13 お祭り
真命神社、本殿。その横に作られた土壇の上で、狐面をかぶった男が足拍子を踏んだ。シャンシャンと手に持った鈴が揺れる。高い横笛の音が響く。ポンッと小鼓が鳴った。太鼓が軽快にリズムを作る。この演奏は、昔はこどもがやっていたが、こどもが少なくなり、塾などで忙しくなったため、有志で行う今の形になったという。
狐は言葉を発さず、鈴と扇を手にして舞い踊った。軽やかに、嬉しげに、音にあわせて舞台を大きく動き回る。そろりそろりと前に歩いていったかと思えば、ひょいと後ろに飛ぶ。土壇の端で扇を開き、かざすようにして観客のほうを見た。
舞手がかぶる狐のお面は仁が作ったものだ。あちこちのぞきこむような、どこかコミカルな動きに見物人から大きな笑いがもれる。笑ったりヤジをとばしてもいいらしい。こどもたちと運営委員のおじさんおばさんたちが、率先して声をあげている。
小気味いい拍子の太鼓に、狐はくるりと回って左右の足を踏み、舞台を進む。めくらましのように鈴を回し、扇でひらひらと身を隠す。歌は聞き取れないが、人をたぶらかそうとしているような動きだ。観客にちょっかいをかけるように前に出たと思えば、びょっと驚いてゴロンと転げた。
大きな笑いがおこる。すこしうつむいた狐の顔は恥ずかしそうでもある。狐はゆっくりと立ちあがって、今度は大きな足踏みをして舞台を跳ね回った。上をむいた狐の顔は、けらけらと笑っているようにも見える。
自分で作っておきながら、仁はこのお面がこんな表情をすることに驚いていた。もちろん、考えて作ったはずだが、思った以上に面白い表情が出る。不思議だ。人がかぶることによって、その狐という存在がここに表現される。
狐は観客にむかって扇を下から上にあおぐように振り、会場を沸きたたせる。その前で写真を撮っている人がいる。市役所の人だ。市の情報誌にのせるらしい。ほかにもスマホをかまえている人がいた。そろそろ紅葉がはじまってきたので、滑稽ではありながら、どこかおごそかな雰囲気がある。
トントントンと拍子が早くなる。狐の動きも激しくなる。楽しそうに舞台を行き来していたが、やがて狐は扇をひるがえし、くるくるとその場で回りはじめた。左右に扇を動かし足拍子を踏むと、消えるように退出していった。
宮司の祝詞が終わり、ようやく出店に明かりがついた。ここからは神さまの祭りから人たちの祭りになる。境内の奥に作られたのは屋根のある舞台。おっさんバンドから、フラダンス、太鼓の演奏と続き、次に舞台に立ったのはゾンビのロムだ。白いスーツ風の衣装を着ている。シャレたダンディといった風貌だ。
「あ、ロムさん」
ノリのいい音楽がかかる。歌いはじめたのはアニメの主題歌だ。ロムが手を振り上げて、くるりと回ってステップを踏めば、ジャケットがひるがえって裏地が虹色に光った。照明もキラキラとロムを照らす。見ていたこどもたちが声をあげ、一緒に歌い出す。さっきまでの曲はこどもは知らなそうなのが多かったもんなあ。
「ほら、あたしたちってオンリーワン! あら、みんなそろってナンバーワン! ここにいるのはなにかのキセキ、ワンダフルでビューティフル! 泣きたいときだってあるよね。怒っちゃうときだってあるよね。手に手をとって明日はドキドキワクワクのドリームクリエイション!」
これは日曜朝のアニメの歌だ。こどもたちが魔法を使って戦うアニメシリーズだった気がする。今年のテーマは「ラッキー! ハッピー! クリエイション」。仁がそんなことを思いだしたとき、上のほうから大きな気配が降ってくるのを感じた。
「やあ、仁さん。こんにちは」
「ああ、ヴィックさん」
いたのはヴィックだ。上に張り巡らされた提灯をよけるように身をかがめて近づいてきた。彼は背が高いので、話していると首が痛くなってしまう。ヴィックはロムの舞台衣装を作ったと言っていた。
「さすがはロムさん、いい声です」
ロムがあちこち動き回るたびに、ジャケットの裏地がキラキラチカチカとグラデーションに光る。それと同時にサングラスと靴と背景の電飾も虹色にきらめく。あれはいわゆるゲーミングロムというやつではないか……。
「ネヘブがこういうの得意で、運営のかたと一緒に光らせてるんですよ」
「へえ……」
