【番外編】ユリルの場合 ②
ユリルにも新しい出会いが訪れます。
アデル殿下は、トクシー社の白粉が危険と知ったときにはもう、この東方の国の口紅も有害なものだと気付いていたらしい。
その上で、口紅が国にとって利益に繋がるからと黙認していたのだ。
アデル殿下は私がその口紅を買ったことも知っていて、あえて何も言わなかった。
おまけに、違法薬物を飲ませようとしたのだから、私を確実に殺害しようと仕向けていたのだ。
アデル殿下はお姉様に聖女様の癒しの力があることに気付いて、お姉様を自分のものにしようと計画を立てていると知って、私はいても立ってもいられなくなり王宮へ向かった。
しかし時はすでに遅く、お姉様は王宮に連れて来られていた。
――どうにかして、お姉様を逃がさないと。
そう思っていたとき、目の前の廊下の柱の影に、お姉様と侍女が隠れているのが見えた。
「お姉様」
「ユリル!?あなたどうしてここに」
お姉様はすぐさま駆け寄って、体調はもう大丈夫なのか心配してくれる。
――やはり、お姉様はいつだって優しい。
「お姉様のお陰でもうすっかり回復しましたの。本当にありがとう。そして、今まで本当にごめんなさい」
私はお姉様の手を取って泣いて謝った。
許されることではないと分かっている。
私はお姉様が声を失うまで追い詰めたのだ。
引っぱたかれるのを覚悟して謝ったが、お姉様は優しく私の背中を撫で、「もういいのよ」と笑って許してくれた。
私はこれからは生まれ変わって、人々のために尽くそうと心に決めた。
お姉様のように色んな人を救えるようになろう、と。
お姉様と一緒にいた侍女、希愛にも薬や口紅の件のお礼を伝えた。
「ユリル様のお命を救えて安心しました」
希愛は屈託のない笑顔でそう言ってくれた。
お姉様にどうして隠れていたのか聞くと、アデル殿下がクロフォード公爵家のリオネル様を暗殺するために、兵を集めていると知ってその情報を聞いていたらしい。
早くリオネル様にお知らせしないとと、困惑しているお姉様と希愛を、廊下奥にある外へと通じる使用人用の扉へ案内した。
私はアデル殿下の婚約者となってから、度々王宮へ来ていたので、そのときに隠し通路や緊急通路を把握していたのだ。
「ここから真っ直ぐ行けば外へ出られるわ」
「ありがとう、ユリル」
お姉様は必ずリオネル様と一緒にまた王宮へ戻るから、それまでどこかに身を隠しているように私に言った。
私は頷くと二人が外へ出たのを確認してから、手近な部屋へと身を潜めた。
しばらく時が経って、コンコンと小さく扉をノックする音が聞こえた。
「ユリル様おられますか?クロフォード公爵家のミレーユと申します。お迎えに上がりました」
慎重に薄く扉を開くと、クロフォード公爵家の侍女服を着た若い女性が立っていた。
「エレノア様より、ユリル様の身の安全をお守りするよう仰せつかりました」
ミレーユは私をお姉様やリオネル様のいる、アデル殿下の謁見の間へと案内してくれた。
そこには多くの貴族が集まり、クロフォード公爵家の兵が謁見の間を制圧していた。
アデル殿下は玉座の前で青褪めた顔で俯いている。
お姉様がアデル殿下を見つめる中、リオネル様はアデル殿下の悪行を告発していく。
「僕は口紅のことなんて知らない!ユリルの自業自得じゃないか!ユリルに口紅を売った商人を捕まえればいいだろう!?」
自分に責任は無いと喚くアデル殿下に呆れながら、彼の前に私は進み出た。
「口紅を売った商人はすでに拘束しておりますわ、殿下」
アデル殿下は私を見て信じられないという顔をした。
「ユリル…」
何故生きているのかと、アデル殿下の表情が語っている。
私の侍女はアデル殿下に、賜った薬はちゃんと飲んでいると報告していたから、まさかまだ生きているなんて思わなかったのだろう。
私はリオネル様に協力してもらったこと、アデル殿下が口紅の危険性を認識していたことを突き付ける。
逃げ場を失ったアデル殿下は、リオネル様に襲い掛かろうとして倒れ、そのまま拘束されて連れて行かれた。
華々しい王太子の呆気ない最期だった。
その後、アデル殿下の処刑が実行されたと報告があった。
リオネル様は退位された国王陛下の跡を継いで新たな国王に即位し、王妃になったお姉様と盛大な結婚式を挙げた。
純白のウエディングドレス姿のお姉様は、光り輝いていて美しく、とても幸せそうな表情だった。
「お姉様、本当におめでとう」
