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【Ep.4 『女神は玄関からやって来る──敵もまた』】

 時刻は正午。


 俺は、玄関の隙間に突き刺さっていた黒いカードを、まじまじと眺めていた。


 硬質紙の表面には、七色の爪痕を思わせるホログラム紋章。そして小さな白文字で “BLADE III-β” の刻印。


 「セレナ。これって、やっぱその……“刃怒(ブレイド)”だっけ?──の名刺代わりか?」


 「そう。──最速で来たわね」


 銀髪の女神セレナは立ち上がり、緊張で紫水晶の瞳を細めた。さきほどまでの、どこかぼんやりした雰囲気は消え、背筋は凛と伸び、指先が微細に震えている。


 「“刃怒”は、誤配送の審判者を強制送還する執行部隊。神界と人界の狭間の治安維持を理由に、力を奪って回っている。標的になったら、交渉の余地はほぼないわ」


 「要は、強制返品のための、最悪の回収屋ってことか」


 「的確な喩えだけど、怖がり方がマンガちっく過ぎるわよ誠司」


 庶民ねえ……。


 怖がり方はさておき、現状は実際ホラーだ。俺のワンルームは昨日の“白光インパクト”で床が波打ち、壁紙は焦げ、ドアの蝶番はきしんでいる。そこへさらなる破壊イベントが予告なくやって来る。──家賃と修繕費という、山のような請求書が頭をよぎったが、まあ俺の命に別状がないから許容範囲だろう。健康を買うのは、意外と難しいものだ。


 「迎撃するなら、準備時間は十分と見積もります」


 セレナはさながら士官学校の教官のように言い放ち、居間の中心で両手を重ねた。瞬間、掌に白い立体魔法陣──六芒星とギアが重なった複雑な紋章──が浮かぶ。


 ところが。


 ピスンッ……。


 情けない音を立てて光が霧散した。


 「……あれ?」


 セレナの肩ががくりと落ちる。どうやらゼロハリっぽい「封印箱」をこじ開けた直後で魔力の貯蓄が空に近いらしい。完全充填には太陽光と祈りと砂糖が必要とか何とか──なんかの神様みたいだな。あ、神様なんだっけ?


 つまり要するに、今は燃料切れの神だ。


 「なら物理的な結界で凌ぐしかないね」


 俺は開封済み AliExpress ガジェット──エアダスター内蔵 RGB キーボード、衝撃吸収素材入りヨガマット、真空パックのカーボン調防音シート──を抱え込み、玄関前に「とりあえずバリケード」を構築した。


 セレナは目を瞬かせる。


 「これで止められる?」


 「止められるわけない。でも、突入しようか数秒考えたくなるくらいの障壁、ぐらいは演出できる」


 「精神安定剤みたいなものね」


 「そうとも言う」


 俺たちは顔を見合わせ、微苦笑。鼓動だけがやけに大きい。


 午後一時二六分に、襲撃は来た。


 ドンッ……ガガガッ!


 内臓の奥のほうから生まれたような衝撃が、肋骨を直接叩く感覚がした。バリケードは一撃で崩れ、カーボン調防音シートが紙吹雪のように舞った。


 破片の向こう──霞のような青白い霊圧をまとった黒コート三人組。顔を隠すメタリックの仮面には、例の七色の爪紋。腰にさしているのは、光刃生成型の剣だ──どれもアリエクで見たことがあるような気がするのが、怪しさ満点だが。


 「目標確認。標識、GDID:C-7A392。“欠陥審判子”を確保し、即自送還する」


 機械音声。人間なのかアンドロイドなのか判別できない。


 セレナが前に出る。言葉は淡いが、足取りは決然としている。


 「私はすでに“裁定活動”を開始した。回収プロトコルは無効よ」


 先頭の刃兵が首をかしげる。仮面越しに笑ったように見えた。


 「裁定活動? 未承認の地上審判者が何を裁く。処分コード実行、フラグメント排除」


 瞬間、光刃生成剣から稲妻が噴射され、空気に銀の刀身を描く。『エーテルソード』──通販攻略サイトで見たことがあるが、実戦で相手にしたくはなかった。


 セレナが腕を振るが、魔力不足で小さな光の欠片が散るだけ。刃兵は無感動に踏み込み、刃が風圧を伴って俺たちに迫る。


 「下がって、誠司!」


 「いや、俺にだって、散財の知恵というものがある!」


 俺は RGB キーボードを投げつけた。──というより、内蔵エアダスター噴射モードで空き缶ロケットとして射出。


 キーボードはレインボーに光りながら刃兵のヘルメットに命中、派手なフラッシュと溶剤臭で視界を奪う。


 「視覚センサー干渉!」


 と機械声が割れ、刃兵が一瞬たじろぐ。


 その隙にセレナが俺の肩を掴み、囁いた。


 「祈りを貸して。十秒でいい」


 「祈りって、何を?」


 「糖分込みのものを希望ッ!」


 希望ねぇ……。


 俺はポケットからリコリス味のラムネ菓子(もちろんアリエクで購入)を取り出し、彼女の掌に放り込んだ。セレナはそれを口に放り、噛み砕く。その瞬間──瞳が星を呑み込んだように輝いた。