ミイラの少年、ネヘブが裏のほうにいて、大きな機械をいじっている。係の人がそのまわりでノートパソコンを手にしていた。音楽をかけるほか、照明や服の電飾も調整しているらしい。思ったより本格的な舞台だったみたいだ。
歌のクライマックスは四方から光が集まってロムを照らし出す。そのスポットライトの中心でロムがポーズを決めた。歓声があがる。ロムはサングラスをはずし、優雅に一礼して舞台をおりた。拍手。
「ガル夫さんも仕事終わったら来るって言ってましたよ。楽しんでくださいね」
「あ、はい。かっこいい衣装でしたね」
「はは、ありがとうございます」
ヴィックは裏手にむかって歩きはじめた。ロムに声をかけにいくのだろう。
焼きそばにお好み焼き、たこ焼き、スーパーボールすくい、からあげ。いろいろな出店がひしめきあって並んでいる。日が沈んだころ、境内にはこどもとお年寄りのほか、たくさんの人が集まってきた。防犯委員の目立つベストを着たおじさんとおばさんが歩いていく。学校帰りの学生さんもいた。
「あー、ジンさーん!」
「ガル夫さん……!」
ぼんやりと暗くなってきたなか、東の空の山際にまあるい満月が浮かんでいる。牙狼は毛だらけの狼男になっていた。毛があると服がキツそうで、ゆったりとしたシャツとズボンにサンダルだ。耳がピンと立って、尻尾がふさふさと揺れている。仁の視線に気づいて、牙狼が自分の尻を見た。
「ん? こいつ? ヴィックに作ってもらったんだよ。穴が空いてるズボン」
「へえー」
牙狼はちょいとズボンをつまんで見せた。なるほど、月に一度、体が変わるというのはちょっと面倒なものかもしれないが、うまくやってるんだなあ。その牙狼は頭の上にかわいいお面をつけている。プラスチック製で、そこの出店で売ってたものだろう。爪で引っかかないように気をつけながらお面を見せてくる。
「いいでしょ、魔法使いプリティスターのお面。ロムが好きなんだよ」
「へえ」
「わあ、プリティスターだ!」
わたあめを手に通りかかったこどもたちが声をあげた。牙狼のつけているお面を見てキャイキャイとはしゃいでいる。嬉しそうに指を指して、叫んだ。
「そうだよー。見てる? スターライト、プリティチェーンジ! だよー」
牙狼が手を振る。こどもたちも手を振って、出店の列のむこうに去っていった。
「仁さんはもうなにか食べた?」
「ん、まだ」
「じゃあ、食べよー。たこ焼きとかどう?」
出店に行ってみると、たこ焼きはちょうど焼いているところだった。端からだんだん焼けていき、くるんくるんとリズムよくひっくり返されていく。ちょっと焦げのある甘い匂いがただよってくる。ひょいひょいひょいとパックにとって、さっとソースとマヨネーズがかけられる。最後に青のりをぱらり。
「はいよ」
「ありがとー」
境内の端っこの石に座り、二人そろってたこ焼きを口にする。つまようじでとったたこ焼きは大きな丸の形で、なかがトロトロ、プリッとしたタコが入っている。生地はほんのりと甘く、香ばしい。マヨネーズとソースのベタベタと濃い味がちょっと不健康で実にうまい。青のりの風味もいい。
仁にとってお祭りの思い出といえば、たこ焼きだ。父親に買ってもらい、手も口のまわりもベタベタにして食べた記憶がある。本場のたこ焼きも食べてみたいが、それでも仁の思いうかべるたこ焼きというのは、お祭りの出店のちょっと蒸れてしなっとしたたこ焼きだろう。
カバンを持った学生さんたちが通り過ぎていった。二人でわけあって食べたあと、牙狼が立ちあがる。
「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるよー」
牙狼はゴミをまとめて持っていった。仁はなんの気なしに、牙狼が置いていったお面に手を伸ばした。「小さな魔法使いプリピュア」だったかな。小学生の子が魔法使いになって戦う……みたいなやつ。きれいにまとめられた髪に、星の髪飾りがたくさんついていた。なにげなく、かぶってみる。
「あれ?」
お面に開けられた穴を通してみると、出店の並ぶ横に、古風な着物を着たこどもがいた。紺地に縞の着物、赤い帯をしていた。おかっぱで、どこかまわりの子と違うように見える。たこ焼きと焼きそばとリンゴあめとわたあめを手にして、お祭りを楽しんでいることがうかがえる。……あの子、手が四本あるんじゃないか?
