表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/153

3章: 第8話 「名を持つ火の器」

 


夜が落ちかけた頃、ふたりは屋台の前に静かに立っていた。


そこには──新しく生まれ変わった“火の器”があった。


軽量金属ハイメタル製の外装は夕陽を淡く反射し、半分だけの屋根は、風に揺れる布をくぐらせていた。


鉄板の奥には、小さな収納ユニット。寝袋、調理器具、マット──すべてが、次の旅に備えられていた。


 


「……軽いな」


チトがハンドルを握ってつぶやく。


「前のよりずっと軽くて、でも、なんか……芯は残ってる」


「改造しても、焼き痕までは消えなかったってことかもな」


カッツは、機嫌良さげに鉄板の隅を指先でなぞった。


 


火は、まだ入っていない。けれど、屋台はすでに“呼吸”をしていた。


どこへ行くのか。なぜ行くのか。それを、ふたりに問うているようだった。


 


「チト」


カッツがゆっくりと口を開いた。


「この屋台に──名前をつけたい」


 


チトは帽子のつばを指で押さえながら、少し目を伏せた。


「……“KATZ’S GRILL”が、屋号じゃなかったっけ」


「ああ。あれは“火の名前”だ。俺が最初に灯した火、店の看板だ。でも今は、それを運ぶ器にも、名前が要るって思ってさ」


 


少しの沈黙があった。


鉄板が冷たく静かに横たわる中、風の音だけが通り抜けていった。


 


チトが、ぽつりと呟く。


「“ノマド号”──って、どう?」


 


カッツが目を細めた。


「ノマド?」


「居場所を持たず、火を抱えて旅する者のこと。ギルドでは、そう呼ばれてるのを聞いたことがある。……そんな意味」


 


しばらくの静寂。


そしてカッツが、笑った。


「……いいな」


 


チトがもう一歩、屋台に近づいて、ステンレスの側面を指でなぞる。


「じゃあ、これが──**“グリル・ノマド号”**」


 


その言葉を受けて、鉄板がじり……と音を立てた気がした。


名前を与えられた“火の器”が、静かに、確かに、生き始めた。


 


「もう、“あんたの屋台”じゃないよ」


チトの声は穏やかだった。


「これは──“私たちの屋台”。火を運ぶ道具じゃなくて、“一緒に歩く仲間”だから」


 


カッツは、側面のロゴに手をかけた。


すでに職人の手で刻まれていたマーク。


立ち昇る炎の中に、肉を突き刺すごとく配置されたフォークのシンボル。


言葉はいらなかった。屋号も、説明も、不要だった。


それが、“俺たちの火”の証だった。


 


「行こうか、チト」


 


「ん」


 


新たな火を載せて、名を持った屋台が、静かに旅を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