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8 怖い話

 そのとき、仁は買い物から帰るところだった。


 気がつくとすでに夜になっており、明かりは少なくなってきた。街灯に照らされ、建物の壁に影絵が映る。なんだか、静かで不気味だ。人も車もほとんどない。仁は買い物袋を揺らしながらアパートにむかう。


 ふわあとあくびをひとつ。アパートとそのまわりのことには慣れてきた。この日常が普通のものになってきている。だから、そこに油断があった。


 シュルシュル……。シューッ……。キュルルル……。


 なんだろう、今の音は。振りかえって見ても、なにもいない。街灯に自分の影だけが伸びている。こないだのようにハルピュイアだろうか。でもそのハルピュイアは捕まえられて、今はゲーアのところにいるはずだ。


 シュルッ……シュー……ッ……。キュルキュル……。


 それにしても不気味な音だ。なにかを爪で引っかくような。風で布がこすれているような、獣の悲鳴のような。耳が痛く背筋が寒くなって、鳥肌がたってくる。まるで恐怖映画の効果音だ。じわじわと近づいてくる危機を予感させる。


 仁はなにもいるはずのない町並みが怖くなってきて、思わず足をはやめた。その足音に紛れてもうひとつの足音がついてくる。それはあっという間に仁に追いつき……突然、首筋にヒヤリと冷たいものが触れた。


「ひぎゃああああああ⁉」

「やあ、仁さん。こんばんは、いい悲鳴ですね!」


 飛びあがって振りかえれば、赤い目が笑っていた。吸血鬼のウガリだった。彼は「ドッキリ大成功!」と言わんばかりの表情で仁を見ている。カッと来て、仁は低い声でどなった。


「ウガリさん!」


 びっくりしたじゃないですかと言えば、ウガリは満足げにアイスを見せてきた。黄色と茶色の包装に、秋のモンブラン味と書いてある。コマーシャルでやっている新作だろう。さっきの冷たいのはそれか……。悪びれないウガリになにも言い返す気が起きず、仁はがっくりと肩を落とした。


「え、いつからついてきてたんですか」

「スーパーから出てくるところを見ましてね。霧のようになることなど、造作もないことですよ」

「へえ……」


 吸血鬼はコウモリなどに変身できる。そんなイメージは創作のものと思っていたが、実際にもいろいろなことができるらしい。


「いえ、言いすぎました。けっこう大変なんですけどね、怖い雰囲気は作ることができます」


 人間が一輪車乗るくらいですかね? とウガリは笑った。それはやったことがない人にはけっこう大変だ。吸血鬼の能力といえど、練習とか努力が必要なのかもしれないな。逆にいえば、できるようになれば自由自在なのだろう。


「怖い、ですか。うん、いいですね」


 ウガリがひとりでうなずき、にこにこと仁に持ちかける。


「今度、みなさんで怖い話でもしませんか?」




 さて、翌日の三〇四号室、ウガリの部屋。ウガリと仁のほか、牙狼と雪子と由羅、ヴィックが集まっていた。


 真っ暗な部屋、明かりはテーブルの中央にロウソクを模した電灯がひとつ。カーテンもぴったりと閉めきられ、テーブルを囲む六人の顔がぼんやりと浮きあがっているのが見えるだけだ。顔には深い影が落ち、いつもと違ってみょうに不気味に見える。


「怖い話ねえ……どうせなら夏にやりましょうよー」


 文句を言ったのは雪子だ。もっとも本気で不満なわけではないだろう。さっさとはじめましょうと、せかすようにウガリを見やる。


「いつやるとしても、怖い話はいいものです」


 ウガリは春夏秋冬それぞれのよさがあると言いながら、クジとサイコロを出してきた。サイコロはごく普通の一から六までの目があるやつだ。サイコロをテーブルにころりと転がし、ルールを説明する。


