14 ホリデーズ
雪が降るようになった。地面がうっすら白くなり、雪国の冬を感じさせる。
仁は牙狼と一緒に冬の準備を終えたところだった。ダウンジャケットや冬靴を買ったり、寒い日には水道をちょろちょろと出しっぱなしにしておくことを教えてもらった。部屋にもカーペットを敷いて、暖かさが逃げないようにする。ストーブひとつだと朝はなかなか温まらない。
「おはようございます、仁さん」
外に出てみると、声をかけてきたのはヴィックだった。
「ああ、おはようございます。ヴィックさん」
「今日はガル夫は?」
「ああ、なんでも屋が忙しいそうですよ」
年末は大掃除や廃品回収などいろいろあって忙しい。昨日は雪つりに行った。木の枝を縄でつるし、雪で折れないようにするのだ。今日はイベントの警備だったか交通誘導だったか……。
「そうだった。もう年末ですものね」
「ヴィックさんは休めるんですか?」
「それはまあ……いつもどおりですよ、いつもどおり」
ヴィックは大きな肩をがっくりと落とした。これは仕事が進んでなさそうだ。あの直刀をかついだ編集者の姿が目に浮かぶ。
「雪、けっこう積もりましたね」
「そろそろ雪かきしないとですね。……おや? ウガリ?」
ウガリが庭に立っている。そういや一ヶ月ほど前、ウガリは車のタイヤをスタッドレスにかえていた。車のなかにはワイヤーやスコップ、ペットボトルの水、チョコやあめをつんでいるのだという。大雪が降ると交通が止まって、何時間も動けなくなることがあると言っていた。まだなにかやることがあるのだろうか?
「ウガリさん、どうしました?」
仁が声をかけた瞬間、ウガリがさっと振りむいた。青白い顔、笑うように大きく開いた口からするどい牙がのぞく。
「ハッピー! ホリデーズ!」
パァンと破裂音がして、細い色とりどりのリボンが仁の頭に落ちてきた。ウガリがクラッカーを手にけらけらと笑っている。
「びっくりしたあ……」
怖がらせたいんだか、喜ばせたいんだかよくわからない。手でリボンを払いながら、仁はあれっと思った。ハッピーホリデーズ? 今は十二月の二十四日。テレビでは赤い服を着た白いヒゲのおじさんが忙しそうに手を振っている季節だ。
「ああ、わたし、宗教が違うもので……」
「あ、そこ気にするんだ」
この国にいると楽しいことは宗教関係ないような気になるけど、たぶん世界的にはそうでもないんだろう。ウガリはあわれを誘うような大げさな身振りで言った。
「わたしたちは、神の救いが与えられないものですから」
隣のヴィックがうんうんとうなずく。そうか、「人ではない」ということはそういうことなのか。どこかの人間の信じる、とある神は、人間しか救ってくれないのだと。
「人ではないものに神さまはいないんですか?」
「うーん、どうでしょう? 物語を信じる力は人のほうが強いかもしれませんが」
ヴィックが首をかしげた。物語……この場合、神話とかだろうか。それでも、ウガリはにこにことして指を立ててみせる。
「この国にはいい言葉があります。『捨てる神あれば拾う神あり』、楽しいことは楽しんだらいいのです」
「なーにがハッピーホリデーズよ、ちっとも休日じゃないわよお……」
出てくるなり、ぼやいたのは雪子だ。
「ほんとにもう、シエラもあっちこっち飛び回ってるわよー」
暖かそうな毛糸の帽子で頭の蛇を隠したゲーアも出てきた。二人とも出勤するところだろう。
「おはようございます」
「おはよー!」
雪子はスーパーで働いている。クリスマスから年末年始は忙しいだろう。ゲーアは美容師だったか。こちらも忙しそうだ。
「でも元日、二日はお休みなんでしょう? ほら、カイカクってやつで」
「そう!」
ヴィックに聞かれ、答えてから雪子は「ああああ……」とうめいた。
「休みは嬉しいけど、お給料が減っちゃううううう……」
そっか、時給だとそうなるんだ。
「まあ、いいわ。どうせなら正月に三倍ローストビーフ丼でも作りましょ」
「あはは、いいねーそれ」
使い捨てカイロを振りながら、ゲーアが笑う。
「ゲーアさんも忙しいんですね」
「そりゃあ、いっそがしいわよ。成人式までは。もう、手が足りないくらい!」
「そういえば、由羅さんも?」