異質なその子から目を離せずにいると、それはこちらに気づいた。
その瞬間、仁は見てはいけないものを見た気がして、慌ててお面をはずした。お面をはずして見まわすと、それはどこにもいない。出店に並ぶ学生さんや、親子連れがいるばかりだ。なんとなく気になって、ゆっくりとまたお面をつけてみる。
「ほう?」
ぎょっとした。それは仁のすぐ目の前にいた。その子は仁をまっすぐに見あげると、にんまりと笑ってみせた。小さな子をからかうような口調で話しかけてくる。
「なるほど。おまえは目が悪いんだなあ。見えているのに見ようとしない」
その子はいたずらっ子のような目をして首をかしげ、リンゴあめをむしゃむしゃとかじった。ボリボリシャクシャクと音がする。ぺろりと舌なめずりをして、くんくんと鼻を動かして見せる。
「ううん、狼くさいな……。まあよい、おまえか。あの面を作ったのは」
舞に使った狐面のことだろうか。狼くさいというのは牙狼のことか銀朧か。なにか不備があっただろうかと、仁は急に不安になる。
「あ……うん、はい」
「なかなかよい面だ。おまえはおれをそう思ったのだなぁ。はは、どうせ数年もたてば、恥ずかしくて作りなおすであろう。よい。励めば腕はあがり、過去の粗が見えてくる。当然のことだ。励んでまた作るといい」
けらけらと笑ってその子はひょいとリンゴあめを放り投げ、頭の後ろの大きな口に食わせた。口ごとに好みは別なんだろうか。脳が混乱したりしないのかなと、思考が別のところに飛んでいく。そんな仁に、こどもは口を開けて笑ってみせた。
「ヒトは怖がりだ。怖がるコトで、あやしいモノを生み出してきた。なんでもないものごとに規則性を見いだし、意味や意義をつけ加えてしまう。そしてヒトはしぶとい。意味を忘れてもその行いをずっと続けていく。ああ、それは実にヒトらしい」
そうしてこどもはついと片足で立つと、くるんと一回転して消えてしまった。かつんと下駄の歯が鳴る音を残して。
「おまえは見えるのに見ていなかっただけだ。しかし、一度見たのなら忘れることはなかろう」
そんな言葉がわあんと頭に響いて、消えていった。仁はまだなにがあったのか信じられず、またお面をはずしてきょろきょろとまわりを見た。やはりなにもいない。出店に並ぶ人の話し声、カラオケの音、ぷーんとなにかの焼ける匂い……先ほどとなにも変わらない風景に、安心しながらも寂しさを感じた。もう一度お面をかぶってみても、その子はもう、どこにもいなかった。
「ジンさん、お待たせー。どうしたの?」
「ん? んん、なんでもない」
牙狼に聞かれ、とっさにそう言ってしまった。なんでもないことはないのだが、かといってどう説明したらいいのかわからず、こんな答えになってしまった。これは言わなくていいことかもしれない。あの子は俺にしか見えていなかった。だから、そっと心にしまっておいたほうがいいことなのかも。
「お祭りの日は、わくわくするねえ」
お面を受け取って、牙狼はじたばたと手足を回しながら言った。そういえば、あの日から一ヶ月がたつのか。前回の満月の夜のように、どうしてもはしゃぎたい気持ちなのだろう。おさえきれないといったように、尻尾がぶるんぶるんと動き回っていた。
牙狼はスキップしながら境内の端にあった鉄棒にむかった。一番高い鉄棒に片足をかけると背をピンと伸ばし、ぐるんと一回、前回りをした。こどもたちがよってきて、自分たちもと鉄棒に手を伸ばした。
「あ、プリティスターだ!」
「おや、これはピュアラブリーさんですね」
たたたたっと小さい子が牙狼のもとにやってきた。かわいいお面をつけている。肩あげしてあるフリフリの浴衣とふわふわの兵児帯が、緩やかに優しく流れる夜風に揺れていた。嬉しそうにその子は「うん!」とうなずいてみせる。
同じアニメの登場人物だ。プリティスターと同級生で親友という設定だったはず。
「スターはさかあがりできるの? おねーちゃんはできるんだよ!」
「逆上がりですか。やってみましょうか?」
すこし離れててくださいねと言って、牙狼はキュッと逆手で鉄棒をつかんだ。腕だけでひょいと体を持ちあげる。そこから反動をつけて足を持ちあげた。腰をおり、鉄棒につけると足があがり、ゆっくりと回転する。そのまま鉄棒から体を離さず、勢いをつけてぐるんぐるんと何度も回った。
