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5章: 第15話「旅の仕度」

草原に朝日が満ちる。


夜の寒さを忘れさせるような金色の光が、テントの隙間から差し込み、地面をやわらかく照らしていた。


グリル・ノマド号の鉄板には、すでに火が入っていた。香ばしい羊の脂、乾燥させた香草の煙、それらが薄い朝霧の中にゆっくりと溶けていく。


カッツはまだ包帯を巻いた腹をかばいながら、鉄板の傍に腰かけていた。身体はまだ動ききらないが、その目はいつものように火と料理を見つめていた。


「……こうしてまた、火の前に立てるとはな」


自嘲気味にこぼしたその声に、柔らかい気配が寄ってくる。


「無理しないで。火の番は、あたしがやる」


チトだった。


髪はいつものようにきっちりと結ばれ、ワインレッドの髪紐が朝日に映えて揺れていた。昨日の涙の跡など、まるで最初からなかったように、彼女は静かにそこに立っていた。


「……なんか、大人っぽくなったな」

「一年。あんたと旅して一年とちょっと経ってる。当たり前でしょ」


カッツが口元で笑うと、チトは少しだけ目を細めてから、炭火にひとつかみの草をくべた。


「…口が動くなら、飯も食えるね。なら安心した」


「ああ。今日は……いい朝だな」


遊牧民の子どもたちが、二人の様子をこっそり見てくすくすと笑っていた。


先日の夜。


チトがひとりで賊を退けて帰ってきた話は、すでに族長の耳に届き、夜明けとともに宴の準備が始められていたらしい。

もちろん、その後全てをかなぐり捨てた様子でカッツの側にいたことも。


昼には、草原の真ん中に大きな布が広げられ、羊肉とチーズ、果実酒が並ぶ。そこにグリル・ノマド号のジャイロが加われば、それは再帰の祝祭そのものだった。


「これだけ集まれば、王の帰還の宴だな……」


カッツが串を裏返す手を見つめて、チトは静かに言った。


「死にかけてたくせに。というか王って誰のことよ」

チトは目を細めてカッツを揶揄う。


「はは……そうかもな。

しかし……やられたのがお前じゃなくて本当によかったよ」

カッツの声は低く。


「…ばか、そういうのいいから」


一拍置いてチトは続ける。


「……あたしたちの旅って、きっとこういう積み重ねなんだろうね。チーズの知恵とか、護符とか。夜市の火も、あの草編の指輪も、そう。もらったり、あげたり、取り返したり、留まったり。これからも……」


彼女の言葉は、風に乗って草の海に溶けていった。そして、言葉を繋げながらカッツの肩にもたれかかった。


「……お前も結構ずるいと思うぞ」


カッツは困った様に笑いながら、だけど安堵したようにぼそりと呟く。


テントの隙間から、夕陽が差し込んでいた。遠く、焚き火の煙が空へと伸びていく。


もうすぐ、ふたりはまた旅に出る。


越えてきたものを胸に、新しい土地と味を求めて。

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