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【11】聖女の癒しの力

エレノアの力とは一体?


「トクシー社の白粉(おしろい)は、ユリル様が購入したものではない?」



リオネルは自室で家令のエルトンから報告を聞いて驚いた。



「はい。隠密の者に探らせたところ、ユリル様が隠し持っていた白粉は、確かにトクシー社の鉛白入りのものだと判明致しました。しかし、購入履歴を調べたところ、ユリル様はおろか、ネヴィル伯爵家が購入したという記録はありませんでした。ですので、おそらくですが、ユリル様がどなたから贈られたものではないかと」



トクシー社の白粉が危険だと発覚したのはここ2、3ヶ月ほどのことだ。


最近手に入れたというのであれば、購入履歴や領収書が残らないように密かに入手するだろうが、エレノアから聞いた話では、ユリルは流行に敏感で、色々な化粧品が発売されるとすぐに購入していたという。


だとすれば、トクシー社の白粉も発売直後に購入しているはずだ。


しかし、隠密の者が調べたところ、ユリルはトクシー社の白粉を購入してはいない。


白粉が発売された日はユリルの誕生日が近いことから、もしかしたらユリルへの誕生日プレゼントとして、誰かが贈ったのではないだろうかということらしい。



「なるほど。ユリル様は何らかの手段でトクシー社の白粉を手に入れ、後にそれが人体に危険と分かり、別の化粧品会社の容器に移し替えて、エレノア様に無理やり塗ったのか。誰かに贈られたものなら自分に履歴が残らないから、隠し持っていても安全と高を括ったのかもしれないな」



愚かしい、とリオネルは吐き捨てる。


自分で購入したものではないとはいえ、それを危険と知らされていながら隠し持ち、悪意を持ってエレノアに近付けたのは明白だ。


到底、許せる行為ではない。



希愛(のあ)から預かったエレノアが付けていた白粉からも、鉛白の成分が検出されたという。


これで、ユリルがトクシー社の白粉を隠し持っていたことは決定的になった。



すぐにネヴィル伯爵家に訴状を送るよう、リオネルはエルトンに指示をした。


そのとき扉がノックされ、エルトンが取り次ぐと、隠密の者がやや慌てた様子で報告に訪れた。



「申し訳ありません。すぐさまご報告した方が良いと判断致しましたゆえ」



「構わないよ。なんだ?」



隠密の者は静かに息を整えて報告する。



「ユリル様にトクシー社の白粉を贈られた方は、アデル王太子殿下だと判明致しました。そして、ネヴィル伯爵家に潜入した者が申しますには、もう既に白粉は処分されてしまった、とのことです」



「少し遅かったか。物が見つかれば言い訳が出来ないと思ったのだが、処分されてしまったのなら仕方がない。肝心のユリル様はどうしてる?」



「それが…」



隠密の者は少し口ごもった。



「どうしたんだ?まさか、逃げた訳ではあるまい?」



ユリルがクロフォード公爵家の探りに勘付いて、慌てて証拠を隠しているのかと思ったが、そうではないらしい。



「白粉を処分したのはおそらくパーティーの日の夜だと思われます。ネヴィル伯爵家の使用人から証言を取れたので確かかと。それと、ユリル様なのですが、どうやらここ数日体調を崩しているようで、自室のベッドに臥せたままだというのです。まともに会話出来ないほどで、使用人たちも困り果てている様子でした」



健康で特に持病もないユリルは、ある日から急に塞ぎ込むようになり、食事もまともに摂れず、医者に見せても原因が分からないということだった。



「一体、彼女に何があったんだ」



隠密の者にさらに探りを入れるよう指示をして、リオネルは顎に細い指を当てた。


仮病を装ってるにしては、何かおかしい。


病に臥せているというのが本当なら、今のユリルを問い詰めても重要な証言を得られるとは思えない。



「アデル殿下なら何か知っていらっしゃるかもしれないな」



ユリルはアデルの現在の婚約者だ。


宝石だけでなく、美しい女性にも目がないアデルは、ユリルに特に入れ込んでおり、数日おきに会っているらしい。



「リオネル様、クロフォード公爵家主催の親善パーティーが来週末にございます。そちらに殿下をお呼びして、その際にお聞きすればよろしいのではありませんか?」



エルトンの提案にリオネルは頷いた。


毛嫌いしているクロフォード公爵家のパーティーにアデルが来るかどうかは賭けであるが、公爵家主催となれば多くの貴族の美しい令嬢が招待され、数々の美酒美食が振る舞われる。