ぐるりと回って、腕だけで鉄棒の上に倒立する。ぴんと足が上に立ちあがった。「おおー!」。見ていた人から拍手がおこった。そこからすっと体を落とし、ぱっと手を離して砂場におりる。手を開いて着地。動かない。思わず「満点!」と言いたくなるような、見事な着地だった。
「うわぁ、すごーい!」
あちこちで歓声があがった。一方、出店のおばさんが「焼きそばに砂が飛ぶじゃないのー」と渋い顔をした。「あ、スミマセン……」。牙狼がぺこぺこと頭をさげる。とはいえ、おばさんも本気で怒ってるわけでもなく「あんた、すごいわねえ」と言って戻っていった。牙狼はそのおばさんのところで焼きそばを買うことにしたようだ。
「はは、人気ですねえ。よかった、よかった」
「ウガリさん」
そこにやって来たのは吸血鬼のウガリ。暗いなか、相変わらず黒い服に、赤い目だけが光っている。いや、違う。キラキラとまぶしく光る腕輪もつけている。その手には……赤い血液パックだろうか。
「それ……」
「人間も牧場で牛乳飲むでしょう?」
仁は「牛の気分も考えるべきでは?」と思ったが、牧場の牛乳とジンギスカンがおいしかったことを思いだしてなにも言わなかった。でも、せめてスキットルに移すとかさあ……。言ってもしかたないことかもしれないが。
「まあ、全血のほうがおいしいとは言いますし、凍結も放射線照射もしてないほうがおいしいそうですが。わたしはわかりませんがね」
わざわざ殺さないと食べられない人間は非効率的ですねえとウガリは言って、ちびちびと血を飲み、それからあたりを見まわした。
「雪子さんと由羅さんもあとで来るみたいですね」
そうか。ウガリたちが自営業なので忘れてしまうが、スーパー勤めの雪子や朝早くから現場に出る由羅は時間にあまり自由がないみたいだ。人間じゃないのに真面目だなあと思う。雪子に言わせれば、人ではないからこそ杓子定規に契約を守らなくてはならないらしいが。
「あれ、じゃあゲーアさんも?」
「彼女でしたらそこに」
手の先を見ると、ゲーアがもくもくと焼きそばを食べていた。ウガリは近づいていって声をかける。
「ゲーアさん、お仕事は終わったのですか?」
「今日は早くあがったのよ。ウガリさんはいいの?」
「後回しにできるのも自由業のよさですよ」
「あとで泣くのもよさかしら」
その横をハルピュイアのシエラが跳ねていく。おさいふを首からさげていた。どうやらあちこちの出店で買い食いしていたようだ。きょろきょろと出店を見まわして、次の目標に定めたのは。
「ケケ、やきとりー!」
「みんなお祭り好きだからね」
牙狼がるんるんとして尻尾を回している。二人は境内のすみの石に戻り、人々が行き交うのを見ていた。町にはこんなに人がいて、それぞれに生活があって、人生があって……ここでたまたますれ違った。それが不思議だ。
都会にいたときには自分とまったく関係ないと思っていたのに、この町に来てちょっとだけ近く感じ、そしてそれは都会でも同じだったのではないかと思った。相手がなにをしていても自分には関係ないと言えるのは、それはそれでとても心地のよいものであったけれど。
「ガル夫さんも?」
「そうだね」
舞台ではカラオケが最高潮だ。ひととおり演目が終わってからラストのくじ引きまでのあいだは、希望者によるカラオケ大会なのだという。かわるがわるにマイクを持ち、自慢の喉を披露する。ロムはカラオケに出ていたのが評判よく、演目をもつようになったんだって。誰も聞いてないように見えて、意外と聞いてるんだ……。
「前の満月、いつも以上にはしゃいじゃったからね」
仁が来たときの夜を思いだし、気恥ずかしそうに牙狼は頬を掻いた。あのときは自室の窓を割り、小学校の校庭にあがりこみ、飛び回ってやりたい放題だった。たくさんの人と出会い、たくさんのことが一気に起きたようで、仁にとってはあっという間の一ヶ月だった。
「優子さんがいなくなってから、ずっとへこんでた。でもジンさんと会って……反動で舞いあがっちゃったの」
「ああ……」
にこにことして、牙狼は牙を見せた。
「今日はそこまでじゃないから、あんなに暴れないよう」
「……そっか」