「クジを引いて、サイコロで出た目のひとが話しましょう」

「なるほど」

「いいよー」


 こうして秋の怖い話大会がはじまったのだった。




 ひとりずつクジを引きおわって、ウガリがサイコロを振った。コロコロと転がったサイコロは二を出して止まる。


「最初は二ですね。どなたです?」

「私」


 雪子がすっと手をあげた。暗いなか、五人の視線が雪子に集まった。雪子はゆっくりと息を吐き、おどろおどろしい口調をつくって話しはじめた。にまっと笑った顔がロウソク風の明かりに奇妙にゆがむ。


「じゃあいくね。実は私はそこのスーパーで品出しの仕事をしています」

「うん、知ってる」


 牙狼が軽く相槌をいれた。雪子は牙狼をちらっと見て、話を続けた。


「でも、お客さんが多いときとかはレジに入るんですよ。その日も列が伸びてたのでレジに呼ばれたんです」

「ふむふむ」

「そしたら……出たんです。例のお客様が。おつりを出すときに……手を握ってきたんですよ。包みこむようにぎゅって……」

「こわ」


 由羅がぼそっと言った。


「そして静かに笑うんです。『冷たい手の人って、心が温かいんですよね』って」

「こわー!」

「怖いっていうか」


 いや、待って、これ「怖い話をしよう」で一般的な話なんだろうか。仁はとまどいながらもなにも言い出せない。もっと不思議な現象とか幽霊とかの話じゃないの、こういうのって。いやでも、部屋に殺人鬼がひそんでいた系の怖い話もあるよな。じゃあ、これでいいのか?


「あ、でも、その日レジあわなかったのが一番怖かった。店長に残れって言われて、マジでゾッとしたもん」


 数え間違いだったからよかったけどと、雪子はロウソクを吹き消すまねをした。




「次は……五」

「あ……はい。俺です」

「ジンさんだー」


 仁は自分のクジの番号を確認し、すこしだけ前に出た。それからロウソクを見つめるようにして話しはじめた。昔、父から聞いた怖い話だ。


「ええと……じゃあ、話します。小学校って、昼間はにぎやかなのに、夜はしんと静まってて不気味ですよね。昔、ある小学校に忍びこんだこどもがいたんです。警備会社も入ってないような時代です。先生の宿直が廃止されたあとの話なのかな。ともかく、誰にも止められず、入ることができたんです。誰もいない学校に入って遊んでみたかったんだろうね。それで三階の自分の教室にいって、さあ、なにをしようかと考えたとき……」


 ぽつぽつと抑揚のない口調の話を、そこで一度切る。


「バンバンッて音がしたんです。驚いて見まわしても、当然、誰もいない。でも、バンバンッてずっと鳴ってる。そこで、その子は気づいてしまったんです。……窓に、たくさんの手形がついているのに」

「ガル夫さんじゃないですか?」


 由羅が言った。そうだった。牙狼が夜の小学校で走り回っていたのを忘れていた。


「さすがに三階の窓は大変だなあ……」

「わたしもやろうと思えばできますがねえ」


 牙狼とウガリはできるらしい。そっか、できるんだ。一気に気が抜けてしまった。


「あ、じゃあ、あんまり怖くなかった……?」

「いえ、怖いです。できるできないではなく、なにを考えているかわからないモノは怖いですよ。たとえ害のないモノだとしてもね」




 コロコロ……コロン。テーブルにサイコロがあたる音が鳴る。


「次は六」

「はい、わたしです」


 由羅が右目を隠す前髪をかきあげて言った。もぞもぞと座りなおしてから、すっと背筋を伸ばす。それから五人を見まわした。深く息を吸って一息に言い切る。


「前にいた現場、足場に柵つけてないし、ハーネスなくあがってたんです。怖い!」

「うわ、ヤバいじゃん」

「労働安全衛生法違反だねえ」


 やっぱり思っていたのと違うかもしれない。怖いといえば、すっごい怖いけど。


「人間をだますのはいいですけど、決めたことを守らないのは嫌なんですよねー」

「わかるー。契約は守ってほしい」


 あ、だますのはいいんだ。どういう基準なんだろうと仁は首をかしげた。


「ああ、いいですね。実に怖いですねえー!」


 ウガリは喜んで手をたたいた。


「ねえ、『本当にあった怖い話』ってそういうことなの?」

「幽霊の話がお好みで?」

「いや、お好みではないけど……」


 好きではない。さっきの手形の話だって、聞いたあとは自分の部屋にひとりでいられなかったのだ。決して好きではないのだが、こうやって集まって怖さを共有するのは嫌いではない。どこか秘密をわけあうかのようなドキドキ感がある。それは彼らとすこし距離が縮まったようで、嬉しくもある。