「由羅姫ちゃんは年末の工事ラッシュと除雪の打ちあわせ。今年はどのくらい降るのかしら」
雪子とゲーアが出勤したあと、仁たちはアパートの前の雪をホウキで払う。ヴィックとウガリも大きな竹ボウキを持ってきて、玄関前の雪を側溝に落としていった。東城だとこのくらいでも大騒ぎなのに、もっと降るんだって。
そこにロムとネヘブがやってくる。
「やあ、仁さん。おはよう」
「おはようございます、ロムさん。ロムさんは、クリスマスはどうするんです?」
「とりあえず、今日の夜はクリスマス配信だな。独り身の人肉どもと二十四時間ぶっ続けゲーム実況だ」
「二十四時間……!」
そんなに⁉
「おれは眠らなくてもいいからな。人肉どもはどうか知らねェが」
「メイワク……」
隣でネヘブが嫌そうにつぶやいた。
「そう言うなって。新しいイーテンドーウィッチのソフト買うからさ。あ、おまえはもうプレゼントもらったんだったな」
からかうように言われ、むっとにらみつけたネヘブ。でも、どこかそわそわしている。恥ずかしそうだ。
「ネヘブさん、どうしました?」
「ストレルカからもらったんだよなー」
「へえ?」
「言うなって! ……ハンカチ。ストレルカが刺繍したんだって」
「へえー!」
仁とヴィック、ウガリがそろって声をあげれば、ネヘブはじだんだを踏みはじめる。
「へえじゃないよ! ボクは手を洗えないし汗もかかないのにさ!」
「おお、そうかィ。いらなかったか、そうかそうか」
「いらないなんて言ってない」
むすっとしてしまったネヘブ。これ以上からかうと怒り出しそうなので、仁は話題を変える。
「年末年始はどうですか?」
「年越し配信したら、ネヘブと神社行って、それからメアリーんとこだな。うまい郷土料理と酒がある」
「郷土料理?」
「ああ、ザグザグ煮っていってな、根菜の多いすまし汁。なかなかうまいぞ」
翌日の夕方になって、帰ってきていた牙狼と行きあった。
「おかえりなさい。お疲れさまです」
「うん、ただいま。疲れたなあー!」
牙狼は大きく伸びをしてみせた。
「昨日は交通整理してたの。……せっかくだしチキンでも食べようかな」
「ああ、雪子さんが売れ残ったものでパーティしないかって言ってました」
「いいねえー!」
牙狼はやったーと手をあげた。
「そうだ、年があけたら初詣いこっか。お城のなかの神社」
「ガル夫さんも神社行くんだ」
「うん。オレは行くよ。いっぱい人がいて面白いからねえ。瓦焼きもおいしいし」
「瓦焼き?」
「うん。三つ巴の紋が入った軒丸瓦の形で、あんこが入ってる」
「そっか……」
牙狼はちょっと考え、鼻を動かすと、話しはじめる。
「古い人狼のなかには人間は怖いと思ってるのもいるんだけど」
「ああ……そうなんだ?」
仁は人間が人狼を怖がっているのはわかるが、その逆はあまり想像がつかなかった。
「『人間は森を切りひらいて、悪い狼を白日の下にさらけ出したいと思っている』。そう考えてるんだ。だから人間の神を嫌うものもいる」
「へえ……」
「まあ、人間の街に慣れてるオレみたいなのも多いんだけどね」
「人狼はなにかに祈らないの?」
「うーん。それはよくわからないなあ。昔話、というかおとぎばなしはあるけど。人間を気にいった不死者が、人間に混じって観察しているうち、だんだん自分を人間だと思いこんでいった。それで結局、自分が不死者であることを忘れて死んじゃったって話。まあ……笑い話なんだけどさ」
笑い話なんだ……。人間に例えるなら、鳥の研究者が鳥の言葉を話せるようになるとか、鳥の巣を作ってそこで暮らしてみるとか、自分の腕で飛べるようにがんばるとか、そういうことなんだろうか。
「そんな話はあるけど、誰が世界を作ったとか、どうすれば救われるのかとか、なにか儀式をしなくちゃいけないとか、死んだあとはどうなるのかとか、そういう現実的じゃない物語にはあんまり興味がない」
「そういうもの?」
「そういうもの。わからないものはわからないで、いいんだよ。お互いにさ」
そこまでを話して、牙狼はにんまりと笑った。
「だけど、仁さんが信じるなら、それがかなってほしいって思うかな」
「……うん。俺は、ガル夫さんたちが元気で安全に暮らせるようにって祈るよ」




