【番外編】アデルの場合 ②
助けを求めるアデルにリオネルはーー。
まだ11歳のアデルは遊ぶことも禁じられ、毎日厳しい勉強に明け暮れる生活を強いられ、限界を感じて泣いているのに、誰も理解してくれないことが腹立たしかった。
――リオネルならきっとすぐに助けてくれるのに。
泣いても泣いてもリオネルには声が届かない。
「助けてよ、リオネル…」
またあのヴァイオリンが聴きたいと、アデルはベッドで泣きながら眠った。
泣いても喚いても助けが来ない日々に、アデルの心は次第に壊れていった。
癇癪はひどくなる一方で、それが少し落ち着くと、今度は美しいものを買い集めるようになった。
宝石や宝飾品、絵画も気に入ったものがあるとすぐに購入した。
癇癪が落ち着いたことに安堵したジェルドは、息子に強請られる通りに金を渡して好きなものを買わせて甘やかした。
アデルは物に限らず、美しく着飾った令嬢にも甘い言葉を囁いて口説き落とした。
パーティーがあれば必ず隣に気に入った令嬢を侍らせ、周りの者たちに自慢して回った。
「アデル殿下、少々お戯れが過ぎますよ。王太子としてのご自覚をお持ち下さい」
ある日のパーティーで久しぶりに会った従兄弟は、開口一番にアデルにそう言い放った。
16歳に成長したリオネルはアデルより身長も高く、スラリとした手足に美しい顔立ち。
所作も服装も上品で、全く隙がないほど完璧だった。
「リオネル、」
久しぶりだなと言おうとして口を噤む。
リオネルの表情はあの頃とは違い、アデルに対して何の感情も籠っていない瞳で見下ろしてきた。
「先日、相手に婚約者がいると知っていながら、男爵家令嬢を遊びに連れ回しましたね?そのせいで、令嬢は貞操を疑われて婚約破棄されたそうです。アデル殿下にも責任の一端はありますよ」
お分かりですか?と、リオネルはこんこんと説教してくる。
――どうして?
何故、リオネルまでそんなことを言うのかアデルには分からなかった。
リオネルなら、アデルの心の闇を理解してくれると信じていたのに。
しかし、リオネルは家庭教師と同じように厳しく、ジェルドと同じような冷たい視線でアデルを見つめる。
アデルの足元は崩れ落ちたかのように、深い絶望に落とされた気がした。
絶望と怒りに支配されたアデルは、大声を出してリオネルを批難した。
「貴様ごときが僕に偉そうに指図するな!」
アデルにそう叫ばれても、リオネルは涼しい顔で聞き流している。
本当は久しぶりに会えて嬉しいと、喜びを分かち合いたかった。
またあの頃みたいに、気軽に会えるようになると期待に胸を膨らませたのに。
やはりこの従兄弟も、周りの者たちと同じくアデルを腫れ物のように扱うのだ。
それが悔しくて悲しくて虚しかった。
あの日からアデルのリオネルへの友愛は、深い憎悪に変わってしまった。
何かにつけてクロフォード公爵家を貶して目の敵にしてきた。
パーティーで会えばリオネルを批難して罵詈雑言を浴びせてきた。
婚約者のエレノアを不細工と罵って婚約破棄したときも、リオネルはアデルに厳しく叱責してきたが、ソファにあったクッションを投げ付けて追い出した。
――何故、僕はこんなにも怒っているのだろうか。
ふとした瞬間にそう自問するが、答えは分からないままだった。
――誰か、助けて欲しい。
無意識に零れた言葉は、誰の耳に届くこともなく消えていった。
新しい婚約者としてエレノアの義妹のユリルを迎えたが、美しいユリルはアデルの王太子としての地位に目を輝かせるだけで、アデルのことを理解してくれなかった。
アデルを素晴らしい方だと褒めそやすユリルを横目に、また昏い気持ちがアデルの心を支配する。
しかし、アデルは自分の気持ちに目を逸らし続け、見ない振りをした。
自分の気持ちなんて、知りたくなかった。
