6章: 第1話 「香りの関所」
季節は乾いた風の吹く終わり際。
陽が高くなるほどに照りつける日差しが容赦なく、地平線の向こうにぼんやりと蜃気楼を浮かべていた。
石畳の道の先に、白く輝く高い門がある。
カッツとチトは、グリル・ノマド号を引いて、その門の前に立っていた。
「……ここが、“シャハル・ナール”か」
カッツがそう呟いたとき、チトの目はその門の上に掲げられた装飾。
ターコイズブルーのタイルで飾られた王国の紋章に注がれていた。
「これが、“香りの風が吹く都”……ね。入り口にしては、随分立派」
「王都らしいってことだな。けど、立派なのは門だけかもしれんぞ。中身は、歩いてみないとわからない」
彼女は静かに目を細め、ふぅっと息を吐いた。
腰には護符、そしてマチェット。
旅人の姿は、どこか異邦の香りをまとっていた。
⸻
関所では、兵士が数人、書類を確認していた。
騎馬の隊商や旅人の列が、日陰を求めて石の壁沿いに並んでいる。
「……で、通行手形は?」
そう問われて、カッツは肩をすくめた。
「……持ってねぇ」
「なに?」
兵士の顔が険しくなると、チトがすっと前に出た。
「旅商いだ。砂漠の外れで野営しながら、ここまで来た。前の関所では通れたが……ここでは紙が要るってこと?」
「ここは“王国”の正門だ。王都に入るには、通行手形がなければ一歩も通せん。」
「……」
チトの眼差しがわずかに揺れる。
カッツは、列の後ろにいた商人たちをちらりと見た。
その中の一人、年配の男と視線が交わる。
「……あんたら、困ってるようだな」
男は鼻の下を撫でながら言った。
「通行手形、一枚余ってんだ。…もちろんそれなりの値段で、だがな。どうだい」
⸻
その値段は、決して安くはなかった。
だが、ここで立ち止まっても旅は進まない。
カッツとチトは視線を交わし、無言で頷く。
金を払い、手形を受け取る。
「……これが、今期の“入場料”ってことね」
「はは、香辛料よりずっとスパイシーだ」
⸻
門が開く音がした。
ぎぃ、という重たい音とともに、王都がその姿を現す。
内側には、陽に照らされた白い石造りの街並みと、路地の奥に広がる香の煙、ざわめく市場の声⸻
すべてが、異世界の“首都”としての風格と熱気を備えていた。
そして、遠く丘の上には、ターコイズの丸屋根を戴いた王城が、まるで空に浮かんでいるかのように見えた。
「……チト、行くか」
「…うん。あたしたちの屋台、この街でも必要とされるかな?」
「わかんねぇ。火を届けて、進む。そんで先を見る。それが“俺たちの旅”だろ」
グリル・ノマド号の車輪が、石畳の路に音を立てて動き出した。
旅は、また一歩。
香りと風の都をめぐる物語が、ここから始まる。




