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5章: 第17話 「リスタート」

朝。草原に霜が降りていた。

見渡す限りの大地が、夜の名残を白く抱えたまま、ゆっくりと陽に染まっていく。


 


カッツは一番に目を覚まし、鍋の中の水に火をくべた。

パチ、パチと火が弾ける音を聞きながら、羊皮紙を取り出した。


羊皮紙はややくたびれ、端が丸まっていた。

だが、あの“光”の記憶は、今も脈打っているようだった。


 


「……俺たち、まだ旅の途中だな」


独りごちる声に、風が静かに応えた。


 


 


ゲルの内側では、チトが草のリングを結び直していた。


護符が揺れて、かすかな光を鳴らす。

あの少女に教えてもらった“手の動かし方”が、指先にまだ残っていた。


「……ちゃんと、覚えてるから。大丈夫」


そう言って、チトはリングを腰の皮袋にしまい、

護符は腰にしっかりと結びつけた。


 


 


朝食は簡単なもので済ませた。


ピタパンにチーズと干し野菜、刻んだ羊肉を包み、香草オイルでさっと焼く。

香ばしさが鼻をくすぐり、キャラバンの子どもたちが名残惜しそうに列をつくった。


「……またどこかで会えたら、次はもっとすごいの作るからね」


チトはそう言って、最後の一つを手渡すと、しっかり目を合わせた。

言葉は交わせなくとも、それは約束だった。


 


 


カッツが荷物をまとめる。

グリル・ノマド号の最終調整を終え、ホイールをひとつひとつ点検する。


軽量化された新型モデル。

ただ純粋に“運ぶため”に磨き直された屋台。


この草原で、彼らは「重さ」をいくつも手放し、代わりに“記憶”を手に入れた。


 


「さて、副店長」

カッツがニヤリとする。


「次の仕入れ先、どうしていこうか」


 


「……うん」

チトは一枚の布地を広げた。


それは、交易路の最果てを描いた“地図”。

遊牧民たちからもらった、最後の贈りものだった。


砂に刻まれた道、古びた文字、かすれた赤線──


その先に記されていたのは、


──《シャハル・ナール》

交易路の終着点。 


「次は、そこ」


 


カッツは火の残りに土をかぶせてから、にっこりと笑った。


「決まりだな」


 


 


草原の風が、再び二人の衣服を揺らす。

馬や犬、キャラバンの残した足跡がまだ地面に残る。


だが、彼らは進む。


“いま”を焼きつけ、未来に刻むために。


 


 


グリル・ノマド号が、軋みながらも誇らしげに音を立てる。

チトとカッツの足元には、踏みしめられた轍。

空には、風のままに舞う黄色い花びら──あの草の花が、まだ少しだけ咲いていた。


 


「なあ、チト」


「なに?」


「俺たちの旅、どこまで行けると思う?」


 


チトは一瞬、黙って空を見上げた。


そして、くすっと笑った。


 


「……屋台が壊れるか、心が折れるか、その前まで」


「どっちもまだまだ平気そうだな」


 


「だね」


 


 


ふたりは、旅立った。


終わりなき道の先に、“次の一皿”を探して──

〜第5章・了〜

6章に続きます。

次の章はついに交易都市の終点・古都、歴史と食と、そして人の想いが交差する地へ。


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