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【番外編】アデルの場合 ③

すれ違う二人は、何を思うのか。


――裏切り者には死を。



――これで、僕はあいつに勝つことが出来る。



――僕を見捨て、嘲笑ったあいつに。






クラウスからの勝利の報告を今か今かと心待ちにしていたアデルは、兵たちの運んできた白い布を被せられた遺体を見て歓喜の声を上げた。


あの涼やかな風貌の美しいリオネルが、さぞや無様な姿をしているだろうとアデルは沸き立った。



「ハハハ!馬鹿な男め!さぁ早く、その布を取れ!」



きっとボロボロの恰好のリオネルが、見るも無惨な姿で死んでいるのだろう。


期待に膨らんだアデルの心は、しかし次の瞬間、憐れに砕け散った。


そこに転がっていたのはリオネルではなく、アデルの腹心である副騎士団長のクラウスだった。


猿轡を噛まされ汗だくでガクガクと震えているクラウスは、懇願するようにアデルを見つめた。



「どういう、ことだ…」



リオネルはどこに行った?


あの憎たらしい澄ました顔立ちの男はどこに?


まさか逃げられたのか?



アデルの額に冷や汗が吹き出したと同時に、大広間の扉からあの美しい顔が、聖女を伴って現れた。



「リオネル…」



リオネルはどこか悲しそうな瞳でアデルを見つめていた。


その瞳を見て、アデルは猛烈に孤独を感じた。



――何を今さら…



アデルは泣きそうな、腹立たしいような気持ちでリオネルを睨み付けた。



――今さらそんな目で僕を見るのか。



何もしてくれなかった癖に、リオネルは都合良くアデルを憐れみの籠った目で見ている。


それがたまらなく憎らしくて悲しかった。



「貴様さえ、貴様さえいなければ!!!」



アデルは憎しみに任せて剣を振り上げた。




――リオネルさえいなければ、僕は希望を持たずに生きることが出来たのに。



――みんなが僕を見てくれたはずなのに。



――何もかも完璧なリオネルではなく、僕を褒めてくれるはずなのに。




アデルの刃がリオネルの首に届く前に、足を横払いされてアデルは無様に転げ落ちた。


抵抗する間も無く、そのまま衛兵たちに拘束され、牢屋へと連れて行かれる。



「アデル」



リオネルがすれ違いざまにアデルの名を呼ぶ。


困惑と、少しばかり憐憫の籠った悲痛な声。


しかしアデルはその声に答えることは出来なかった。


何も言わず顔を俯けて、衛兵に導かれるまま扉へと向かった。




――結局僕は、何も得られず、何も成せずに終わるのか。



牢屋へ入れられ、処刑日を待ちながら、アデルは絶望と孤独に苛まれていた。



――僕は何のために生まれてきたのだろう。



リオネルともっと話したかった。


悩みを打ち明けたかった。


行動ではなく言葉で、もっと気持ちを伝えれば良かった。


様々な後悔がアデルの心を渦巻く。


しかしどんなに悔やんでも、もう時は戻せない。




「アデル」



俯くアデルの頭上から、忌々しくも懐かしい声が降ってきた。


ずっと待ち侘びていたはずなのに、ひどく腹立たしい声だった。


のろのろと顔を上げて、アデルは声の主を睨み付ける。


リオネルはアデルの頭上ではなく、檻の柵越しにアデルを見つめていた。



「何をしに来た。さっさと去れ」



唸り声のような低い声でアデルは威嚇した。


リオネルの顔なんて見たくもなかった。


早く去ってくれないと気持ちが爆発しそうになる。


そう願ってもリオネルは決して立ち去ろうとせず、アデルに何か話そうと口を開きかけた。



「アデル、すまない」



リオネルは悲痛な声で、消え入りそうに呟いた。


その声で、アデルは投げ付けようと枕に伸ばしかけた手を力なく下ろした。



「すまない…」



リオネルは再びそう言うと、涙を流しながら立ち去った。



――何を、今さら…



アデルは零れる涙を乱暴に袖で拭きながら唇を噛んだ。