「幽霊も実在するものは精霊の一種ですし」

「実在するの?」

「しますね。人の念によって形作られた精霊といいますか。特に死者の念を指してそう言います。まあ、そんな念などもなく思いこみから生まれたりもしますがね」

「いるんだ……」




「今度は一、ヴィックさんですね」

「はい。あんまり怖くはないかと思うのですが」


 前置きをしながら、せきばらいをひとつ。それからヴィックは話しはじめた。


「私、小説を書いておりまして、読者さんからときどきファンレターが来るのです」

「それはすごいよね」


 うんうんと牙狼が相槌をうつ。仁もすごいと思うのだが、ヴィックはペンネームもタイトルも教えてくれなかった。なんでも実際のヴィックを知っている人に見せるのは恥ずかしいそうで……。


「しかし、たまーに怨念のこもったものがありまして……」

「怨念? ヴィックへの?」


 それはいわゆるアンチというやつなのではないだろうか? けれどもヴィックは首を横に振る。


「いえいえ、どこかの誰かへの怨念なのですが、私に読んでほしいのでしょう。私は怪奇小説、主に復讐物を書いておりますので、自分にはできない復讐をと望むのでしょう。けれども、どう返していいかわからないし、下手なこと言えませんし……」

「なるほど……例えば、どんなものですか?」


 由羅が聞くと、ヴィックはすこし困ったように説明する。


「『私もこんなひどい目にあって許せない!』とか、『浮気されているので私もやりかえしたいです!』とか、『のろいの人形の術をもっと詳しく教えてください!』とか。そんなの、私に言ってどうするんですか、それに私は純愛派なんです」

「反応に困りますね……」

「そうだねえ……」

「読んでくださるのは嬉しいのですが、私ではあなたの悩みは解決できませんよ」




「では次、三。わたしですね」


 ウガリは手振りを交えながら話しはじめた。


「こないだ、早朝に散歩をしていたんですけどね」

「朝? 夜じゃなくて?」


 仁は思わず聞いた。吸血鬼は夜に起きるものと思っていたが、違うのだろうか。


「吸血鬼は夜に出歩くものではないのです。人間は真夜中にはあまり出歩かないでしょう? 日の出前と日の入り後、それが一番、食べるのにいい時間帯なのです」

「なるほど?」


 そうか、起きて動くのは食事のためだ。都会ならともかく、ここでは真夜中に出歩く人は少ないだろう。あたりが暗く、なおかつまだ人通りのある時間が吸血鬼の動く時間帯というわけだ。


「もっとも私は、人から吸うことはあまりないですが。まあ、規則正しい生活というやつですよ」

「それで? 散歩に出てどうしたの?」


 雪子がさらっと話を戻した。


「角を曲がったんです。なんの気なしに。高い塀がありましてね、むこうが見えなかった。曲がったとたん、『ワンワン、ワンワン!』って。犬と出会い頭にぶつかってしまったんです。私はもう、びっくりして飛びあがって、そのひょうしに用水路に落ちてしまって。最悪でしたね」

