17 お祭り、ふたたび
祭り囃子が聞こえてくる。もう一年たったのかあと、仁は息をついた。真命神社のお祭りだ。いつもはこどもたちが遊ぶほかは静かな神社だが、今日ばかりは人々が集まり活気がある。
お囃子にあわせて狐面をつけた五十嵐さんが土壇にあがる。ひょこひょことかわいらしい動きだ。忍び足のように舞台を進み、鈴と扇をひらひらと揺らしてみせる。扇をかざし、観客を見まわすと、ケラケラと笑うようにのけぞった。歓声があがる。
この一年、いろいろなことがあった。仁は牙狼たちのほかにも人間じゃないものと関わることになった。あわい荘はいくつも部屋が空いていて、これは旅行や用事があって三津喜に来たものの泊まる部屋なのだという。
まず冬に狸のおばあさんが来た。警官の丹湖さんに連れられて。なんでも、迷っていたところを保護したんだそうだ。はじめは人間のおばあさんかと思ったのだが、耳と尻尾がついている。どうやら本人(本狸)は人に化けているつもりらしいが、うまく化けられていないのだと。「狸さんですよね?」というと首を横に振って「そんなはずはない」と言う。だから人間として扱ってほしいとこっそり言われて、あわい荘に泊めることになった。
翌日になって息子だという狸が迎えに来た。息子は人間の男の姿で説明する。岩梯山のふもとの町に、黒亀城跡があるのだが、そこに住んでいるらしい。昔は美人の姫に化けて人をからかっていたのだというが、「おばあちゃん、歳をとって化けかたを忘れちゃったんですよね……」と寂しそうに言っていたのが忘れられない。
春には白沢が来た。見た目は白い髪の若い男の人だったが、額に二本の角がはえていた。彼は、三津喜大学を受験しに来たのだと言った。三津喜大学は単科大学で、コンピュータサイエンスを専門としている。ここの受験とその勉強のため、二週間ほどあわい荘に泊まることになった。
結果は見事合格。これからコンピュータを用いた疫病流行予測をしたいということだ。あわい荘を離れるときには、住人みんなでお祝いをした。今は大学に近いところに部屋を借りている。今でもときどき、街中ですれ違うことがある。元気でやっているみたいでよかった。
初夏になって人魚が来たこともある。旅行をしていて、川を遡ってきたのだと言った。二本の人間の足だったので、最初は人魚とは信じられなかった。彼女は人間の足に化けることもできるのだという。途中のダムなどはこうしてこえてきたのだと。もっとも魚(なのかイルカ的なものなのかはわからないが)のヒレのほうが使いやすいそうだ。
仁が思わず「足」を見つめてしまうと、彼女は冗談めかして怒ってみせた。「ジロジロ見るなんてやーねー」「すみません! つい……」「うふふふ、アタシはいいけど、人魚によっては怒るわよぉ」。イジワルそうに言ったあと、「でもアタシだって人が泳ぐのは気になるわ。棒みたいな足で泳げるの? ヒレだってないのに」。
それから夏、カッパの団体が来た。相撲興行があるんだって。カッパは相撲が好きなものが多く、また強いので数多くが参加する。今回は三津喜の近くでやるとのことで、一ヶ月半近く泊まった。庭の草を抜いて簡単な土俵を作り、稽古をしていたのを仁も見学させてもらった。カッパは人に比べて小柄だが力が強く、迫力がある。
そのあいだ、カッパ料理をごちそうにもなった。出汁とみそとキュウリの冷や汁は、暑い夏にぴったりだった。「だし」と呼ばれるキュウリやナス、ミョウガなどをみじん切りにして味つけしたものは、ご飯にもそうめんにもよくあう。興行や巡業で行く先々の料理を覚えてくるのだとカッパたちが笑っていた。
そしてカッパのなかから優勝が出たということで、仁も手形をもらった。爪と水かきのついた手形だ。縁起物として部屋に飾らせてもらっている。
秋のはじめにはケット・シーという猫の精霊が来た。二足歩行で人の言葉を話す猫だ。岩梯山の西にある化猫ヶ岳の化け猫に会いに来たのだという。なんでも世界猫サミットという全世界の猫の精霊が集まる集会があり、友人になったらしい。ケット・シーが言うには「化け猫殿は山に泊まるよう言ってくださったのですが、わたくし箱入り家猫でして。山で暮らすなどとうてい考えられず、お断りいたしたのでございます」。