――どうして…



アデルは顔を両手で覆って漏れる嗚咽を噛み殺した。



――もう遅い。





――僕がもっと素直になれたら。



違った未来があっただろうかと、アデルは自嘲気味に笑った。


何もかも遅いのだ。


アデルもリオネルも、お互いがお互いの気持ちに目を背け続けた。



処刑日当日の朝、両手を縛られ猿轡を噛まされた状態で、立ち見客の民衆が集まる広場へと向かう。


元王太子の処刑とあって、野次馬は膨大な数だ。


処刑台へ向かう途中、罵詈雑言を浴びせられ、石を投げ付けられながらアデルは階段を上る。


痛みも苦しみも、もう何も感じなかった。




――僕はどこで間違ったのだろう。



一段一段ゆっくりと上りながら、アデルは心の中で独りごつ。



『アデル』



昨夜のリオネルの声が頭に響く。



『すまない』



悲痛な声で、泣きながら言ったリオネルは、果たして何を思っていたのだろう。


もはや確かめようのないことだ。



――リオネル、僕は、僕は……



その瞬間、足元の板が外れ、首に掛かった縄が圧迫する。


視界が霞み、遠のく意識の中、幼いリオネルがアデルに向かって手を伸ばしている幻覚を見た。



『またヴァイオリン聴かせてよ!』



『いいよ!早く中庭へ行こう!』



陽光が煌めく中庭へ駈けて行くアデルとリオネルは、笑い合いながら消えていった。





***


王宮から少し離れた墓地に、リオネルは大輪の百合の花束を持って現れた。


リオネルはアデルの眠る墓を見つけると、そこに百合の花を置く。



「アデル…」



墓石に手で触れながら、リオネルは小さく呟いた。



「君と過したあの日々は、私にとって宝物だった」



助けられなかった後悔と、今さら遅いという葛藤がリオネルの心を苛んでいた。


だけど、どうしても伝えたかった。


この声は届いているはずだと信じたかった。




久しぶりに会ったアデル、リオネルは冷たく突き放してアデルの非行を諌めた。


あのとき、アデルはショックを受けたような、泣きそうな瞳をしていたのをリオネルは分かっていたはずなのに、見ない振りをしたのだ。


アデルが女性にだらしないという噂は、毎日のようにリオネルの耳にも届いていたので、幼馴染である自分が王太子を正さねばと思い込んでいた。


素直で優しかったアデルなら、リオネルの気持ちをきっと分かってくれると信じていたのに、アデルは大声を上げて怒り出した。


それに対してリオネルは意地になってしまった。


何故あのとき、あんな態度を取ってしまったのか。



――私は傲慢だったのだ。



リオネルは口元を歪めて笑い、ため息をついた。


クロフォード公爵家の跡継ぎとして、優秀な父のようになるべく勉強してきた自負が、リオネルの傲慢なプライドになってしまった。


それを王太子のアデルにぶつけ、愉悦に浸っていたのだ。


まこと、愚かとしか言いようがない。


アデルに接するとどうしても説教臭いことしか言えなくなってしまい、二人の関係は余計に拗れてしまった。


もっと素直にお互いが話せたら、リオネルがアデルに寄り添えたなら、そんな妄想ばかりが頭を駆け巡る。


アデルの心の闇を一番理解してあげられるはずの自分が、アデルを奈落の底に突き落としたのだ。



「馬鹿だよ、私は…」



リオネルは静かに涙を流しながら、アデルの墓前で彼が安らかに眠れるよう祈った。



しばらくして、リオネルは立ち上がって今来た道を戻って行った。


風が強く吹き、百合の花が大きく揺れる。


リオネルはまた溢れてした涙が零れないよう上を向いて深呼吸をする。


思わず口から零れそうになる言葉を唇を噛んで堪えた。





――もし…






――もしもう一度、アデルに会えたなら…




読んで頂き、ありがとうございます!


アデルのストーリー、これにて終わりです。

次回はユリルのストーリーになります。

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