16 桜
四月も中旬になり、ようやく三津喜にも桜のたよりが届いた。
積もっていた雪が溶けると、梅、桃、桜と次々に咲きはじめる。桜が咲けば、コブシにレンギョウ、水仙だって咲く。菜の花にチューリップも。
北国の春はずいぶんにぎやかで、雪に耐えて待っていたかいがある、というものなのかもしれない。岩梯山に残る雪に、色とりどりの花が映える。
「お花見ならお城がいいよ。近いし」
というわけで、仁は牙狼と市内にある三津喜城に出かけた。
この三津喜城は白鶴城ともいう。昔の戦で焼けてしまったが、六十年ほど前に天守閣が再建され、観光の目玉となっている。牙狼が言うには、再建は市民の協力あってのことで、市のシンボルとして今も親しまれているのだと。天守閣のなかは博物館で、三津喜城の歴史がわかるようになっている。
「よく知ってるね。ガル夫さんがここに来る前のことでしょ?」
「発掘にいくとね、郷土史に詳しい人がいるんだよ」
なるほど。本丸広場のなかに、ロープで区切られた区画があり、四角く掘った跡がある。ここが発掘現場らしい。
「ああ、そこが今掘ってる本丸御殿跡。漆器とか磁器が出たりしたねえ」
「どうやって見つけるの?」
「うーんと、まず表土を削って古い地層を出すんだ。そうすると、色が変わっているところがある。そこは穴を掘って柱を立てた跡だったりする。そうやってすこし掘っていって、なにかモノがでると記録しながら取り上げていくんだよ」
「へえ……」
仁にはうまく想像ができないが、そういう作業があるらしい。
「オレは目が悪いけど、土の微妙な色を見分けるのは得意だからね。ときどき呼ばれるんだ」
「なるほどなあ」
「出た遺物は県立歴史博物館にあるから、今度そっちも見にいってみよっか」
「うん」
お城の近くにも歴史博物館がある。こちらはお城ができるより昔のことから展示しているらしい。縄文土器とか、埴輪とかかな。お城以外の、城下町のことなども扱っているんだって。そっちには行ったことがないから今度行ってみよう。
「石垣は作られた当時のものが残ってるんだよー」
牙狼に言われて見ると、お堀に面した高い石垣が反り返っている。緩やかな曲線がきれいな石垣だ。これを昔に作ったんでしょ? すごいなあ……。場所によって時代と積みかたが違う石垣が見られるそうだ。
桜は八分咲きといったところだった。場所によっては満開だったり、五分かもしれない。お堀の上にずらっと並ぶ姿は壮観だ。本丸のなかにも桜がたくさん植えられていて、薄いピンク色のかすみが天守閣の裾に広がっている。天守閣の白い壁と暗い赤瓦、そして青い空によくにあう。
「散りぎわも、お堀に花いかだができて、きれいなんだ」
水面に広がる花びらは、桜のはかなさと美しさが際立つんじゃないかな。
本丸の広場には出店が出ていて、大きなステージができていた。チラシによると今度の休日は和太鼓の演奏があるらしい。ほかにも茶会が開かれたりするんだって。夜にはライトアップされるというから、夜桜も見に来たいなあ。
犬を連れた地元民のほか、観光客らしい御一行が通っていく。荷物に木刀を持っているのは校外学習の学生さんだろうか。平日でも、けっこう人がいるね。
「やあ、仁さん、ガル夫。花見か?」
おや、と振りかえると、笑っていたのはロムだった。大きなカメラを持っている。たぶんいいカメラだよね、あれ。「撮るぞ。はい、三、二、一!」。ロムはカメラをむけて、シャッターを押した。デジカメの画面を見ると、桜を背景によく撮れている。人物の表情がきれいに映っていた。
「あとで印刷してやろうか」
「さすがロム。撮影上手」
「へへ、まあ身バレが怖いからネットにはあげないんだけどな」
「バレたってどうってことないでしょ」
「ま、ひっそりやるのがおれたちの流儀ってヤツだよ」
それからロムは奥の石段を指して言った。
「そこの石垣をあがると櫓があって、そこからならお城と桜が一緒に撮れるぜ」
手すりもない急な石段のむこうはお堀になっていて、その手前に櫓の跡がある。
「一週間ほどすれば瑞郷町の淡墨桜もきれいだ」
「陽央線のしだれ桜もね」
さすが、二人はいろいろ桜スポットを知っているようだ。淡墨桜はその名のとおり、淡い墨色がかった桜なんだって。しだれ桜は廃線の跡に約千本が立ち並んでいて、濃いピンク色がトンネルのようになっているそうだ。どちらも三津喜市内から車を使えば一時間くらいで行けるみたいだ。そっちも行ってみたいなあ。
