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異世界屋台〜星とスパイスの地図〜  作者: スパイシ〜しゃけ
第6章 王都シャハル・ナール編
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6章: 第16話 「旅を続けたい理由」



夜の宿は静かだった。

外では王都の灯がまだちらちらと揺れていたが、部屋の中はしんと落ち着いていた。

チトは、窓際に腰かけて、カーテンのすき間から空を見上げている。


部屋のテーブルでは、カッツが水筒を磨いていた。

旅に出る前の、癖のような作業だ。何かをしていないと落ち着かない──そんなときに、彼はよく道具の手入れをしていた。


チトは少しだけ、唇をかみしめた。


「ねえ、カッツ」


「ん?」


「さっきの話の続き。もし……この先、あんたの旅が、ここで“終わり”だって言ったらさ。

あたし、それでもその先ついてくと思う?」


「……」


問いは軽く、でも音の奥に重みがあった。

だからカッツは、軽くは答えられなかった。


しばらくの沈黙のあと、彼は言った。


「たぶん……“終わりにする”って言ったら、

お前、先に泣いて黙ると思うよ。

で、それからすげえ冷たい目で睨んで、“あっそ”って言うんだ」


チトは小さく笑った。

「……うん。正解かもね」


「でも、俺はまだ終わらせる気はないよ。だし、そうなる前に話くらいする」


「どうして?」


カッツは、テーブルに置いた水筒を見つめる。

金属の表面に、灯りが反射していた。

その中に、自分の顔が少しだけ映っていた。

少し痩せた、自分の顔。


「この旅をしてるうちにさ──

“料理”って、ただの飯じゃないんだって、改めて思ったんだよ。

なんつーか……“生きてていい”って思える瞬間を、人に渡せるものなんだって」


「……」


「そういう瞬間をさ、渡せたって感じるたびに、俺は“ああ、まだやれる”って思う。

もっと誰かに火を渡したいって、そう思うんだよ」


チトはその言葉を聞いて、ふっと表情をゆるめた。


「……ねえ、カッツ」


「ん?」


「たまにあんた、かっこよすぎてイラッとする」


カッツは噴き出すように笑った。

「おい、それ褒めてんのか?」


「七割くらいね。残りは……まあ、好きに取ってよ」


その言葉に、彼は一瞬、動きを止めた。

だがすぐに、水筒の蓋を閉じる音で沈黙をかき消す。


「ありがとな、チト。お前が言ってくれたから、俺……立てた気がするよ。あの教壇に」


「……うん。分かってるよ」


チトはようやく窓から目を離し、カッツのほうへ身体を向けた。

ほんの少し、視線がぶつかる。

そのまましばらく、何も言わずに見つめ合っていた。


(この人となら──)

(この旅は、終わらせなくていいかもしれない)


ふたりは、言葉ではなく空気の中で、互いの“火”を確かめていた。



翌朝。

荷造りの終わった屋台の横で、カッツは腰に手を当てて息を吐いた。


「……俺、痩せたか?」


チトがくすっと笑う。

「気づくの遅い。最近、顔しゅっとしてきたよ。

暑さと……屋台押してるせいじゃない?」


「マジか。あれか、屋台筋トレ・ダイエット」


「そのうち倒れるから、ちゃんと飯食べなよ」


「あいよ、副店長」


「今それ言った?」


「言ったな」


「……減点一」


朝の空気が軽い。

この日、ふたりは王都を発つ。


だが、その足取りは重くない。

理由があるから。願いがあるから。


──この旅を、まだ終わらせたくない。

それが、ふたりにとっての“答え”だった。

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