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静けさの中

稽古が終わった夜、いつもより静かな舞台裏で、美咲は最後の小道具を片付けていた。俳優たちは既に帰り、残っているのは数人のスタッフだけ。舞台の光が消え、薄暗い中にぽつりと灯る控えめな電灯の下、美咲はその日も最後の作業を黙々と続けていた。


その時、不意に聞こえた足音に彼女は驚いた。ふと顔を上げると、そこには翔太が立っていた。台本を持ったまま、舞台袖に佇んでいる彼の姿は、どこか疲れているように見えた。


「まだここにいたんだ。」


彼の声は静かで、普段の華やかな舞台の上の彼とは違う、落ち着いたトーンだった。美咲は少し戸惑いながらも、手に持っていた小道具をそっと置き、彼に向き直った。


「ええ、最後の片付けをしていたんです。でも、もうすぐ終わりますから。」


そう答えながらも、美咲はなぜか心臓が高鳴るのを感じた。稽古が終わった後、こんな風に二人きりになることはなかった。翔太はそのまま舞台に向かい、暗い空間の中を歩きながら、ふっと息を吐いた。


「舞台って、不思議な場所だよな。昼間はあんなに明るくて、活気に満ちているのに、夜になるとこんなに静かで……まるで別の世界みたいだ。」


美咲は彼の言葉に耳を傾けながら、静かに頷いた。彼が舞台を見つめるその横顔には、普段の演技中の鋭さとは違う、どこか柔らかいものが漂っていた。二人だけが共有するこの静けさが、何か特別なものに感じられた。


「そうですね……でも、そんな舞台が私は好きです。昼間の喧騒も、夜の静けさも、全部ひっくるめて舞台ってものなんだと思います。」


翔太は美咲の言葉を聞いて、少し驚いたように彼女を見つめた。彼女の目には、今まで見せていなかった深い情熱が宿っているようだった。舞台に対する美咲の純粋な思いが、言葉の端々から伝わってきた。


「君、舞台に対してそんなに強い思いを持ってたんだな……ただの仕事じゃなくて、本当に心から愛してるんだ。」


翔太の言葉は予想外で、美咲は少し恥ずかしそうに目を伏せた。しかし、その言葉は彼女にとって嬉しかった。ずっと、ただのスタッフとして舞台を支える立場であった自分が、今この瞬間、翔太に自分の思いを伝えることができたという実感があった。


「そうかもしれません。舞台を見ることも、支えることも、どちらも私にとって大切なことですから。」


翔太はその言葉を噛み締めるように、しばらく無言で舞台を見つめていた。暗闇の中で二人だけが立っているこの空間は、まるで時間が止まったかのように静寂に包まれていた。だが、その静けさの中には、確かに何かが生まれつつあった。


「……俺も、こんな風に舞台のことを考えるようになったのは久しぶりかもしれないな。」


彼はそう言いながら、美咲に向けて優しく微笑んだ。それは舞台上での彼の華やかな笑顔とは違う、どこか心の内をさらけ出したかのような自然な笑みだった。


「今度、稽古が終わった後に少し話そうか。舞台のこと、君ともっと話したい。」


その言葉に、美咲の心は静かに震えた。二人の間にあった微妙な距離感が、少しだけ縮まった瞬間だった。翔太は美咲をただのスタッフとしてではなく、一人の舞台を愛する仲間として見てくれたのだ。


「はい、ぜひ。」


美咲の返事は短く、だがその胸の中には大きな喜びが広がっていた。翔太と共に過ごすこの瞬間が、彼女にとってかけがえのないものに変わったことを、二人ともまだ自覚していなかった。

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