【19】聖女の声
王宮へ向かおうとするリオネルの元へ、クラウスが剣を振り翳して襲う。
家令のエルトンから全ての事情を聞いたリオネルは、念のために集めておいた兵たちを屋敷に待機させていた。
もちろん、リオネルは戦などするつもりで集めたのではなく、アデルの罪を暴くときに、エレノアの身の安全を守るために用意したものだ。
王宮へ向かったというエレノアと希愛の安全が心配だった。
アデルのことだからエレノアたちを害するようなことはしないと思うが、リオネルが王宮へ行くとなったら、何をしでかすか分からない。
今はまだアデルは王宮で何も知らずに、能天気にワインでも傾けているだろうと安易に構えていた。
しかし、王宮へ向けて出発しようとしたところで、外に見張りで出ていた衛兵が血相を変えて飛び込んで来た。
「リオネル様!大変です!そ、外に、アデル王太子殿下の兵たちが!」
「何だって?」
窓の外を見ると、遠くの方で数は多くないが、馬に乗った兵の集団が見えた。
掲げている旗には、アデルを象徴する紋章が織られていた。
「馬鹿な。行動を起こすのが早すぎる。勝算があると踏んだのか?」
リオネルは兵たちと共に外へ出て、アデルの兵たちを待ち構えた。
アデルの兵たちの先頭を走り誘導するのは、副騎士団長のクラウスだった。
クラウスはリオネルを見るやニヤリと口元を歪め、剣を振り翳した。
「下劣な謀反人め!やはり兵を集めていたな。お前の好きにさせるものか。既にエレノア様はこちらの手に渡った。もう貴様は聖女の力を使うことは出来んぞ!」
クラウスの振るう剣を、リオネルは持っていた己の剣で振り払った。
「待て!私は貴殿と戦うつもりはない!アデル殿下はどこにおられる!」
クラウスはその問いに答えることなく、ニタニタと笑っている。
何か様子がおかしい。
それはクラウスだけではなく、周りの兵たちも同様だった。
目が虚ろで、しかしギラギラしていて、体の動きも異様に俊敏だ。
その様子を見て、リオネルはある可能性に思い至った。
まさか、筋力増加や集中力を無理やり上げるという違法薬物を服用しているのか?
ユリルが飲まされそうになった『煙草の葉』について調べたとき、他にも有害とされる違法薬物の存在を知った。
筋力増加の薬物は、腕などに直接注射しているのかもしれない。
『ホルモン剤』、『ステロイド剤』と呼ばれているものだが、長期的に使用すれば身体に悪影響を及ぼす。
恐らくクラウスは、アデルに命令されて薬物を服用したのだろう。
王太子の命令とはいえ、これは国家に反することだ。
「そこまで堕ちたか、副騎士団長クラウス!お前は王家を、王族を守るために存在しているのだろう!アデルのしていることは、無辜の国民を混乱に陥れようとしているのだぞ!お前までその片棒を担ぐのか!」
クラウスは怯むことなくリオネルに剣を振り続けた。
碌にリオネルの姿も見えていないはずなのに、クラウスの剣は鋭くリオネルの首を狙ってくる。
周りのクロフォード公爵家の兵たちも、同じように違法薬物を服用した兵に襲われ、怪我をしている者もいた。
「くっ…!」
つい余所見をしてしまったリオネルは、前日の雨でぬかるんだ地面に足を取られ体制を崩した。
クラウスはその瞬間を見逃さず、リオネルの剣を振り払う。
リオネルはあっという間に兵たちに体を押さえられた。
「リオネル、あなたには死んでもらわなければならない。それが、アデル殿下の望みだから…」
頭を押さえつけられたリオネルの首を狙って、クラウスが剣を振り上げる。
「おやめなさい!!!」
突然響き渡った大声に、たった今、振り下ろさんとしたクラウスの腕はピタリと動きを止めた。
リオネルと、周りのクロフォード公爵家の兵たち以外は、皆クラウスと同じように固まった。
「な、何だ!?体が…!」
クラウスたちは混乱したように顔色を悪くし、一斉に冷や汗を零し始める。
リオネルが助け出され顔を上げると、息を切らしたエレノアが走り寄って来るところだった。
「リオネル様!ご無事ですか!?」
護衛騎士たちがリオネルを起こして、クロフォード公爵家の兵たちはアデル殿下の兵を取り押さえ、縛り付けた。
クラウスも縛られ、悄然と項垂れたように座り込んだ。
私はすぐにリオネル様に駆け寄り、服が汚れるのも構わず抱き締めた。
リオネル様も私を抱き返し、安堵したように頬擦りする。
「良かった…あなたが無事なら、本当に良かった…」
「ごめんなさい。やはり、リオネル様がお帰りになるまで待つべきだった」
私は涙目でリオネル様を見つめた。
リオネル様は優しく微笑んで見つめ返す。
「いえ、あなたのお陰でアデルは今日まで兵を動かさず、機を見ていたのでしょう。一時は危なかったですが、これでアデルの罪を暴くことが出来ます」
リオネル様は私を腕に抱き、クラウスを見下ろした。
クラウスは血の気の失せた白い顔で俯き、ブツブツと独り言を言っていた。
「…もう終わりだ……俺は、あんなに尽くしたのに、なんで…全部、全部全部全部アデルのせいだ……あのクソガキめ…」
リオネル様は彼らが違法薬物を服用して、精神異常をきたしているのだと教えてくれた。
それを聞いて私はやはり、と思った。
アデル殿下が少人数にも関わらず、事前準備も疎かにして兵を動かしたのは、違法薬物を使って兵を無理やり強化したからだろう、と。
おまけに聖女様の癒しの力を持つ私がいるから、これならば無敵だとでも思っていたのだ。
あまりの愚策に呆れと怒りで目眩がする。
それはリオネル様も同じようで、ため息をついて拘束された兵たちを連れて行くよう指示していた。
「リオネル様、エレノア様。まずはお召し物を変えましょう。王太子殿下に謁見するのに、そのような格好では、クロフォード公爵がお叱りになりますよ」
エルトンがにこやかに微笑みながら歩み出て、屋敷の方へ手を差し伸べる。
リオネル様も私も、服や顔が泥だらけで、このままでは風邪を引いてしまう。
リオネル様はふっと表情を和らげた。
「そうだな。アデル殿下は美しいものがお好みだから、とびきりの正装でなくてはな。希愛、エレノア様を頼めるかい?」
「はい。お任せ下さい」
希愛が得意げに微笑んで見せた。
私は屋敷に戻る前に負傷した兵たちの怪我を治すために魔力を使った。
血が止まらずぐったりとしていた兵の1人が、みるみるうちに回復し、傷痕も残らず治ったのを見て喝采が起こった。
「エレノア様!聖女様、万歳!あなたは神の祝福を受けた方です!」
泣くほど感謝され、兵たちは口々に私を称えてくれた。
「あなた方もしばしの休憩をお取りになって。無理をしてはダメよ」
そう言って私は希愛に先導されながら屋敷に戻った。
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