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白き夜、告げられた終焉

第9話

 縁側に並んで座るふたりの肩が、ほんのわずかに触れ合っていた。

 夜の空気は冷たく澄んでいて、吐く息が静かに白んでいく。

 遠くで風が梢を揺らす音がして、それが、ふたりを包む静けさをかえって深くした。


 重衡の手がそっと動き、千寿の手を優しく包んだ。

 その指先は、わずかに震えていた。


「……千寿」


 その名を呼ぶ声はかすれて、ふるえるように儚かった。

 まるで、それ自体が風にさらわれてしまいそうなほどに。


「命の……期限が、迫っている」


 その言葉が落ちると、千寿の目にあっという間に涙が浮かんだ。

 信じたくない、でも、ずっと恐れていた言葉だった。


「そんな……」


 千寿は震える声でつぶやく。


「まだ……あと少しだけでも、こうしていたいのに……お願い……」


 涙がこぼれ、頬を伝って、縁側の木に小さな痕を残していく。

 重衡は、そんな彼女を見つめながら、微笑んだ。

 その微笑みは、やさしくて、悲しくて――

 もう先に進むしかない者の、静かな諦めと慈しみに満ちていた。


「お前と過ごせた日々は、……何よりも尊かった。

 あれほどの罪を背負ったわたしに、お前は光をくれた。

 それを胸に、最後まで……潔く、参るつもりだ」


 千寿は唇をかみ、声にならない嗚咽をこらえた。

 目を閉じると、いままで重衡と過ごした時間が、一気に胸に流れ込んできた。

 あの微笑みも、あの静けさも、もう戻らない。


「……嫌です」


 ぽつりとこぼれたその言葉に、重衡の手が、そっと千寿の頬に触れた。


「わたしだって、本当は……生きていたい。

 もっと、お前の笑顔を見ていたい。

 ……春の匂いのする風の中で、もう一度、お前と並んで歩きたかった」


 その声は、どこまでも静かで、切なかった。


「だけど……もうそれは、夢なのだな」


 千寿は、涙ににじむ目で、じっと重衡を見つめた。

 見つめずにはいられなかった。

 目を逸らしたら、もうその姿が消えてしまう気がして――


「明日が来ても……来なくても……わたしは、あなたを愛しています」


 声は震えていたけれど、その想いはひとつも揺らがなかった。

 重衡は、その手をぎゅっと握り返す。

 その力に、最後の名残のようなものがこもっていた。


「お前の愛を胸に、わたしは旅立つ」


 それは慰めではなかった。

 たとえ死が迫っていても、愛はここにある――そう語る、誇りと感謝の言葉だった。


 夜風がそっと吹き抜け、ふたりの髪を揺らす。

 雲間から月が顔を出し、まるで最後の祝福のように光を注ぐ。

 ふたりは、その光の中で、そっと額を寄せた。

 涙と吐息と、心の奥底からあふれた想いだけが、静かに交わされていく。


 別れは避けられない。

 それでも、今ここにあるぬくもりを、永遠に焼きつけるように――


 その夜、ふたりの想いは、誰にも届かぬ夜空に、確かに灯った。



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