 「── Lucent Shell(薄明の甲殻)!!」


 床に幾何学光陣が展開、俺とセレナを包む半透明の球体シールドが形成される。光刃が叩きつけられると同時に、シールド表面で火花が円弧を描き、衝撃が背骨を揺らす。


 しかし防げた。十秒分の祈りの防壁。それだけでも奇跡だ。


 シールドがひび割れ始め、セレナの膝が落ちる。彼女は肩で息をしながら首を振った。


 「足りない……もう1個、触媒が欲しい……」


 「触媒……?」


 「審判の原理を定着させる依代。なんでもいい、人間界の『絶対に壊れないもの』を!」


 絶対に壊れない?──信念とか?そんな綺麗なもの、俺にはない。


 咄嗟に閃いたのは、PCモニター脇に転がるUSBメモリ。


 永年保証つきの128GΒで、数年前に買ったときはそこそこの値段がしたけれど、実際今のところ壊れずにもっている。壊れてもらっては困る、俺の大切なバックアップデータいりだ。当然アリエクでの購入品。


 俺は床を滑り込んでメモリを掴み、セレナの手に叩きつける。


 「俺にとっては絶対壊れないストレージだ! 使え!」


 セレナは微笑し、メモリを空中へ掲げた。すると黒いプラスチック筐体が白銀へ変質し、ペンライトのように光を放った。


 「誠司の『執着』、確かに受領──Judicium Gloriae(栄光の裁定)!」


 轟音。


 シールドが砕け散ると同時に、新たな光柱が渦を巻き、刃怒兵たちを飲み込む。虹と雷の混合ビームが部屋を貫き、外壁を突き破り、夜明け空に螺旋を描いた。


 耳をつんざく轟き。次いで真空が押し戻されるような静寂。


 気づけば、刃怒兵はおろか玄関扉の残骸すらない。そこには円形の“真空焼き切りゾーン”と化した暗い穴がぽっかり開き、外気がヒュウと吹き込んでいた。


 ドサッ。


 セレナが膝から崩れ落ちる。ドレスの裾が煤と埃で灰色に染まり、その身から立ち上る神光は消えかけの灯火のように揺らいでいる。


 「大丈夫か!」


 「……燃料切れ。審判モードは強制スリープになる。ごめん、少し……休みたい……」


 俺は慌ててソファの残骸に毛布をかけ、セレナを横たえる。その手は火傷のように熱い。掌にはUSBメモリの成れの果て──白銀の杖に変貌した“触媒”──が握られたままだった。


 「誠司」


 「何だ?」


 「この壊れないストレージ、本当に大切なんだよね」


 「まぁ、俺が学生時代から積み上げたコードやテキストが全部入ってる」


 セレナは薄く笑った。


 「あなたの人生の証跡なんだね。審判者は、持ち主の証跡を守る義務がある……了解」


 それだけ言うと、意識が落ち、規則正しい寝息が聞こえ始める。


 さて、と。


 戦闘後の客観的現実といえば──。


 ドアは、消失。


 外壁は、一部行方不明。


 電線は、スパーク中。


 近隣住民は、通報準備中たぶん


 俺は警察沙汰を回避すべく、即席ブルーシートで穴を塞ぎ、防煙カーテンで視線を遮る。スマホでマンション管理アプリを開き、特権モードに切り替え、オーナーメニューから管理人にメッセージを送る。


 「緊急トラブル」カテゴリの『隕石落下っぽい騒音と外壁損傷』を申請。信じてもらえるかは賭けだけど、俺の言う事を無下にはしないだろう。


 それにしても“Lucent Shell”と“Judicium Gloriae”。──これらの単語が現実空間を削る力だとしたら、俺たち二人が遭遇しているのはハリウッド製宇宙大戦クラスの災厄そのものだ。


 だが目を閉じれば、セレナが「ここにいていい?」と怯えた声で訊いた場面がよみがえる。そこに答えた自分の言葉は、責任というより単なる衝動だった。


 だったら守るしかない。自分の人生と、女神と、ついでに世界。


 ため息を吐きながら、床に散ったカーボンシート片を拾う。この部屋を塞げる素材なら何でも利用する。AliExpress の謎ガジェットは在庫過多だ。


 作業が一段落ついた頃、窓の外は完全な朝になっていた。遠くで救急車のサイレンが鳴り、カラスが飛び、日常が何食わぬ顔で動き出す。


 毛布の中のセレナがわずかに身じろぎし、夢とも覚醒ともつかない声で呟く。


 「誠司……私は……審判を終えるまで……側に……」


 「──ああ。とりあえず居候を許可するよ」


 俺は苦笑し、彼女の額に濡れタオルを当てた。銀髪が透き通る朝光にきらめき、どこか儚げに揺れる。


 それは戦闘の後とは思えない静かな、けれど確かなつながりの時間だった。


 しかし同時に俺は、その同じ時刻に、口元に笑みを浮かべながら、俺達を監視している男の存在を知らなかった。


 ──それは都内の高層ビル最上階の、ガラス張りオフィス。背広姿の男が監視ドローン映像を見つめる。


 「Judicium Gloriae……未完成とはいえ生きていたか、光輝の審判者」


 男の背後、空間が揺らぎ、黒い仮面の女が跪く。


 「BLADE III-β、敗北を確認。回収失敗」


 「構わん。封印が解けた以上、力は戻る。だが未だ“核”は安定せず……」


 男はディスプレイに映るセレナの姿を指で虫眼鏡のようになぞった。


 「──軌跡を追え。“欠陥審判子”と“人間の証跡”が融合すれば、我々にとっても“究極の触媒”だ」


 窓の向こう、朝日に濁った雲がうごめき、雷光がひそかに瞬いた。



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