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【12】聖女の証明

いつもより少し長いです。


「クロフォード公爵家の親善パーティーに、私が?」



希愛(のあ)がリオネル様に私の癒しの力について報告した翌日に、私はリオネル様に呼ばれていた。


濃紺の衣服に身を包んだリオネル様は、まるで舞台役者のような優雅な雰囲気だ。


リオネル様は私の力について驚いた様子だったが、真剣な顔で頷くと、他言しないよう他の者たちにも伝えると言ってくれた。


それから、来週にあるクロフォード公爵家主催の親善パーティーに、私もぜひ参加して欲しいと言われたのだ。



「はい。我が公爵家のパーティーに、立派な淑女になられたエレノア様もご参加頂ければ、今までエレノア様に辛く当たってきた方たちも、きっと見直して頂けると思ったのです。…それに、エレノア様は私の婚約者になられたので、ぜひ皆様にご紹介しなければと思いまして」



少し顔を赤くしながらリオネル様が言ったのに対して、私はそれ以上真っ赤になって俯いた。


そう、あの日から少しして、私はリオネル様から正式に婚約者になって欲しいとプロポーズされた。


今付けているピンクサファイアのブレスレットは、そのとき贈られたものだ。



金の繊細な細工の施された腕輪に、優しく淡いピンクサファイアが花を(かたど)って散らされている。


私からもリオネル様へ、蝋梅(ろうばい)を象った琥珀があしらわれたカフスボタンをお渡しした。


『ウィンタースウィート』とも呼ばれる蝋梅は、その名の通り冬に甘い香りを放つ特徴を持つ花だ。


花言葉に『慈愛心』や『先導』があり、クロフォード公爵家次期当主として人の上に立つ素質を持ち、人々に決して優劣を付けない慈愛に満ちたリオネル様にピッタリだと思ったのだ。



もちろん、『リオネル様がいつまでも健やかに、幸せにいられますように』と、おまじないを込めた。


リオネル様はカフスボタンを手に取り、溢れるような笑顔で喜んでくれた。



「ありがとうございます。一生涯、大切に致します」



そう言って私の手の甲にキスを落とした。





そのカフスボタンを袖に付けながら、リオネル様は私と一緒に親善パーティーでダンスを踊って欲しいと言ってきた。



「もちろんです。私、一生懸命ダンスを練習します」



ダンスは基本的なステップや、ワルツやメヌエットなど舞踏会でよく踊るものを家庭教師から教わった。


リオネル様は安堵したように胸に手を当て微笑んだ。


衣装についてはルルリア様と相談することになり、私はさっそく気合いの入ったルルリア様と共にドレス選びに向かった。




「ダンスを踊るのでしたらフレアスカートがよろしいですわね。くるりと回転したときに、スカートがふわりと広がって上品かつ優雅なのですわ。エレノア様の美しい栗色の髪の毛や白い肌が映えるように、ピンク色の生地はいかがかしら?」



