15 チョコの日
「どうも、ジンさん」
「おはよう、ガル夫さん」
二月の半ばになり、雪が降った。この盆地は山に比べるとあまり降らないうえ、最近は暖冬続きだというのだが、仁が驚くほどに降った。膝上まで積もり、歩くたびに穴ができる。
車道は除雪車が通ったので雪がないが、歩道は人がかかなければいけない。朝早くにゴーゴー……と鳴っていたのは除雪の音だ。駅や大通りは地下水の出る消雪装置があるのだけれど、住宅地の狭い道路にはあまりない。
ガル夫こと牙狼が雪かきをするというので教えてもらうことにした。雪子とヴィックもすでに外にいて、雪にスコップを入れている。ダウンのジャケットでもしんしんと寒い。なんというか……地の底から冷えているようだ。
「こうやってスコップ持ってねー。膝は曲げて腰を落とさないとあとで痛くなるよ」
積もったばかりの雪はまだ柔らかく、プラスチックのスコップでかまわない。これが下のほうだったり、溶けて固まってを繰り返すと、鉄のスコップでも歯がたたないのだという。そうして崩した雪をスノーダンプで運んで捨てる。
「雪は裏庭に投げて。屋根の下には入らないように。雪落ちてくるわよ。埋もれると人間は出られないから」
雪子に注意され上を見る。屋根から雪がはみ出していて、つららが垂れさがっていた。見る間にズズズ……と音がして、ズサササササッとすごい勢いで落ちると、その下に大きな雪の山を作った。これは怖いなあ。
ここは裏庭があるからそこに投げて積んでいけばいいが、広い庭がない家では排水溝に捨てたり川に捨てたりしているのだという。いっぺんに捨てると詰まらせるから、すこしずつだ。排水溝の蓋が開いているので、うっかり落ちないように気をつけてと言われた。
道は除雪車によって除雪されているが、端に寄せられた雪で歩道はなくなってしまう。車道でさえ二車線が一車線半しか残らないのだ。片側一車線の道路ですれ違うときはゆずりあう。これは歩行者も同じだ。片方がよけて止まり、もう片方が歩き去るのを待つ。
雪国の人間が辛抱強いというのは、雪に逆らうことはできず、また焦ってもいいことがないと身に染みてわかっているからかもしれない。
「おはよー」
ちょうどゲーアが出勤するところだった。ゲーアはカバンから個包装になったものをいくつか四人に渡した。小さなハートのチョコレートだ。
「はい、お疲れさま。チョコあげるからがんばって。お客さんにあげるやつだけど」
そっか。仁は忘れていたが、今日は二月十四日、バレンタインデーだった。
「ありがとうございます」
「ガル夫もビターじゃないのすこしなら大丈夫でしょ?」
「うん。ありがとー」
その横で受け取ったヴィックが気まずそうにしている。もじもじとして、そわそわと恥ずかしそうだ。
「! も、申し訳ないのですが、お断りを……」
「誰が本命だって言ったのよ。なんであたしが振られたみたいになってんの」
「そ、そうですか。ではありがたく……」
「モテなすぎて、チョコと見れば見境ないんだから」
パクッと口に入れれば、小さなチョコが溶けていく。甘くて嬉しい。寒いなかにしあわせを感じる。
「ゲーアさんありがとう」
「いつもお世話になってますので」
「お歳暮じゃないんだから」
「一ヵ月かけたプレゼント交換みたいなものでしょ? いってきまーす」
ゲーアを見送り、また雪かきに出る。崩してかいて運んで捨てての繰り返し。しばらくのあと、道路からアパートまでだいたいの道ができた。もう仁はへとへとで、手の感覚がなくて、足腰にも力が入らない。これは筋肉痛になるな、きっと……。
「はい、こんなもんでしょー。みんな、着替えたらうちでお茶しない?」
「はい、オレからもチョコだよ」
牙狼の部屋、熱いお茶と一緒に出てきたのは、ホワイトチョコのクランチだった。ちょっと不格好だが大きめで食べごたえがありそうだ。雪かきで冷えきり、疲れた体にはありがたい。こたつに入って、ふいーと一息入れる。
「あら、ありがと。ガル夫が作ったの?」
「うん。バレンタインだからね」
そんなやりとりを尻目にチョコクランチを口に運ぶ。なんというか、彼らとつきあっているとだんだん図太くなっていく気がする。牙狼の作ったチョコはザクザク歯触りがよく、ホワイトチョコの甘さが濃くておいしかった。