あっという間だったなあと仁は振りかえる。人であるもの、人ではないもの、たくさんのひとたちに出会った。目まぐるしく忙しい一年だったが、思っていたより嫌ではなかった。嫌になりそうなときはひとりでお面を作った。そうしていると心が落ち着いてきて、また誰かと関わろうと思えるようになった。
ひとと会うことでお面のイメージが浮かぶこともあった。生きているひとはさまざまな表情を見せる。そこからすくいあげたいと思うようになった。そんな時間が楽しかった。
狐のお面は、あの子が言ったとおり、もう恥ずかしくて見ていられない。急いで作ったのもあって、今ならもっとうまくできるのにという気持ちになる。
でも、町内会の人が言うには、そのときの思いがこもっているからこれでいいのだと。このお面が古くなったらまた作ってもらえないか? と言われて、仁はここでの生活が「この先も」あることに気づいた。この土地にいてもいいと言われたようで嬉しかった。
狐舞が終わって、祭りの舞台は屋台に移る。仁は赤狐のお面をかぶりなおした。これは新しく作ったお面だ。今年は「ぜひ、お祭りにお面をかぶってきてください」と広報した。ドリンクひとつが参加賞だ。そして「狐のあいことば」を見つけた人には先着で景品が渡されることになっている。
歩いている人々はそれぞれにお面をつけている。狐の面、鬼の面、天狗の面、キャラクターのお面、目元を隠すドミノマスク。厚紙に色を塗った手作りのお面も。だいたい全体の三割くらいの人が参加してくれているようだ。なかなか好評だと思っていいだろう。
「ケーッ!」
ハルピュイアのシエラが飛んでいく。広報に使おうと彼女の頭にカメラをのせたらしい。ドローンのかわりにならないかって。でも、上下左右に激しく揺れるし、気まぐれなハルピュイアは人の思い通りにはならなかったみたい。だけど面白い画が撮れたからって、一応ヨーチューブに公開してみようかって言っていた。なにが撮れたんだろうね。
むこうのステージでは、ロムが市民のダンスグループと一緒にゾンビダンスを踊っていた。ネヘブが照明を切り替えると、曲にあわせた点滅で盛りあげる。ロムたちはゆらゆらと揺れてガクンと崩れ落ちたかと思えば、人を襲うように両手を大きく動かした。ジャンプして拍手、左右に飛んでくるりと回る。観客も手を振って楽しそうだ。
雪子と由羅も並んで歩いている。雪子は鬼のお面、由羅は白いウサギさんのお面を頭につけている。ちょうどリンゴあめやイチゴあめを買ったところだ。
「あら、仁さん」
「はい、雪子さんと由羅さんも」
雪子は鬼のお面をかぶった。一見、ふたつのツノが由羅とおそろいに見える。
「うふふ。ちょっと面白いわ。違うものになるのも、意外と悪くないわね」
「ありがとうございます」
「そこにヴィックさんとウガリさんもいましたよ」
指さすほうを見れば、ヴィックとウガリがいた。背が高いから目立つなあ。親に肩車されているこどもが、驚きながら話しかけている。ヴィックもにこやかに返していた。ヴィックはお面ではなく、ヒヨコちゃんのかぶりものだ。ウガリは顔の右半分をおおうような仮面だった。ゴシック小説の怪人みたいな。
「おじちゃん、かわいいね!」
ヴィックは喜んでヒヨコちゃんのふわふわした羽をぱたぱたとさせた。
「仁さーん」
手を振ってやって来たのはゴルゴーンのゲーア。その後ろには魔女メアリー。二人ともわたがしや牛串を手に、お祭りを楽しんでいるようだ。二人とも仁の作った狐面をかぶっている。
「あ、ゲーアさん。どうですか」
「いっぱい人がいて楽しいわね。何人か案内したわよ」
「ありがとうございます」
「仁さんのとこは?」
「こっちに来たのは……」
話していると、こどもが走ってくる。仮面セイバーのお面をかぶった子だ。
「おじさんたちは、あいことばもってますか?」
手には「あいことば」の紙が握られている。スタンプがひとつ。
「うん。もってるよ」
「あいことば教えて!」
仁は紙を受け取り、五つあるマークのひとつめにスタンプを押した。