「もはや怖い話じゃない……」


 怖い話というより日常のグチのようである。


「あー……黒い犬と黒い服を着た人とかいるよね。おまけにリードも黒!」

「私は夜目はきくのですが、考え事をしていたもので、つい、うっかり……」

「なんかこう……吸血鬼って聖なるものとか怖くないんですか?」


 ほら、映画とかだと、宗教のシンボルとかでやっつけられたりするじゃないか。


「聖なる本で殴られると痛そうですね。角とか」

「ないんだ……」




「次は……四。ガル夫ですね」

「はーい!」


 牙狼が大げさに手をあげて答えた。怖い話という雰囲気ではない。


「オレ、犬は怖くないけど、ちっちゃい犬が怖いんだよねえ」

「小さい犬が?」


 犬は怖くないけど小さい犬が怖いってどういうことだろうか。


「よく見えなくて踏んづけちゃうかもしれないとか、ちょっと強くなでたらケガさせちゃいそうとか、遊んでて押しつぶしちゃいそうとか」

「あー」


「あと、キャンキャンよく鳴いて威嚇してくるからね。でも、やりかえすとすぐ死んじゃいそうで……」


 牙狼はもじもじとして、小さい犬と遊びたいけど怖いのだと言った。


「だから怖いなあー」




「二、また雪子さんか」

「はーい! 私は小豆がゆと駄菓子が怖いでーす! いい香りのお茶も怖い!」

「あ、わたしも甘いものとお酒が怖いですね!」


 雪子と由羅に催促され、ウガリはそそくさと話を打ち切った。


「はい次ー」




 コロコロ……とまたサイコロが転がる。


「二。あら、雪子さんだね」

「グラサイじゃないでしょうね」


 雪子が困ったなあと腕を組み、怖い話を思いだそうとする。


「ああ、そういえばこないだ冷凍室に入ったとき、同僚に『寒いの平気なの? 雪女みたいね』って言われて怖かった」

「ああ、わかります。びっくりしますよね」


 そう返したのはウガリ。隣で由羅もうんうんとうなずいている。


「どういうこと?」

「うーん、正体を見せるのってけっこう気を使うんですよ。バレると同じ関係ではいられないでしょう? それをむこうから言われるのって、かなり怖いことなんです」

「怖い……」

「仁さんだって、自分の頭のなかを言い当てられたら怖いでしょう?」

「ああ……」


 そんな妖怪を聞いたことがある。たしかに怖い。自分が実はなまけものとわかってしまうのは怖い。こんなに恵まれた環境で育ちながら、なんにもできない薄っぺらいやつだとバレるのが嫌なのだ。ウソをついて努力することから逃げてきたやつだと見破られるのが嫌で、ウソをついて隠そうとしてきた。もしも、そう指摘されたらと思うと苦しくてしかたがない。


「オレはもう、満月になったらわかっちゃうからねえ」

「私なんて、いるだけでバレバレですよ」


 牙狼とヴィックにはよくわからない感覚らしい。


「正体を知られるのは嫌なんだ?」

「んー、自分から言うならいいけど、人からいきなり言われたら困るかな」


 そう雪子は答えた。さすがに、正体を知られたからといって、とって食うことはないけれどと。


 父と話していると、いきなりつっけんどんな返事をされることがある。あるいは逆に、仁がそんな感じで話を終えることもあったと思う。人にはそれぞれ入ってほしくはない領域というのがあるのだろう。仁は自分の正体を知ってほしくないと思いながら、それでもどこかでわかってほしいと思っている。


「ねえ、仁さん。人間は言葉を使って分類するのが得意よね。人間にとって不思議なこと、あいまいなことに理由をつけて形を与えることで、精霊たちは生まれたの。でも、それをつきつめられると私たちはどこにもいられないわ」

「そうだねえ。『それは何者か』なんて、手のなかの水のようなものだからねえ」




「今度は五だから、あ、またジンさんだ」

「仁さん、なにかあります?」

「うーん」


 話そうと考えていた怖い話は、どうがんばっても作り話で、あんまり怖くないような気がしてくる。しいていえば、こないだウガリに驚かされたのは怖かった。幽霊じゃなくて、身近にあった怖い話を考えてみることにする。


「ああ、その。俺、ずっとお面を作ってて……張り子と石粉粘土のお面で。ちょっといいのができたら、画像をSNSにのせていたんですよ。そうしたら、ずっと反応がなかったのに、あるとき急に『いいね』がたくさんついて……」