ルルリア様は自分のことのように楽しそうにドレスを選び始める。


私は着せ替え人形のように、次々とルルリア様から渡されるドレスを、姿見鏡を見ながら体に当てていく。


傍らでは希愛も真剣な表情で見守り、時折興奮したように横から割って入る。



「エレノア様はウエストが細くいらっしゃるから、コルセットがあまり必要無いですね。うわ!このドレスなんて、裾のレース飾りが美しいです!ダンス映えしそ〜!」



「あら希愛ったら、さすがお目が高いわ。こちらのドレスは、流行の色で染めた一点物ですのよ!確かに、エレノア様に大層お似合いだわ」



ルルリア様から、袖の部分と裾に美しいレースがあしらわれた淡いピンクのドレスを渡された。


腰の部分には細いリボンが巻かれ、そこからふわりとスカートが広がっている。



「きれい…」



初めて見る美しい可憐なピンク色の生地が使われた、可愛らしさと淑やかさが合わさった豪奢なドレスにしばし魅入ってしまった。


しかし、今ルルリア様はこれを一点物だと言った。


さぞかし高価なものに違いないと、着るのを辞退しようかと思ったが、あろうことかルルリア様はこのドレスを差し上げると言ってきた。



「そんな!私には勿体ないものです!」



ひたすら恐縮する私に、ルルリア様は朗らかに笑いながら、「先日のハンカチのお礼をさせて下さいな」と、半ば押し付けるように私にプレゼントしてくれたのだ。



「ありがとうございます。大切に着させて頂きますね」



生まれてこの方、こんな素敵なドレスを着たことも、貰ったこともない私はとても嬉しかった。


希愛はさっそくこのドレスに合うお化粧をイメージし始めて、いつもの黒いカバンを漁っていた。



「今回のパーティーは、エレノア様とリオネル様の婚約発表も兼ねてますからね。より一層、気合を入れてメイクさせて頂きますよ。…うーん、ピンク色のドレスだから、目元はブラウン系の方がいいかな。グロスも少し淡い色にして、ハイライトもライラックピンクで華やかさをプラスする方向で…」



希愛は何やらブツブツ言いながら真剣にお化粧品を吟味していた。


それを尻目に私はルルリア様に、リオネル様からのプロポーズについて質問攻めを受けていた。



「あのお兄様がどんなプロポーズをしたのか、わたくしとても興味がありましてよ。エレノア様はこんなに素敵な方ですもの、お兄様が恋心を寄せるのも頷けますわね。お二人が結ばれて、わたくし自分のことのように嬉しいのですわ!」



リオネル様と婚約が決まったと報告したとき、ルルリア様は誰より喜んでくれて、希愛も家令のエルトンも、他の使用人たちも涙ぐんで祝福してくれた。


私はリオネル様から頂いたブレスレットを触りながら、プロポーズの言葉を思い出していた。




ある日、リオネル様といつものように庭園をお散歩していると、リオネル様は私をとある場所に連れて行った。


そこは庭園の中にある温室で、白や紫の胡蝶蘭が艶やかな姿を見せている。


そこでリオネル様は私の手を優しく取り、少し気恥しそうに微笑んだ。



「これからも僕の隣で、僕と一緒に人生を歩んで頂けませんか。あなたのことを、一生をかけてお守り致します」



リオネル様の温かい言葉に胸が高鳴り、私は溢れる涙を拭うことなく頷いた。


今までの人生でこんなにも幸福を感じた瞬間はないと思うほど、私の心は幸せに満ち溢れていた。



「はい。私もリオネル様と共に、道を歩んで行きたいと思っております」



温室の中にふわりと優しい風が吹き抜け、胡蝶蘭が揺れる様子は、まるで私たちを祝福してくれているようだった。


二人の未来への希望が、胡蝶蘭の甘い香りと共に温室の中を満たしていた。




私は顔を赤くしながらルルリア様にプロポーズ様子を掻い摘んで話すと、ルルリア様は目をキラキラさせて喜んでいた。



「それじゃあ、そちらのピンクサファイアのブレスレットは、そのときにお兄様から頂いたものでしたのね。さすがお兄様だわ。ピンクサファイアの石言葉は、『愛嬌』や『優しさ』ですもの、エレノア様にピッタリな宝石ですわ。エレノア様とお兄様が結ばれるなんて、本当に良かった…」



ルルリア様が再び噛み締めるように言った。


聞けば、以前リオネル様には侯爵家令嬢との縁談の話が上がっていたそうだ。


しかし、クロフォード公爵やリオネル様はあまり乗り気ではなく、侯爵家が無理やり話を持ってきたもので、多額の持参金をチラつかせて迫ってきたらしい。



「お兄様の周りにはそうした下心で近付いて来る者たちばかりでしたのよ。クロフォード公爵家の親戚になって、権力を手にしたいという野心ばかりで、ちっともお兄様のことを知ろうともしない。だから、お兄様はとてもお悩みになっていらしたの」



そんな光景をルルリア様も目の前でたくさん見てきた。


王弟殿下を支持する派閥の中に、こうした下卑た野望を持ってクロフォード公爵家に近付き、リオネル様やルルリア様に縁談を持ち込もうとする者がいるという。


クロフォード公爵もその昔、同じようなことでかなり苦労したそうで、息子や娘に同じことがないよう厳しく教育してきた。



「でも公爵家ともなれば、結婚にいちいち恋愛感情なんていらない、女は子供だけ産んでいれば良いって言われたこともあったんですの。それじゃあ、生まれてくる子供が可哀想だわって、わたくしそれだけは、どうしても許せなかった」



