【終】幸せの祈り
本編はこれにて終わりです。
「エレノア様、どこかお怪我はございませんか?」
リオネル様は私を腕から解放して気遣わしげに問う。
その優しい眼差しに、先ほどまでの不穏な気持ちが吹き飛び、心が暖かくなるように軽くなった。
「ええ、大丈夫です。皆様がご無事で安心してしまって」
これからアデル殿下は、違法薬物と口紅を販売した商人と共に裁判にかけられるだろう。
数々の証拠から、アデル殿下は言い逃れが出来ないはずだ。
国王陛下も関与が疑われるだろうし、これから王国はどうなるのだろうかと一抹の不安が襲った。
「まずは事情聴取を含めた裁判が執り行われます。それから殿下やクラウスたちの処遇が決まるでしょう。殿下はもはや、王太子としての地位を失ったと言っても過言ではありません」
リオネル様は痛ましい表情でそう言った。
その顔は、心からアデル殿下が失態を犯したことに対して悔やんでいるようだった。
リオネル様とアデル殿下は従兄弟同士だ。
幼い頃から接点があり、子供の頃の様子もよく知っているという。
「昔から父と国王陛下は不仲でしたから、あまり表立って交流することは出来ませんでした。だから、使用人たちがこっそり私とアデルを会わせてくれて、裏庭で遊んだりしていました」
まるで兄弟のように笑い合って楽しく遊んでいたが、それはアデル殿下が成長していくにつれ、徐々に回数が減っていき、ある日突然会えなくなったという。
その後は、アデル殿下は父親である国王陛下の影響で、次第にクロフォード公爵家を目の敵にしていった。
リオネル様と無闇に交流することも禁ずるとまで言われ、アデル殿下は王宮に引こもるようになった。
その間にアデル殿下は癇癪で騒ぎを起こしたり、美しい令嬢や宝石を寄越せと我儘を言い出したりと暴れ回り、やりたい放題だった。
「久しぶりに会ったアデルはまるで別人でした。顔付きも様変わりして、横柄な態度で酒を煽り、美しい令嬢を侍らせて笑っている姿を見たとき、私は愕然としました」
リオネル様は乾いたように笑った。
「私が…、私がもっとアデルの話を聞いてあげれば良かった。アデルに寄り添ってあげられたら、彼はこんなことをしなかったはずなのに。私はアデルから逃げてしまったのです」
悲しそうにアデル殿下が去った扉を見るリオネル様の腕を、私は思わず掴んだ。
何だか、リオネル様がどこか遠くに行ってしまいそうな不安を覚えた。
リオネル様は本気で悔やんでいる。
取り返しのつかないことになる前に、もっとアデル殿下と話し合えば、何か変わったかもしれないと。
「リオネル様のせいではありません。アデル殿下だってきっと、そう思っているはずです」
ありふれた励ましの言葉だが、本心だった。
リオネル様が本気でアデル殿下を案じていたことを、きっとアデル殿下も分かっていたはずなのだ。
それでも彼はその思いから目を背けてしまった。
リオネル様の気持ちを認めたくないと思い込んでしまったために、アデル殿下は崖から転落する羽目になってしまった。
リオネル様は泣きそうな目で微笑むと、私を優しく抱き締めた。
「ありがとうございます。あなたはいつだって、太陽に暖かい方だ。あなたが傍にいて下さって本当に良かった」
それからしばらく経って、アデル殿下は過去の罪を全て認め、王太子の地位を剥奪された。
後日、アデル元王太子殿下の処刑は恙無く終わったと報告があった。
クラウスを始め、アデル殿下に加担していた兵たちも処刑されたり、重罰を課せられた。
国王陛下は息子の責任を負って国王から退位し、後継に弟のクロフォード公爵を指名したが、公爵がこれを辞退。
代わりに、王位継承権3位である息子のリオネル様が次期国王として指名された。
私の父であるネヴィル伯爵は、ユリルの口紅の影響で体調を崩してから改心し、私への今までの振る舞いを謝罪した。
ユリルと共にこれからも健やかに暮らして欲しいと、私はその謝罪を受け入れた。
***
諸々のことが片付いてから、私と国王に即位したリオネル様は、盛大な結婚式を挙げることになった。
ルルリア様はもちろん、希愛やユリルも参加してくれ、たくさんの花束に囲まれて私は多くの祝福を受けていた。
「エレノア様、とっても美しいですわ!まるで白い薔薇の女神様のよう!この日を無事に迎えられて、わたくし喜ばしい限りですのよ!」
ルルリア様は涙で目を潤ませながら、私のウエディングドレス姿を褒め、祝福してくれる。
本日は結婚式ということもあって、希愛が今まで以上に気合を入れてお化粧を施してくれた。
「まずは、太陽光やシャンデリアの光に当たっても白飛びせず、遠くからでも美しく見えるような清楚な透明感のある肌を意識してファンデーションを選びました。眉毛はいつもより少し太めにして、淡いブラウンのアイブローマスカラを塗ることで柔らかいイメージになります」
優しく可憐な印象にするため、丸く円を描くように頬にチークを入れ、ピンク、イエロー、グレーのアイシャドウでくすみ感のある目を引く目元、鮮やかなさくらんぼ色のツヤツヤグロスで肌の白さを際立たせる。
出来上がった私の顔は、今まで見たことないくらい輝いていた。
髪の毛も艶を出すためにヘアオイルを塗り込み、淡いピンク色のリボンを三つ編みに編み込んだハーフアップの髪型にして、小花の装飾を散らしてくれた。
「すごいわ、まるで別人のよう。こんなにも綺麗にお化粧してもらえると、自信が出てくるわ。本当にありがとう、希愛」
感動のあまり泣きそうになったが、お化粧が崩れてしまうのでグッと堪える。
ユリルもルルリア様も絶賛してくれ、リオネル様は私を見て何も言わずに抱き締めた。
ぎゅうぎゅうに抱き締められながらも、私もリオネル様の背中へ手を回す。
せっかくのウエディングドレスが皺になるとルルリア様に叱られ、リオネル様は恥ずかしそうに私から離れた。
「どうされました?エレノア様」
式の途中、私が思い出し笑いをしたのを見て、リオネル様が怪訝そうに顔を覗き込む。
「いいえ、あまりに幸福でまるで夢みたいと思ってしまったの。私はずっと暗い世界にいたのに、希愛に出会ってクロフォード公爵家の皆様に温かく迎えられて、こんなにも毎日が楽しく輝いて見えるんです」
リオネル様は私の腰に手を回すと、優しく抱き寄せて口付けする。
「あなただって私たちに幸福を分け与えて下さいました。私たちだけじゃない、他の方たちにもあなたの優しさは伝わっています。これからもどうか、花のように可憐に、太陽のように暖かく私たちを照らして下さい。私も全力であなたをお守り致します」
私とリオネル様は再び口付けを交わす。
私の魔力に反応して、会場である王宮の大広間の天井から金色の光が差し込み、飾られた薔薇の花びらがゆらゆらと舞い踊る。
あまりの荘厳な景色に参列した人たち皆が歓声を上げた。
これから、私とリオネル様の輝かしい未来が刻まれる。
リオネル様に贈られたルビーの首飾りをそっと触り、私は祈りを込めた。
――この幸せが、ずっと続きますように。
読んで頂き、ありがとうございます!
番外編もありますので、お楽しみにお待ちくださいませ!