ウガリとゲーアが舞台にあがり、有名ロックバンドの音楽を歌いあげている。ゲーアのヘッドバンギングは激しい。蛇が酔ったりしないのだろうかと思いながらも、手拍子をおくる。
「これが最後かな。そろそろくじ引きだよ」
牙狼が言ったとおりカラオケが終わって、くじ引きがはじまった。町内会費とは別に寄付金があって、一世帯に一枚、番号の書かれた紙がもらえるのだという。仁は払ってなかったが、伯母が払っていたということで紙をもらえた。その紙を持ちながら、番号が読み上げられるのを待つ。
「五等、砂糖! 九番!」
「砂糖?」
「そうそう、景品は砂糖とかおしょうゆとか。一等はお米がもらえる」
舞台の奥には砂糖の袋や米袋が積み上がっていた。それは助かるなあ。でも持ち帰るの大変そうだなあ。
「一等、お米十キロ! 二三七番!」
「はいはい、はーい!」
手をあげて出ていったのは雪子。舞台にあがり、紙に書かれた番号を見せる。
「ああ、雪子さんかあ。いいなー!」
「おめでとう!」
「ありがとうございます! やったあー!」
雪子は米袋を持ちあげようとしてよろけた。後ろから由羅がやってきて片手で持ちあげる。
「ありがとー」
「いえいえ」
そうこうしているうちに一等が全部出た。「残念だったねー」「うん」。お祭りの幹事が出てきて、短い挨拶のあと、一本締めがあった。拍手がおこる。その音がおさまれば今年のお祭りは終わりだ。出店が片づけをはじめる。人もぞろぞろと帰りはじめた。仁たちも立ちあがり、神社をあとにする。
「楽しかった?」
「うん、面白かった」
「そっかー。それはよかった」
牙狼は仁をちらっと見て、満月を見、また仁を見てうなずいた。
「あのね、住んでると楽しくないこともあると思うんだ。でもね、ジンさんがやりたいことあるんなら、オレたちはそれを助けたいと思うよ」
満月は高いところまでのぼっている。雲が一瞬、月を隠し、また去って行った。明日は晴れると言っていた。
「それはきっと、他の人にとってもいいことだろうから」
「ジンさん、ジンさーん!」
お祭りから二週間たったころ、牙狼がやって来た。日中も風が冷たく、紅葉も茶色に変わって落ちた時期だ。
「どうしたの?」
「ジンさんの作ったお面、『市民だより』にのったでしょ?」
「う、うん。写真撮られたから……」
市の情報誌「市民だより」がきて、住人に配った。そのなかに、十月の行事として河原町の狐舞が写真つきでのっていた。もちろん、仁の作ったお面の写真もだ。
「あれね、ネットでも出したみたいなんだけど……」
「ええ?」
市のヨーチューブ動画を見ると、狐舞の動画があった。市は無形文化財として各集落のお祭りなどを動画で保存したいと考えているらしい。その一環として、河原町のお祭りも動画にして、みんなが見られるようにしたのだという。狐の動きの面白さや、張り子のお面の素朴さとかわいらしさについてのコメントがついていた。
「それで今度、来場者もお面をかぶったりしたらどうかって案が出て、それならジンさんに聞いたらどう? って」
プリティスターみたいなキャラクターのお面、狐やひょっとこのようなお面、いろいろなお面を持ち寄ってみたらどうかというのだ。仮面舞踏会? それともハロウィーンみたいなかんじだろうか。その人の元の属性やイメージから離れ、市民が広く交流する場として考えたいとのことだった。それは、すごく、すてきだと思う。
「どうかな」
「どうって……」
仁はすごいと思った。でも、すぐにそうとは言えなかった。まだ怖いと思った。
「うん。今すぐじゃなくていいよ。でも、気になったらみんなと話してみて」
「そっか……」
まだ現実感がないけれど、自分の作ったものが誰かの心に触れた。自分がやってみたいことができた。誰かに怖がられても、人の目が怖くても、それでもなにかができるかもしれないと思えた。
「ジンさんはかっこいいねー」
「そ、そうかな? あんまり……かっこよくはない、と思う」
「そうかな?」
牙狼は首をかしげる。それからうなずいた。
「そうかも。でも、いいんだ。かっこよくないジンさんも、きっとかっこいいよ」
そうなんだろうか。そうはっきり言われると、仁は照れてしまう。
「お面作ってくれてありがとね、ジンさん」
「いや……こっちこそ。ありがとう、ガル夫さん」