単純なアデルならそれだけでホイホイとやって来るだろう。



「さっそくアデル殿下に招待状を送ってくれ。彼の好きそうな誘い文句をたくさん並べて」



エルトンは「承知致しました」と言って部屋を出て行った。


リオネルは窓の外の景色を見つめて、ため息をついた。



「…何だか、嫌な予感がするな」





***





希愛に温かいアールグレイを入れてもらい、桃と無花果のカスタードケーキを食べる。


爽やかな酸味と甘いクリームが口の中で広がり、頬が落ちそうな美味しさだ。



「美味しいです」



クロフォード公爵家に来てから、私の失声症は日に日に改善していき、今はもう短い言葉ならつっかえることなく言えるようになった。


あまり大きな声は出せないが、日常生活で困る程度ではない。



先日は、ルルリア様がハンカチのお礼にと、私を街へショッピングに誘ってくれた。


ちょうどリオネル様も街へ用事があるとのことで、3人で一緒に出掛けたのだ。


リオネル様が帰ってくるのを待つ間、ルルリア様と買ったものを見せ合いながら談笑した。


私は、久しぶりに人と楽しく会話することが出来て、とても嬉しくてはしゃいでしまった。



「エレノア様、ここに来てから笑顔が増えて、明るい雰囲気になられましたね。お声が出るようになって本当に良かったです」



希愛がアールグレイを新たに注ぎながら、嬉しそうに言った。



「ありがとう。まだ、なめらかに、話せ、ないけれど」



少し語尾が掠れてしまうが、これまでと違い、人とスムーズに意思疎通が出来る。


希愛やルルリア様、リオネル様たちのお陰だと感謝してもしきれない。



「皆様の、おかげで、す。ここに来て、本当に、良かった。ありがとう、ござい、ます」



クロフォード公爵家に来た当初は、戸惑うことも多かったが、希愛がいつもお化粧で私を明るい気分にさせてくれる。


そして、ルルリア様と美味しいスイーツを頂きながら楽しいお喋りをして、リオネル様と一緒に庭園の薔薇を見ながらヴァイオリンを弾く。



そんな日々が眩しくて、生まれて初めて心から『幸せ』だと思えることが出来たのだ。


ネヴィル伯爵家にいた頃は孤独で暗く沈んでいた世界が、今は色鮮やかに鮮明に見えている。



「まぁ、お礼だなんてそんな!わたくしだって、エレノア様のお陰で、あんなに苦しかった喘息が治りましたのよ。希愛だって、ご飯をあまり食べられなかったのが、たくさん食べられるようになったって言ってましたもの!」



ね?とルルリア様に問われた希愛が頷いたのに、私は驚いた。


確かに、希愛が食事をしているところを見たことはないが、侍女など使用人は主人の世話をしながら、合間に手短に食べることが多いので、希愛もそうしているのだろうと思っていた。


しかし、希愛はクロフォード公爵家に来る前から、お腹は空いてもあまり食欲が湧かず、小さなパンなどひとつ食べれば満足していたそう。



「たぶん、精神的な原因もあるのかなって思ってます。この前お話した通り、私は子供の頃から母親に容姿のことで色々言われてましたから。いわゆる『虐待』ってやつですよね。両親は離婚していて、母親とは二人暮しだったので逃げ場がなくて、かなり参ってました」



その頃から食事をしても味がせず、いつしか食事自体が苦痛になっていたと言う。



(この世界でも似たようなことを聞いたことがあるわ)



