【番外編】ユリルの場合 ①
ユリルのストーリーです。
私は可憐で美しく、お姉様は陰気で醜い。
幼い頃からお父様にもお母様にもそう言われ、周りの者たちからの評価も同じだった。
だから、私がどんなにお姉様を虐げようと、私が正しくてお姉様が悪者だった。
誰もお姉様の味方になる者はいない。
「お姉様ったら相変わらず陰気なお顔ね。由緒正しい伯爵家の娘とは思えない」
「お姉様は本当に醜いお顔だこと。生きていて恥ずかしくなくて?」
どんな罵詈雑言を吐かれても、お姉様は決して言い返さず、ただジッと耐えていた。
「相変わらずだんまり?つまらないわね」
社交界で『花貌の姫』と持て囃され、私は自分がお姉様より優位に立てていることに愉悦を感じて、高慢にお姉様を責め立てた。
お姉様は何も言わなかったけど、泣いていることも、苦しんでいることも知っていたのに。
そのせいで、お姉様は声も生きる希望も失った。
私が追い詰めたせいだ。
「ごめんなさい、お姉様…」
あの日から私はベッドで毎日泣きながら謝った。
街中へ買い物に出掛けた日、美しく生まれ変わったお姉様を見て、このままではアデル殿下に目を付けられて、婚約者として私よりお姉様を取ってしまうと焦った。
お姉様より美しくなるために、怪しい商人から東方の国で流行りの練り紅を購入し、毎日つけていたのだが、徐々に気鬱が激しくなり、食欲不振も続いて何も食べられなくなった。
そしてある日突然、ベッドから起き上がれなくなった。
医者に診てもらったが、疲れが原因だろうと診断され、処方された薬を飲むが何も改善しない。
そして、毎晩のように悪夢を見るようになった。
悪魔のような異形な見た目の者たちが、怒りで目を釣り上げ、顔を歪めながら口々にお姉様が声を失ったのは私が悪いのだと責め立てた。
「この性悪女め!お前のせいでエレノアは泣いていた!」
「自分が美しいと調子に乗っているからバチが当たったんだ!」
「お前はこのまま死んでいくんだ!ざまぁみろ!」
ギャハハハと高らかに笑う声が響いて私は飛び起きた。
心臓が早鐘のように打ち、大量の汗が吹き出した。
ガタガタと震えながらひたすら「ごめんなさい、ごめんなさい」と蹲って謝った。
そんな毎日を送り、私はとうとう何も見えず、何も聞こえない世界に来てしまった。
目の前の景色は灰色で、私の周りにはあの悪魔たちが並んで囲んでいる。
「ごめんなさい…ごめん、なさい…」
ボソボソと呟くが、その声すらもう届かない。
悪魔たちが私を罵り、蔑んだ目で見下ろしている。
俯いてひたすら灰色の地面を見つめ、自分が生きているのか死んでいるのかさえ分からない中、不意に淡い桜色の光が私を包み込んだ。
それは暖かく優しく労わるように私を包んで、心も体もまるで羽が生えたように軽くなった。
ずっと息苦しかった呼吸が途端に楽になり、目の前の景色に色が戻っていく。
これはお姉様のお陰だと思った。
この優しい桜色の光はお姉様なのだと。
お姉様が私を救ってくれた。
私はお姉様にひどいことしかしなかったのに。
私の目からポロポロと涙が零れ、地面を濡らす。
それから私は久しぶりに穏やかな眠気に誘われ、ゆっくり目を閉じた。
いつの間にか私の周りにいた悪魔たちがいなくなり、白く輝く存在が私に手を差し伸べてくれていた。
「ありがとう、お姉様…」
目を開けると見慣れた自分の部屋の天井が見えた。
外は晴れていて、小鳥の囀りがよく聞こえる。
ふと、手元に違和感を覚えて見てみると、ミルクティーのような淡い茶色の、綺麗なレース編みのブレスレットが付けられていた。
「お姉様が、くれたのかしら」
ブレスレットに触ると不思議な力を感じた。
暖かくて優しい力を感じ、お姉様が作ってくれたのだと確信した。
「まぁ、ユリル様!起きられたのですね!?」
侍女が驚いたように声を上げ、慌てて医者を連れて来た。
お姉様が寄越してくれたという初老の医者は、私の状態を確かめるとニコリと微笑んだ。
「顔色がだいぶ良くなっておりますな。脈も安定しておりますし、あとは少しずつお粥などを食べて体力を付けましょう」
お散歩などは如何ですか?と提案され、しかしネヴィル伯爵家には広い庭園などお散歩出来るような場所がないと思った。
すると侍女が、まだ薔薇が見事に咲いているから調度良いと喜んで言った。
「薔薇が咲くようなお庭なんてあったかしら?」
「クロフォード公爵家から自慢の薔薇を複数株、ネヴィル伯爵家へと頂いたんです。ぜひ、ユリル様にご覧になって頂きたいと、エレノア様が贈って下さったのですよ」
クロフォード公爵家には大きな庭園があり、そこでは多くの薔薇が大輪の花を咲かせているらしい。
そのうちの何株かを、お姉様が選んで届けてくれたそうだ。
「…そうなの。それはぜひ、お礼を言わなければならないわね」
私はまた涙が滲みそうになる目を手でそっと覆った。
私は今までなんと愚かだったのだろう。
お姉様は私を決して見捨てず、こんなにも優しく慈しんで下さるのに。
それから私は、消化に良い食事を心掛けながら、侍女に手伝ってもらってゆっくり散歩などをして、少しずつ体力を取り戻していった。
体力が回復してきてやっと調子を取り戻したとき、私が購入した口紅に含まれる水銀が原因で、私が鬱病を発症していたことを知った。
そして、アデル殿下が私に鬱病に効く薬と称して、違法薬物を混ぜたものを飲ませようとしていたことも。
それらはお姉様の侍女がすぐに気付いて止めてくれたのだという。
「どういうこと?つまり、アデル殿下は私を殺そうとしたというの?」
侍女は厳しい顔付きで、そうとしか思えないと断言した。
「アデル殿下はユリル様の体調不良の原因が、ユリル様がお付けになられた口紅であるとお気付きのようでした。もしかしたら、アデル殿下は口紅に有害な成分が入っていることを知っていたのかもしれません」
私はすぐに王宮へ遣いを送った。
その遣いは、たまたま王宮にいたクロフォード公爵家の使用人に事情を話して、リオネル様とお会いすることが出来たそうだ。
そして、リオネル様が教えてくれた内容に、私はアデル殿下へ静かな怒りを感じていた。
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