中世ヨーロッパで使われてきた白粉(おしろい)には、『鉛白』という有害な成分が使われていたことや、口紅に使われた『辰砂』という鉱物には水銀が含まれることなど。


『処女王』と呼ばれるエリザベス一世は、この水銀入りの口紅が原因で晩年、鬱病を発症してしまったと言われているらしいと聞いて、恐ろしさに震え上がった。



知らないことを学ぶのは楽しい。


波瑠香と一緒に勉強しながら、毎日頑張ればきっと一人前のメイクアップアーティストになれると信じていた。




――はずだったのに。


読んで頂き、ありがとうございます!

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