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【10】練り紅

ユリルのターンです。


「お姉様はいつまでクロフォード公爵家に居座るおつもりなのかしら」



ユリルは苛立たしげに爪をカチカチと机に叩く。



あのパーティーの日に、ユリルの腹違いの姉であるエレノアは、突然クロフォード公爵家に滞在することになったと報せが来た。


何でも、クロフォード公爵家の嫡子であるリオネル様の妹、ルルリア様と仲良くなったとか。



「ありえないわ」



あの醜い化粧を施した陰気な姉が、ルルリア様と仲良くなるなんて。


碌に礼儀作法も知らないくせに、あの王弟殿下の令嬢と仲良くなるなんて有り得るわけがない。


どうせ卑しい姉のことだから、公爵家に取り入ろうと汚い手段を用いたに違いないと、ユリルは憤慨した。



ユリルは数日後にアデル殿下と会う約束をしている。


そのときにアデル殿下に告げ口をして、エレノアに何か嫌がらせをしてもらおうと考えた。



ユリルは大きくため息をつくと、気晴らしに街へ買い物に行くことにした。


アデル殿下に会うために新しい宝飾品が欲しいのだ。



とにかく美しい宝石が大好きなアデル殿下を喜ばせようと、ユリルは常に色とりどりの宝飾品を着飾るようになった。


今日は真っ赤なルビーが嵌め込まれたネックレスを買おうと決める。



侍女を伴って馬車に揺られ、王都の街へ向かう。


馬車から降りて目的の店に向かいかけて、ユリルの足は突然止まった。


ユリルの少し先を歩いているのは、姉のエレノアではないか?



見覚えのある癖のない栗色の髪は艶があり、風に優雅に揺れていた。


時代遅れのほつれたドレスではなく、最先端の洗練されたシンプルなデザインのワンピースに、繊細で美しい刺繍が施されたシルクの日傘を差している。



「…どういうこと。あれは、誰?」



エレノアは隣にいる豊かな金髪の可憐な少女と何やら楽しそうに談笑していた。


その横顔がユリルにもはっきり見える。



エレノアはくすんだ顔色ではなく、健康的な血色の良い、透明感のある美しい肌になっていた。


眉毛も整えられ、細かった目はパッチリとして、頬と同じ柔らかいピンクローズに彩られている。


いつも猫背の陰鬱とした表情だったエレノアが、背筋も伸び、立ち振る舞いも表情も完璧な淑女になっていた。



仲良く談笑している二人の元に、まるで絵画から飛び出してきたかのような白皙の美しい男性が歩いて来た。


男性とエレノアはお互い優しく微笑み合って会話をする。


その様子はまるで仲睦まじい恋人同士のようだった。



「…ねぇ、あの男性はどなた?」



ユリルは堪らず傍にいた侍女に聞く。



「あちらの方は、クロフォード公爵家のご子息であらせられるリオネル様です。お隣にいらっしゃる金の髪の方は、妹君のルルリア様ではないかと。そのお隣の方は、分かりかねますが…」



侍女はどうやらあれがエレノアだと分かっていないらしい。


3人は立ち止まるユリルには気が付かないようで、傍らに停めてあった馬車に乗り込むと、すぐに向こうへ行ってしまった。



「ユリル様、お顔色が優れないようですが。お屋敷にお戻りになられますか?」



侍女が俯くユリルを心配そうに覗き込む。


ユリルは唇を噛み締めて顔をあげると、「そうね」と言って今来た道を戻った。


再び馬車に揺られながら、「帰ったらすぐに化粧品の商人を呼んでちょうだい」と侍女に指示した。



「醜いお姉様があんな美しいリオネル様と一緒にいるなんて間違ってるわ。あれは、本当のお姉様なんかじゃない」



花貌(かぼう)の姫』と称されるユリルより、エレノアが評価されるのは間違いだ。


ユリルは何よりエレノアの上に立たなければならない。



美しいもの好きのアデル殿下が、美しく変わったエレノアを見つけたら、ユリルを捨て、エレノアに鞍替えしてしまうかもしれない。


ユリルの心に焦りの波紋が広がった。


ネヴィル伯爵家の屋敷に戻り、しばらくして化粧品を扱う商人がユリルの部屋へやって来た。



「今すぐ私を、さらに美しく変える化粧品はある?どうしても欲しいの」



ユリルの唐突な願いに、商人の男は不気味に微笑むと、「もちろん、ございますとも」とカバンから丸い容器に入った紅い化粧品を取り出した。



「こちらは異国で流行りの口紅でございます。『練り紅』というものでして、水で少し濡らした筆にこの紅を取って唇に塗ります。口紅としてだけではなく、頬紅にも使用できるので、とても使い勝手がよろしいですよ。ユリル様は肌が白くいらっしゃるので、こちらの紅はとても映えるのではないでしょうか」



ユリルは見事な紅い色の練り紅を見つめた。


この国ではここまで濃い色の口紅はあまり見掛けない。


土から採った天然顔料の口紅ならあるが、あまり発色が良くないものが多い。


若干迷いを見せるユリルに、商人はさらに売り文句を並べていく。



「こちらは東方の異国では『ルビーを砕いた魔性の紅』とも呼ばれ、純愛や美を守護する女神の加護の力があるとされています。これを付けるだけで意中の殿方は、あなたしか目に入らなくなるでしょう」



いかがですか?と問われ、ユリルはすぐに頷いた。


さっそくユリルは筆で唇に少しずつ塗っていく。


口紅はすぐに馴染み、ユリルの白い肌と見事に調和していく。



「お美しゅうございます、ユリル様!」



隣にいた侍女が感嘆の声を上げた。



「これなら、エレノアより美しくなれるし、アデル様も私だけを見て下さるわ」



ユリルは鏡を見て不敵に微笑んだ。


読んで頂き、ありがとうございます!


ユリルの思惑はいかに。

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