6章: 第7話 「禁じられた果実」
陽が差し込む頃、チトは部屋の隅で丸まっていた。
頭がガンガンと痛む。目の奥がじんわり熱く、喉も乾いている。
でも、なによりも不快なのは……なぜか体がほんのり暑いのだ。布団を蹴飛ばすと、汗ばんだ髪が額に張りついている。
「……うぅ、最悪」
呟いた声はかすれていて、身体は自分のものじゃないみたいに重い。昨夜のことをぼんやりと思い出す。
酒。パーティー。カッツ。熱。……なんか怒って泣いて……それから……
チトは顔を覆った。
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一方その頃、宿の裏手にある井戸の前で、カッツは顔を洗っていた。
寝汗と昨夜の酒が皮膚から抜けていく。気を引き締めるように首筋に冷水をあてて、ぐいっと息を吸い込んだ。
「……まさか、禁酒国家だったとはな」
二日酔い覚ましに散歩中出会った果物を売る露店の男にそう告げられた時、背中に冷たい汗が流れた。
「昨日の酒場の酒も全部“違法”だったってわけか」と返すと、男は声をひそめて笑っていた。
「だがな、兄さん。俺たちゃそう簡単に屈しねえわけよ」
果物商の背後、雑多な露店の裏手に、ある果樹園の入り口があるらしい。通称
そこでは、違法すれすれの密造酒の材料となる果実が育てられており、黙っててほしけりゃ手伝え、と言われた。
「まあ……酔わせた罰だと思えば安いもんだ」
カッツは軽く笑い、荷車の紐を結び直した。
今日はその《バーグ》と呼ばれる果樹園へ、収穫の手伝いに向かう。もちろん――
「チトには、まだ黙っておこう」
昨夜は泣かせてしまった。笑わせたい気持ちのほうが、今は強い。
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その頃、宿の天井を見つめながら、チトはようやく
"何度目かわからない二度寝"から起き上がっていた。
体が重いのは相変わらずだけど、少しずつ動けるようになってきた。
……カッツの姿がない。
「……いない」
「まったく……」
そう言いながらも、胸の内にわきあがっているのは怒りではなく――少しの不安と、会いたさだった。
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カッツは、《バーグ》の敷地に立っていた。
そこにはザクロに似た赤い果実がたわわに実っていて、風に揺られて甘い香りを放っていた。
果樹園の主らしき男がにやりと笑って言う。
「兄さん、よそ者がこの国で生きるってのは大変だろ。せめて酒でも飲まなきゃ、やってられねぇさ」
手渡されたカゴを受け取りながら、カッツも笑った。
「だったら……喜んで手伝わせてもらうよ」