ユリルが水銀入りの口紅で体調を崩したとき、これは好機だと思った。
ユリルに薬と称して人体に有害な違法薬物を飲ませて亡き者にしてしまえば、聖女として覚醒して美しく生まれ変わったというエレノアを、改めて婚約者として据えることが出来る。
今エレノアは、療養という目的でクロフォード公爵家に滞在しているという。
あの忌々しいリオネルの傍にエレノアがいることは、アデルにとって不都合極まりなかった。
「聖女の力を独占して、僕から王座を奪おうとしているのだろう、リオネル」
そうはさせるものかと、使用人に商人から薬物を入手するよう命じた。
それから届いた『煙草の葉』を生薬に混ぜてユリルに届けさせた。
ユリルの侍女からユリルがちゃんと薬を飲んでいると報せが来る度に、アデルは愉快そうに口元を歪めた。
しかし、それから何日経ってもユリルが亡くなったという報せは来ない。
痺れを切らしたアデルは、エレノアを王宮に呼び寄せるよう指示する。
こうなったら強硬手段を取るしかない。
以前、『煙草の葉』を入手した際に、商人から短時間で筋肉を増強させたり、身体能力が上がると言われる薬物を一緒に購入していた。
長期摂取が危険とされるもので、医者など資格ある者以外は扱うのを禁じられている薬物だった。
それをクラウスをはじめ、アデルの元にいる兵たちに飲ませたり、注射器で摂取させていた。
これならリオネルが仮に兵たちを用意していたとしても、少ない数の兵で対抗出来る。
さらに、聖女の癒しの力を持つエレノアがこちらのものになれば、兵が負傷しても永久に治すことが出来る。
そうなればもう怖いもの無しだ。
リオネルの首は正門に飾ってやろう。
僕を裏切った謀反人は、多くの辱めを受けて石を投げ付けられるのだ。
アデルは愉快そうにグラスに注がれたワインを飲み干した。
計画通りにエレノアが王宮にやって来て、そのまま部屋に閉じ込めることに成功した。
エレノアは反抗するでもなく、素直に従順にアデルの言うことを聞いた。
クロフォード公爵家でよほど贅沢な暮らしをしてきたのか、エレノアはあの頃とは比べ物にならないくらい美しく気品に溢れている。
それもアデルにとっては腹立たしかった。
リオネルはいつだって完璧で、どんな人に対しても分け隔てなく紳士的に接することが出来る。
リオネルの婚約者というエレノアも、きっとリオネルから甘い言葉を囁かれ、その優しさを一身に受けたのだろう。
そのお陰でエレノアは心の病が治り、明るく前向きになったのだ。
――僕を助けてはくれなかったのに。
またしても昏い波紋がアデルの心に広がった。
アデルは頭を横に振って気持ちを振り払う。
今は一刻も早く、リオネルの首を取らなければならない。
アデルはすぐさまクラウスを呼び、兵を集めるよう命じた。
騎士団長のグレーズ侯爵にも来るよう通達を送ったのだが、クロフォード公爵家派のグレーズ侯爵はその通達を無視した。
「あの堅物親父め。リオネルが終わったら貴様の首も刎ねてやるからな」
苛立たしげに足を揺らしてアデルは吐き捨てた。
アデルの謁見の間に集まったクラウスと兵たちは、薬物の影響で目がギラギラと輝き、剣を握る腕には血管が浮き出ており、飢えた獣のようだった。
「リオネルの首を必ず獲って来い!謀反人の卑しい公爵家に、神たる王族の力を見せつけてやれ!」
「仰せのままに、殿下」
クラウスたちが出立すると、アデルは新しいワインを注がせて一口飲む。
ワインをシャンデリアに掲げ、赤黒い液体が煌めくのを見てアデルは、良いことを思い付いたというように顔を歪める。
「勝利した暁には、リオネルの血をグラスに注いで飲んでやろう。輝かしい祝杯だ!」
アデルは声を上げて笑った。
読んで頂き、ありがとうございます!
本当は二話で分けるつもりが長くなりました。