私はお姉様に真っ白なデンファレのブーケを渡した。
お姉様の魔力と同じ色の淡い桜色のリボンで飾ったデンファレは、お姉様にとても似合っていた。
「ありがとう、ユリル。すごく綺麗だわ!」
「明日の夜はパーティーを予定しておりますから、ぜひユリル様もお越し下さい」
リオネル様がお姉様の隣に立って私を招待してくれた。
私はもちろん快諾する。
「ぜひ行きますわ、とても楽しみ」
***
アデル殿下が断罪された日から、私とアデル殿下の婚約は破談になり、私はグレーズ侯爵のご子息、アルハル様との縁談が決まった。
アルハル様は厳格と噂のグレーズ侯爵に似て、気難しい無口な方かと思っていたら、とても気さくで穏やかな、優しい方だった。
私が病で臥せていたことも知っていて、体調を常に気遣ってくれる。
「ユリル様はお菓子はお好きですか?」
ある日、グレーズ侯爵家でアルハル様と一緒に紅茶を飲んでいるとき、アルハル様に質問された。
「ええ、甘いものは好きです」
「それなら、フィナンシェなどはいかがですか?バターを使った香ばしいケーキです。実はクロフォード公爵家の方からレシピをお教え頂いて、シェフにお願いして作ってもらったものがあるので、ぜひ召し上がって下さい」
アルハル様の侍従が運んできたフィナンシェというお菓子は焼き立てで、バターの香ばしい香りがたまらなく美味しそうだ。
聞けば、このお菓子は希愛がレシピを知っていて、クロフォード公爵家を始め、色んなところに作り方を伝授しているらしい。
ひと口食べると、アーモンドの香りとバターの風味が鼻から抜け、しっとりとした生地が舌の上でとろけるよう。
これが、ミルク入りのアールグレイととても合う。
「美味しいです!」
私はあまりの美味しさに、つい大声を出してしまった。
「あ、ごめんなさい…、私ったらはしたない…」
私は恥ずかしくなって俯いたが、アルハル様は優しく微笑んでくれた。
「喜んで頂けて嬉しいです。ユリル様にぜひ召し上がって頂きたくて、たくさん作らせてしまいましたから」
アルハル様も恥ずかしそうに頬を搔いた。
この人となら穏やかな人生を歩んで行けそうだと、私は心から嬉しく暖かい気持ちになった。
それから何回かアルハル様とティータイムを一緒に過ごしたり、景色の綺麗な庭園に出掛けてたくさんお話をした。
「ユリル様、どうか私と結婚して頂けませんか?」
白や赤、ピンクのコスモス咲き乱れる庭園で、アルハル様は跪いて私に求婚した。
雫の形をしたアクアマリンが連なった、銀の腕輪をプレゼントされる。
精緻な細工の施された腕輪は、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
アクアマリンの水色は、私の瞳と同じ色をしていた。
「謹んでお受け致します」
私はアルハル様の手を取って微笑んだ。
私とアルハル様の結婚を、お姉様はとても喜んでくれた。
クロフォード公爵家からもたくさんのお祝いの品が届き、結婚式には希愛がわざわざお化粧をしに来てくれたのだ。
「ユリル様はお肌がブルベなので、青みを含んだ明るいパステルカラーが良いですね。グリッターやラメを使って華やかなメイクにしましょう!」
希愛はウキウキしながら素早く私にお化粧をしていく。
出来上がった顔を見て、私は驚いて目を見開いた。
いつものお化粧とは違い、ピンクやブラウンを使った明るいグラデーションのアイシャドウ、ぷるぷるの唇は蜂蜜のように艷めいている。
「ありがとう、希愛!なんて素晴らしいお化粧なのかしら」
「せっかくの花嫁メイクですから、気合いを入れさせて頂きましたよ!ユリル様、めちゃくちゃ素敵です!」
お姉様は私にピンクのガーベラの花束を贈ってくれた。
水色のリボンで飾られたガーベラの花びらは可愛らしくて、私たちの明るい未来を指し示しているようだった。
「お姉様ありがとう。とても嬉しいわ」
私が言うとお姉様は微笑み返し、「どうか、アルハル様と健やかに幸せに過ごしてちょうだい。私も遊びに行くわね」と約束してくれた。
「ええ。そのときは、自慢のフィナンシェを召し上がって頂きたいわ」
陽光に照らされたガーベラの花びらが春の風に優しく揺れ、二人の絆を祝福するかのようだった。
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次回は希愛のストーリーです。