「そういや、雪子さんはチョコ買ったの? どこそこのチョコは〜ってずっと言ってたけど」
「買ってあるわよ。自分用」
今日は休みの雪子は、もぐもぐとチョコクランチを食べながら言った。
「結局、通販にしちゃった。このチョコもおいしいけど、せっかく高級チョコが食べられる機会だもの」
「なるほどー」
「都会でチョコを見て歩きたいわ。世界中のチョコがあるんだって」
たしかに東城では駅ナカにもチョコの店があった気がする。バレンタインフェアともなれば、本当に世界中から自慢のチョコが集まる。仁はおつかいものとしてしか買ったことはなかったが、評判はいいようだ。人口の少ない三津喜ではなかなか出会えないかもしれない。
「そうかあ……じゃあ今度家に帰ったら買ってこようかな」
「よろしく!」
「そういえば、ウガリさんもいたのでは?」
「確定申告で忙しいんだって。持っていってあげようかなあ」
ヴィックに聞かれて牙狼が答えた。そうか、税理士さんだもんなあ。仁もこのアパートの収入などをまとめてお願いしている。本人曰く、数に強いというか、数字を数えるのが好きなのだという。高校時代、数学の教科書をみるとめまいがした仁としてはうらやましいかぎりだ。
そうして牙狼と仁はチョコを持ってウガリの部屋にむかった。出てきたウガリは目をぱちぱちとさせてあくびをした。
「ウガリ、起きてる?」
「もう、最近は日中までやってますよ……」
「これ、おすそわけ。お疲れ」
寝不足の吸血鬼というものははじめて見るなあ。タッパに入ったチョコクランチを受け取り、ウガリは笑う。
「ああ、ありがとうございます。そうだ」
ウガリはすぐにスマホを取り出し、さっと操作してみせた。そのとたんに牙狼のスマホが鳴る。自分のスマホをとった牙狼が通知を見てにこにことした。
「わあ、スタマのギフトだあー」
「お返しですよ。仁さんにも」
仁のスマホにも喫茶店チェーン「スターマックス」のギフトが届いた。これで一杯飲めるだろう。
「ありがとうございます。でも、俺は……」
「ええ、だから一ヵ月後にはお返しを。ぜひ!」
なるほど、やるなあ。抜け目がない。
ウガリに渡したついでにロムにも持っていこうということになった。ドアが開いたとたん、ぷうんと出汁としょうゆのいい香りがする。
「はいこれ、チョコ。ネヘブと食べて」
「おお、雪かきありがとなァ。明日はおれも出られるからな」
「朝からなにしてたの? 動画編集?」
「ああ、せっかくのバレンタイン配信だからな。ラーメン作ったんだ」
ラーメン? なんで? と仁の表情に出たのだろう、ロムが説明する。
「今日は煮干しの日だろ?」
煮干し出汁のこだわりラーメンを作ったんだそうだ。煮干しをオーブンでさっと焼いて、煮干しくささが出ない程度に中火で煮こむ。もちろん、麺も自家製だ。できたのは、いい香りの醤油ラーメンだった。
「大丈夫? 人肉ども困惑してない?」
「【どうせならふんどしもはけ】って言わちまったィ」
そういえばふんどしの日でもあったな……! どこかで見た気がする!
「さらにトッピングにチョコをひとかけ」
「なんでこだわりラーメンにチョコ入れちゃうかなあ⁉」
「ハハ、優しさ二パーセント入りのビターチョコだよ」
さて、その後も雪は降り、夕方も雪かきに出た。これ、また雪が降れば積もっちゃうんだよなあ。仁はやってもやっても終わらない気がしてくる。でも何度でも雪をかかないと出入りできないどころか家が潰れるのだという。雪国って大変だなあーと気が遠くなったところで、むこうから由羅が帰ってきた。
「ただいまー。けっこう積もっちゃったね。雪かきありがとう」
「おかえりー」
「おかえりなさい。すごい荷物ですね」
由羅は両手に紙袋をさげていた。見た目よりずっと重そうに持ちあげてみせる。
「このところの現場が学校で、学生さんたちに……」
中身はもらったチョコだという。男女問わずモテているようだ。……それは重いかもしれない。物理的にというより、心情的に。
「へえ、なんて返事したの?」
「『一生懸命、仕事いたしますのでご協力お願いします!』って」
「なるほどねえー」
その後ろをハルピュイアのシエラがぴょんぴょんつけねらっていた。
「チョコ。くれるの?」