 そこで仁は困ったように肩をすくめた。


「それで、怖くなって投稿を削除しちゃったんです」

「なんでぇ〜?」

「あー」


 不思議そうにしたのが牙狼と雪子。なるほどという声をもらしたのがヴィック。


「理由が不明なまま評価されるのってけっこう怖いですよね」


 ヴィックがすこしわかるなあというようにうなずいた。


「なにがよかったのかわからないのにうまくいくのは、なんだか不安になります」




「さて、全員に回ったかな?」

「そうだね、もう……」


 トントン。カーテンのむこうから、窓ガラスをたたく音がした。トントン。ここにいる六人ではない。思わず顔を見あわせてしまう。音はまだ鳴っている。雪子が座ったまま、ゆっくりと窓から離れた。電気をつけようとした仁を、牙狼が止める。


「……ウガリ、ここ三階だよね?」

「そう、ですね」

「そこの窓の先って、ベランダだよね?」


 ぞくりと寒気がする。怖い話をしていると「本物」が来るとはよく言われるが、本当に「なにか」が来てしまったのだろうか。


「ガル夫さん、自分でできるのに怖いの?」

「できるけど実際にやるのは不審者じゃん」


 こそこそと言っているうちに、たたく音がやみ、男の人の声がした。


「ハンス先生?」


 先生? なんだ? 誰のことだろう?


「ハンス・シュミット先生? そこにいらっしゃいますね?」


 静かだが確信をもった声だ。その声にヴィックが体をこわばらせる。


「ヴィックさんの知ってる人?」

「ちょっと、私、帰ります」


 ヴィックはそっと音を出さないように立ちあがって玄関にむかう。


 ところが、玄関ドアの郵便受けから一枚の――紙? 人の形をした紙がするりと入ってきた。中央に墨で麻の葉模様が描かれている。それは玄関で、しゅるっと男に変わった。その男とヴィックが鉢あわせした形になる。


「ああ、よかった。ここでしたか」


 ヴィックは生きていたら冷や汗をかいていただろう様子で後ずさった。


麻葉あさばさん、その、これは……」

「こんばんは、ハンス先生。進捗いかがですか?」

「はは、もしかしてメール来てましたか? 見てないですねえ」


 ハンス先生と呼ばれたヴィックは、今度はベランダに逃げようとした。麻葉は刀――反りがない――を抜き、すらりとヴィックにつきつける。ヴィックはあわあわと浮き足だつと、逃げるように窓にむかった。部屋は暗く、テーブルに足をぶつけた音がした。


とび


 それを追わず、麻葉が告げると、刀から光線が飛んだ。針のようにヴィックの裾と袖を壁に縫いつける。


「あー……壁紙が……」

「大丈夫です。すぐ終わりますから」


 壁の心配をするウガリに、にこやかに笑って浅葉は光線を飛ばす。いくつもの光線を受け、ヴィックはぴったりと壁にはりつけになった。真っ暗な部屋に、まるでイルミネーションのようだ。麻葉は光線を撃つのをやめ、刀を腰におさめる。


 はりつけになったまま、ヴィックは必死で命乞いをする。


「いや、でも、三校でも、もうちょっと余裕ありますよね?」

「先生、いつだって名作は〆切から産まれるのです」


 シャツの襟を貫いていた光の針を抜き、麻葉はぽんとヴィックの背中をたたいた。


「さあ、いきましょうか。僕がつきあいますよ」


 ヴィックはうなだれた。有罪判決がくだった人のようだった。麻葉が指を振ると、ヴィックをはりつけにしていた光が消える。ヴィックの服にも壁にも傷は残っていない。ヴィックは麻葉に背を押され、すごすごと帰っていった。


 出ていってしまった二人を見送って、ぼうぜんとしていた仁が牙狼に聞く。


「……今の誰だったの?」

「ヴィック……ハンス・シュミット先生の編集者だよ。しき麻葉さん」

「怖い話でしたねー!」


 その横でウガリが嬉しそうにしていた。

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