【2】不思議な少女
エレノアが不思議な少女に出会います。
今の私はボサボサ太眉に、アイシャドウはオレンジ色に濃く塗られていて、肌は雪のごとく真っ白、まるで道化師のお面のような風貌である。
猫背気味に背中は曲がり、あまり外にも出ないために血色の悪い青白い肌をしており、そこに白粉を叩いているから余計に死霊のような雰囲気を出していた。
このようなお化粧にするよう私に強制したのは、腹違いの妹であるユリルだ。
日頃から私を『不細工』や『醜い顔』と罵っているユリルは、パーティーの日の朝に自身のお化粧道具を持って、私の部屋へいきなり押し入ってきた。
私の母は伯爵である父の妾、ユリルの母は正妻だった。
そのせいで、ユリルは幼い頃から私を目の敵にしていた。
ユリルは幅の広い二重に、大きなアーモンドのような愛らしい目を囲む長いまつ毛、頬は血色の良い桃色で、通り掛かる誰もが振り向く美貌の持ち主で、社交界では『花貌の姫』と呼ばれるほど美しい娘だった。
「お姉様は満足にお化粧道具をお持ちではないでしょうから、私が手ずからお化粧を施して差し上げますわ」
ユリルは楽しそうに笑いながら、お化粧道具を机に並べていく。
「まずは、そのくすんだ酷いお顔色を隠すために白粉を塗りましょう。それから、少しでも陰気臭い顔を華やかにする、鮮やかなオレンジ色のアイシャドウはいかが?お姉様のためにわたくし、お化粧道具をたくさんご用意致しましたの」
ユリルが指先を振るうと、いつの間にか控えていた侍女たちが私を押さえ付ける。
恐怖で顔が青褪め、ガタガタ震える私を見て、ユリルはますます楽しそうに目を細めながら「遠慮なさらないで」と、私の顔に白粉を叩き始めた。
(こわい…こわいこわい……助けて…誰か…)
私は強く押さえ付けられ、抵抗出来ずにユリルの思うままにお化粧をされ、出来上がったのは先ほどの白い顔色の道化師のような見た目だ。
「まぁ、お姉様!とても素敵におなりよ!これならアデル様もご一緒にダンスを踊って下さるんじゃないかしら?せっかくお化粧したんですもの、お姉様もパーティーに行きましょう」
ユリルは頬を赤くしながら口元を押さえ、クスクスと笑いながら部屋を出て行き、侍女たちもニヤニヤ私の顔を見ながら続いて行った。
廊下から侍女たちの大きな声で笑う様子が聞こえたとき、私は悲しくて悔しくて泣かないよう唇を噛んで必死に耐えた。
ふと横を見ると、いつの間にか用意されのか、流行遅れのドレスと、まるで子供のオモチャのような宝飾品がベッドの上に置いてあった。
私は普段からお化粧をしないせいで、お化粧を落とすための薬草で作られた化粧落としなど持っていない。
お湯で無理やり落とすにも、お湯を汲みに行く間に使用人たちに見咎められてしまう。
(いいわ…どうせ、私は誰からも期待なんてされていない……この顔を笑われることには慣れているもの…)
私は何もかも諦めて顔を上げると、ユリルの用意したドレスに素直に着替えた。
ユリル自身は流行の高級なお化粧道具で自慢の相貌を美しく彩って、私と共にパーティー会場へ向かう馬車に乗った。
***
(はぁ…)
泣き疲れ、歩き疲れた私は深くため息をつき、頭を抱えて項垂れた。
このまま家に帰っても、父に罵倒されることは目に見えていた。
アデル殿下から婚約破棄されることは承知していても、私がネヴィル伯爵家の恥を晒したことを許してもらえるとは思えなかった。
それに、家に一人も味方のいない私に居場所がある訳がない。
(なんて、無様なのかしら…)
もういっそこのまま死んでしまおうかと、昏い目を空へ向けたとき、不意に後ろからガサガサと物音がして、私は文字通り飛び上がってしまった。
慌てて振り向くと、見慣れない容姿の少女がこちらに向かって歩いて来ていた。
金色に近い茶髪に、ブラウンの大きな瞳、まつ毛は上向きに濃く揃っており、薄茶色と濃い茶色のグラデーションが綺麗なアイシャドウを塗っている。
透明感のある肌の白さが際立ち、少女の美しい見た目にしばし見蕩れてしまった。
少女は私に気が付くと足を止め、まるで珍妙な生き物を見るような目で凝視した。
私は、「あぁ、またか…」と少し胸が苦しくなった。
醜い顔と酷いお化粧、似合っていないちんちくりんなドレス姿の私を見て、恐怖するか不快感を顕にするかの二択だろう。
私は顔を俯けて一礼すると、走り出そうと踵を返しかけた。
「あ!ちょ、ちょっと待って下さい!!!」
茶金髪の少女は慌てて私に走り寄ると、私の頬を両手で挟んでジロジロと見始めた。
私はびっくりして口をパクパクさせ、逃げようと身動きしたが、存外少女の力が強い。
少女は真剣な目で私の肌を見つめて、「これってトクシー社の白粉ですか?」と聞いてきた。
(トクシー社?)
トクシー社ってたしか、貴族の女性向けに白粉や紅などお化粧品を製造販売している会社だ。
お化粧品というより、屋敷で家庭教師もいなかった私は世情に疎く、化粧品会社といったらトクシー社しか知らない。
しかし、ユリルが持ってきた白粉の入った器にはトクシー社の紋章ではなく、見たことのない紋章が描かれていたので、おそらく違う化粧品会社のもののはずだ。
私は首を横に振って『違う』と意思表示をする。
「へ?あれ、違います?…おかしいな、この質感の白粉は、今はもう禁止されてるはずなんだけど…」
茶金髪の少女は腕を組んでうんうん唸ると、突然ポンと手を打って私の手を引いてベンチに座らせた。
「まぁ、詳しくはあとで調べるとして、とりあえずその白粉は危険なので落としちゃいますね。私、色々とメイク道具持ち歩いてるんで安心して下さい!」
少女のニコッと笑う顔が人懐っこくて何だか可愛らしい。
気の抜けた私は大人しく座って、道化師になってしまっているお化粧を落としてもらうことにした。
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