6章: 第17話 「旅の行き先、心の向き先」
朝の王都は、昨日よりも静かだった。
出発を翌日に控えたふたりは、最後の買い出しと、屋台の積み込み作業を終えて、
まだ宿に残していた簡易椅子を片手に、高台へと足を運んでいた。
「……昨日のあの場所、夕方じゃ見えなかった景色がある気がしてさ」
カッツがそう言って、丘の上に並ぶ石柱の間へと歩みを進める。
礼拝堂跡の広場は、朝の光に照らされ、昨日よりも少し穏やかに見えた。
「王都って、やっぱり“中心”だったんだね」
チトは遠くの地平線を眺めながら言った。
「ここから見ると、道があちこちに伸びてる。まるで、全部の文化がここに一度集まって、そしてまた散っていったみたい」
「そうかもな……“料理”もそんな感じだった。あっちで見た調理法が、ここに来たら名前を変えてて──けど、どこか同じ匂いがする」
「それって、“根っこ”があるってこと?」
カッツは、地図を取り出した。
折り目のついた紙の一角、遊牧民から受け取った地図の端には、確かにそう書かれていた。
──**“交易路の果て”──ジャイロ**
「この書き込み……どういう意味なのかがいまいち分からない。でも、気になるんだよな。
この線が、どこまで続いてるのかって」
チトは静かにうなずいた。
「“最初のジャイロ”ってやつ?」
「ああ。……そこに行けば、何か分かる気がしてる。俺がこの旅で、本当に作りたかったものの“原点”がさ」
ふたりは黙って地平線を見つめる。
しばらくして、チトが呟いた。
「ただ、行くには……“あそこ”を通らなきゃいけないみたいね」
「……あそこ?」
「“約束の地”──って呼ばれてる場所がある。
西の交易路の終端、国境線を越えた砂漠地帯。
"エル=ミーラ"っていうんだけど…
宗教の違いと戦争の歴史が複雑に絡んでる、ちょっと……穏やかじゃない土地。音のない土地…」
カッツは目を細める。
風に揺れる草の向こう、地平の先を想像していた。
「……怖いか?」
「怖くないって言ったら嘘。けど、避けられる場所じゃない気がする。
“何かを知る”には、通らなきゃいけない場所って……あるでしょ?」
その言葉に、カッツはひとつ、深くうなずいた。
「──じゃあ、装備整えよう。道も、屋台も、心も」
チトはその横顔を見て、どこか懐かしさと頼もしさが混じったような、優しい目を向けた。
「……うん。あたしも、準備する」
⸻
その日の午後、ふたりは再び宿に戻り、
荷台の整理をはじめた。
調理器具の数を数え、香辛料の在庫を確認し、
防水布の張り替えを行いながら、互いに必要なものをぽつりぽつりと語り合う。
「水分は多めに持とう。砂漠は日差しと乾燥がきつい」
「チーズは無理だけど、ヨーグルトは保てる。しっかり水切りしておく。……あとは、保存食をいくつか」
「……そういや、あの土地って、塩とオリーブが主なんだってな」
「うん。つまり“シンプル”が強いってこと」
「へぇ。……俺たちの屋台、勝てるかな?」
チトは真面目な顔で答える。
「“勝つ”かどうかじゃない。押し付けじゃダメだよ。あそこは、そんな場所じゃ無いよ?」
「分かってる。分け合うんだ。火は、そういうもんだろ?」
「ん……」
その言葉が、この旅の次の章を、すでに告げていた。
⸻
夜、ふたりは再び地図を開き、
一本の長い赤い線を引いた。
王都を出て、乾燥地帯を越え、“約束の地「エル=ミーラ」”の入り口へ。
その線は、不器用で、歪で、けれど確かに、ふたりの手で引かれた“航路”だった。
それはきっと、ただの道ではない。
彼らが“どう生きたいか”を探す旅路だった。
6章、完走しました。
ここから先は7章へと続きます。