「そんじゃ、楽しんでくれよな。春は浮かれるくらいでちょうどいいんだ」
石の階段をのぼっていくと、お堀の石垣の上だった。低いところに水面が見える。
櫓跡のすこし高く石垣がつまれたところには、たくさんの人が集まっていた。それぞれにスマホやカメラをかまえている。ロムが言っていたとおり、写真を撮るのにいい場所なのだろう。視点が桜の枝と同じくらいになったので、そのむこうのお城と一緒にカメラにおさめることができる。
牙狼がくんと鼻を鳴らし、嫌そうにうなった。
「あー、ラヴァンドラいるね。近づかないでおこ」
「え、どこ?」
「ほら。今、間違ったフリして隣の人の手に触れたでしょ?」
指をさされて仁も気づいた。サキュバスのラヴァンドラだ。今日はメイド服ではなく、地味めな服と髪型であまり目立たない。どこからみても、普通の女の人だ。まったく、観光客と地元民に紛れてしまっている。
「ああやって、すこし精気を吸ってるんだよ」
「いいの?」
「あれでとれるのはほんのちょっとだし……いつもよりすこし疲れるくらいだから」
へえ……。仁はいいのかな? とも思ったけど、なにかしらの法に触れるわけでもないだろうし。たいして害がないのなら、放っておくしかないか。ヴィックのときのようにキスだともっとたくさん吸えるらしいけど。
「それより、売店に行ってソフトクリームでも食べない?」
本丸のなかには神社がある。初詣に牙狼と来た神社だ。このお城をここに建てるように伝えた狐の神社だそうだ。狐か。そういえば、真命神社にいたあのこどもは、お狐さまだったんだろうか。この市にはほかにも狐がいるんだろうか。仁がそんなことを考えていると。
「あ、雪子さんと由羅さん!」
「あー、ガル夫も来てたの?」
「こんにちはー!」
売店の前で行きあったのは半雪女の雪子と鬼の由羅だった。雪子はキャミソールにハーフパンツと薄着だ。さすがにこの時期は寒いんじゃないかなと思っていると。
「もー、あっつい!」
「うん、この時期にしては暑いよね」
「夏は覚悟ができるけど、四月でこんなのひどくない?」
雪子は暑そうにつばの大きい帽子をかぶりなおす。
「雪子さんたちもお花見でしたか」
「ううん。お花見はついでかな」
「つきあってもらったので、ソフトクリームを食べようと思いまして」
どうやら由羅の用事で来たらしい。
「そう。由羅ちゃんがお酒のイベントに行きたいって言うから」
「お酒?」
「そう。二の丸に三津喜の酒蔵が集まって、お酒の飲み比べができたの」
この三津喜はおいしい米がとれる、水がいいということで酒蔵がたくさんある。それぞれに独自の酒を出していて、味も香りもバラエティに富んでいるのだという。辛口から甘口まで、さっぱりから濃厚まで、さまざまだ。
「ワンコインで三杯。堕雷児に三津喜嬢、穂希、洒落生、権中将、三郎兵衛。いろいろ飲みましたよー! おいしかった!」
「そりゃよかった」
そうして売店に並んだ。並んでいる人はいるが、どんどん前に進んでいく。
「ソフトクリーム、なにがいいかな」
「バニラと濃茶、季節限定の桜もあるね」
「私、バニラ」
「わたしは……濃茶がいいな」
「それじゃオレは桜で」
「俺も桜にしようかな」
桜ソフトは薄いピンク色。桜餅の葉っぱのような香りがする。ソフトクリームを手に、売店の前のベンチに座った。ここからだと天守閣と桜を見あげることになる。石垣の上もよかったけれど、これはこれで迫力があっていいなあ!
「いい景色だね」
「そこが写真スポットになってるからね」
たしかに、すぐそこでは観光客がかわるがわる写真を撮っている。
「甘ーい」
「あー、体が冷えるー!」
コーンのなかまでたっぷりソフトクリームが入ってて、嬉しい。牙狼はザクザクとコーンまで食べ終えて、スマホを取り出した。インカメラを起動し、垂れさがった桜の枝と天守閣が背景にくるように位置を調整して。
「どうせならみんなで撮ろうか。はい、いちたすいちはー」
「にー!」
雪子と由羅が画面に入る。仁も慌てて飛びこんだ。桜の花が顔の近くに来て、まるでフレームのようだ。雪子は両手でピースをしているし、由羅はなぜかファイティングポーズになっている。そこにすこしブレた仁の頭があった。
「もっと撮ろーよ!」
雪子と由羅もスマホをかまえ、桜を撮りはじめた。仁もスマホを出して、天守閣を見あげる。そうか、これが三津喜のひとにとっての「春」なのだ。心が弾む季節だ。
「毎年見てると今年はいいかなってなるけどさ、やっぱり桜はいいよねえー!」