「一つ目のヒントは『し』。がんばってね」
「一つ目は『し』、四つ目が『づ』はわかった。でも、狐のお面かぶった人いっぱいでわかんないよ……」
そう、白狐から黒狐、素朴な面から凝った面まで、さまざまな狐がお祭りに参加している。このなかから、あいことばをもった五人を見つけるのは大変だろう。ふふっと仁はほほえんで、その子に言う。
「そうだね。どの狐がヒントをもっているか、知っている人もいるかも。例えば……そこの狐さんとか。聞いてみたらどうかな? がんばってね」
「わかった。ありがとー!」
その子はゲーアとメアリーのほうをむいて、「おしえてください!」と言った。「そうねえ」とゲーアが背をかがめる。「二つ目のあいことばをもっているのは、白い狐さん。菊の模様がついているからすぐわかるわ」「そう。三つ目は黒狐さんで、五つ目は目だけを隠した白い狐さん。白い狐さんは多いけど、赤い紐が目印だよ」。彼女たちはどんな狐面の人があいことばをもっているか知っていて、参加者を助ける役目だ。あと三人、見つかるといいね。
「やあ、ジンさん。ここにいたんだ」
「ガル夫さん」
角のついたウサギのお面をかぶった牙狼がやって来て、ペットボトルを渡した。ありがたくもらって蓋を開ける。サイダーだ。口をつけると冷たい炭酸が噴きだし、スカッと気持ちいい。やっぱり、ずっと緊張していたからなあ。でも、人に声をかけられるうちに、楽しんでもらえているのがわかってホッとした。
「ほら、そこにいる若い女性。蛇さんのお面かぶった。あの人は三津喜地方の西にある沼の主だよ」
「え、そうだったの⁉」
「そっちの白髪のおじいさんは天狗だね。天狗面つけてるけど、本物」
お面をかぶるとその人が誰かわからなくなる。それはちょっと怖くて、とてもワクワクすることだ。そのワクワクを人でないものにも楽しんでもらえているのならいいと思う。人だとか、人でないとかではなくて、一緒に楽しめたらいい。
「そうだ。もう数人がクリアしたみたいだよ」
仁を含めて五人が「あいことば」をもっている。運営本部に「あいことば」と五つのスタンプを持っていくと、景品がもらえることになっていた。漆器や陶器の小さな品、張り子の郷土玩具のほか、グッズやお菓子セットも用意してある。
「早いね。すごいや」
「そうだね。来年はお面作家の人も呼ぼうかって言ってた。ここでお面を買って参加できるように」
「へえ、いいかも」
昔憧れた、すごいお面を思いうかべる。自分がそこに並ぶにはまだ遠いけれど、手にとって、作った人と話してみたいと思った。その手から学んで、もっとすごいものを作りたいと思った。それがかなうなんて思っていなかったけれど、望んだらかなうのかもしれない。まったく全てがというわけではなくても、手を伸ばせば届くものがあるのかもしれなかった。
「楽しみだね」
牙狼はひょっとこのお面を手に持って、手足を踊るように振り回している。満月でなくても気分が高まると動き出したくなるらしい。走るように足踏みをして、くるくると回っている。それが喜びにどうしようもなくなってはしゃぎ回る犬のようで、ほほえましい。牙狼が「いいね」と言ってくれるのが本当に嬉しかった。
町内会の渡部さんが言っていた。だんだんこどもが減っていって、年寄りばかりになった。市の人口自体も減ってきている。そのうち町内会もお祭りもなくなっていくんだろう。もしかしたらこの市もなくなってしまうかもしれない。
仁はいずれそうなるだろうなと思いながら、このアパートもお祭りも消えてしまうのは寂しいと思う。しかたのない流れなのだとしても、「たしかにここにあった」と残しておきたいと思う。
あわい荘に来て気づいた。人と人ではないものにかぎらず、誤解や偏見、分断や断絶はある。それでも、それを抱えたままでも「わたしたちはあなたがたとうまくやっていきたい」、そう願っている。そう信じている。
「うん。楽しみだ」
次がどうなるかなんてわからないけれど、次を楽しみにできることはいいことだ。
俺たちは、きっと、これからもそうやって暮らしていく。