「そんな酷いことを言う方がいらしたんですね…」



私も目の前でそんなにことを言われたら憤慨していたかもしれない。


貴族なのにデリカシーの無い方もいるもんだと思っていたら、その相手がアデル殿下だと聞いてひっくり返った。



「お、王太子殿下ともあろう方が、そんなことをルルリア様の前で仰ったのですか?」



私はやっとの思いで声を発した。



「そうなんですの!全く酷い方よね、アデル様って!普段あんなに女性に目がないのに、常に女性のことを下に見てらっしゃるの。そのときはお父様が大層お怒りになって、アデル様に厳しく叱責して、国王陛下とも大喧嘩されたそうだけれど」



あんなに温厚なクロフォード公爵を激怒させたのだから、周りの家臣たちも冷や汗が止まらなかっただろう。


女性蔑視を平然と宣う方が未来の国王だなんてと、エタルルーシェ王国の将来を案じて私は頭痛がしてきた額を押さえた。


リオネル様のような方が国王になれば、きっと王国も安泰なのにと小さく息をつく。



「リオネル様は決して人を差別なんてなさらないです。昏い孤独にいた私を救い出して下さったように、きっとどんな方にも手を差し伸べて下さるわ」



私の言葉に賛同するように、ルルリア様といつの間にか隣に控えていた希愛が頷いてくれた。



「エレノア様の仰る通りです。ルルリア様にここへ連れて来て頂いたときも、リオネル様は私の健康を第一に心配して、いつでも困ったら言いなさいと気遣って下さいました。クロフォード公爵家の皆様に私は本当に良くして頂いてます」



希愛もアデル殿下の失言現場に居合わせたそうで、危うくアデル殿下に殴り掛かりそうになったほど(いか)ったという。


素性の分からない希愛を暖かく迎えてくれたクロフォード公爵家に恩を感じているからこそ、希愛にはアデル殿下の言葉や国王陛下の態度が許せなかったのだろう。



「エレノア様だって決して他人を差別したりしない、慈愛心に満ちた方ですもの。お兄様ととてもお似合いでいらっしゃるわ。そんな方だから、神様もエレノア様に聖女様の癒しの力をお与えになったのだわ」



ルルリア様に言われて私はハッと思い出した。


そういえば、私の聖女の力が本物なのかどうか分からなかったとき、希愛が夢でまた神様に会ったのだと言っていたのだ。



白金の輝かしいオーラを纏った神様は、私が本物の聖女で間違いないと、目覚めさせてくれてありがとうと希愛に対して言ったそう。



「神様はエレノア様の聖女様としての力である『魔力』を、周りの方々にも可視化出来るようにしたそうです。エレノア様が強く念じれば、その魔力が色を纏って見えるようになると」



私は手の平に力を込めるイメージをして魔力を集めた。


すると、暖かな桜色の光が手の平に広がり、大きな円を描きながら煌めき、ふわりと渦を巻いた。



「ほ、本当に出来た…」



「これが『聖女様の癒しの力』です。私やルルリア様、リオネル様に下さった装飾品やハンカチには、この魔力が宿っているのです。持ち主に健康や安全、心の安寧をもたらしてくれます。もっと極めれば、怪我や病を治したりも出来ると神様は仰ってました」



とんでもない話になってきたと思った。


これで私が『聖女様の癒しの力』を持っていると証明されてしまったのだ。


突然の重責に、私の額にはドッと冷や汗が吹き出す。



聖女様は国が傾いたときに現れ、癒しの力で復興に導いたという伝説がある。


ともすれば、この国で反乱や戦が起こるかもしれないのだ。


私はその可能性について二人に話した。



「聖女様の伝説については存じておりましたが、確かに、反乱や戦の可能性は危惧しておくべきですわね。お兄様にもお話しましょう」



その後、ルルリア様がリオネル様に私の力のことや戦の可能性について報告してくれた。


聖女様の伝説についてリオネル様は、「皆様、このことはどうかご内密に。私も何か不穏な動きがないか、王家に探りを入れてみます」と言ってくれた。


来週に催される親善パーティーには、アデル殿下も来る予定だというので、そのときにアデル殿下に聞くつもりだそうだ。


パーティーの日が待ち遠しいような、何やら恐ろしいようなそんな複雑な気持ちのまま、私は残りの日々を過ごした。


読んで頂き、ありがとうございます!


エレノアの不穏の予感は的中するのか。

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