以前、ルルリア様が教えてくれたが、社交界では細い体型の女性が優美であるという風潮が強いのだという。


そのせいで、貴族の女性たちの中には、食事を抜いたり、スープとサラダのみの少ない食事量で過ごしている人もいるのだそうだ。


『体型は細くなくてはいけない』という偏った価値基準が、『強迫観念』になってしまっている。


希愛も母親から容姿について非難され、希愛自身も『綺麗じゃない自分が悪い』のだと思い込んでしまっていた。



「でも、自分なりにメイクを勉強して、自信が持てるようになったら、世界が変わって見えました。『ありのままでも良いんだ』って。でも、心のトラウマってなかなか消えなくて、食欲だけは治らなかったんですよね。それが、エレノア様からブレスレットを頂いてから、急激に体調が良くなって、あんなに味のしなかった食事がすごく美味しくてビックリしたんですよ!」


希愛ははしゃいだように言うと、急に真面目な顔付きになって私を見た。



「間違いなく、エレノア様には不思議なパワーがあります」



希愛が真剣な顔で言うものだから、思わず口をポカンと開けてしまった。



「ほら!希愛だってこう言ってますでしょ?やっぱりエレノア様は、御伽噺(おとぎばなし)に出てくる『聖女様』なんだわ」



ルルリア様までとんでもない発言をしてきた。



「聖女、様?私が?」



以前、希愛がこの世界に転移するときに、神様のような存在に出会って、説明された話に出てきたあの『聖女様』が私?


御伽噺に出てきた聖女様は、癒しの力で戦によって傾いた国を復興に導いた、女神のような方だ。


そんな崇高な存在と私が同じだなんて、ありえないだろうと笑って否定しようとするが、希愛もルルリア様も真面目な顔付きを崩さない。



「で、でも!私に、癒しの力、なんて、ありません!」



必死になって首を横に振るが、ルルリア様は力強く「いいえ!」と言い切る。



「希愛に差し上げたブレスレットに、エレノア様は『健康』と『安全』をお祈りしたのでしょう?わたくしのハンカチにも『健康』と『精神の安定』のおまじないを掛けて下さったと聞きましたわ。そのお陰で希愛もわたくしも、瞬く間に持病が治ったのです。これは間違いなく、エレノア様の『癒しの力』ですわ!」



興奮したルルリア様は、私の両肩に手を置いて宣言した。


私はもはやどうリアクションして良いのか分からず、顔を引き攣らせてしまう。


確かに、希愛にブレスレットをあげたときも、ルルリア様にハンカチをプレゼントしたときも、おまじないを掛けたとは言ったが、それがまさかこんな作用を及ぼしているとは思わかなった。


しかし、それだけでは2人の単なる思い込みでは、と卑屈に考えてしまう。



「自信をお持ち下さい、エレノア様。あなた様は確かに素晴らしいお力をお持ちなのです!私やルルリア様はそのお力で救われました」



希愛はもはや泣きそうな表情で言った。


私が人を癒せることが出来ると言われて、とても不思議な気分になった。


自分には何の才能も無くて、何も出来ないと思い込んでいたのに。



じんわりと温かい嬉しさが胸に広がった。



「お兄様にもこのことをご報告した方がよろしいわね。もし、外部の方にエレノア様のお力のことが知られたら、何を仕掛けてくるか分かったものじゃないもの」



ルルリア様はネヴィル伯爵家のことを思い浮かべたらしく、眉間に少し皺を寄せて言った。


もし、私が聖女様の癒しの力を持っていると知ったら、ネヴィル伯爵家は強引にでも私を連れ戻そうとするだろう。


私の力は利用価値が高いと、何をさせられるか考えただけでも恐ろしい。



「私がリオネル様にお伝えしてきます」



希愛は足速に部屋を出て行き、私はルルリア様と他愛ない会話を続けながら、その後ろ姿を見送った。


読んで頂き、ありがとうございます!


少し長くなってしまって、申し訳ありません。

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